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19. 蜂の巣をつついてみたら
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お父様に頼まれた書類を何とか纏め、王宮内にある彼の執務室に無事届けたのはつい先程のこと。帰宅の為に宮庭に面した長い回廊を足早で歩いていると。
「やあ、アメリア」
「ひぃ!」
突然横から飛び出てきた人影に、私は思わず飛び上がった。
今日も眩しいぐらいキラッキラのレオナルド殿下が、にっこりと笑って私の前に立ちはだかる。
「レ、レオお兄様。びっくりさせないで下さいまし」
あまりの驚愕に、つい幼い頃の呼び名に戻ってしまう。バクバクと鼓動する心臓を抑え、私は恨めし気に殿下を睨みつけた。
「はは、ごめんごめん。そこの窓から君の姿が見えたものだから、思わずね。驚かして悪かったよ」
「いえ……。ところで何かご用ですか?」
私を見かけて飛び出してきたということは、何か用事があるに違いない。大きな深呼吸で息を整えて、私は改めてレオナルド殿下に向き合った。
「用事というほどのこともないが、そういえば温室を案内する約束をしていたなと思ってね。どうだい、今から行かないかい?」
「……私とですか?」
カトレアとではなくて? 妹を連れて行って下さいと、お願いしたはずなのに。
どこかでズレている殿下との意思疎通に、私は戸惑った。
「えーっと……」
「新種の洋ランがね、本当に見事なんだ。君も興味深々に、見たがっていたよね」
「ええ、それは確かに……」
その場の成り行きで、興味がある振りはしましたけれども。
「庭師長の自信作なんだ。絶対、見てみる価値はあるよ。さあ、お姫様、お手をどうぞ」
幼い頃の仕草そのままに、スッとエスコートの形で左腕を差し出される。
昔、よくこうした『澄ました貴族ごっこ』をしたことを思い出し、私は思わず吹き出した。
「ふふ、ではよろしくお願い致しますわ。王子様」
ここまでされて、今更拒否できるわけがない。
私も優雅にレオナルド殿下の腕に手を添え、2人で温室に向かって歩き出した。
***
「これは……本当に素晴らしいですね。このような色、蘭では初めて見ました」
濃いオレンジのような、朱色のような鮮やかな蘭を前に、私は感嘆のため息を洩らした。これは確かに、庭師長が自慢するだけある。
「そうだろう。蕾をつけた時は、皆がその開花を今か今かと待ち望んだんだ。あとはこっちのベゴニア?だったかな、これも新作らしいんだが、庭師長には色が気に食わなかったらしい」
「まあ、とても愛らしい形ですのに……」
「職人は頑固だからね」
新種の洋ラン以外にも色々と案内してもらいながら、私は嬉々として温室の美しい花々を観賞して回った。流石は王宮の温室だ。国の中でも最高級の管理がされている。
もちろん私達は、ゲームの中のように蜂箱には近づかない。今日もお仕事頑張っているなと、ブンブン元気に飛び回る彼らを遠くから見守るだけだ。
「ところでアメリア。今度良かったら、一緒に城下町に下りてみないか?」
「城下町……ですか?」
レオナルド殿下の突然の申し出に、私はキョトンと首を傾げた。
「ああ、最近、国の発展のためにも、ジョセフと色々と見て回っているんだが、これが結構楽しくてね。君を伴ったら、何か新しい発見があるかもと思って。それに、女性特有の意見も聞いてみたいしね」
「……」
国の発展のため……それはとても崇高な志だけど。息抜きのためにお忍びで、城下町で遊びまくっていると聞こえるのはなぜだろう……
「私の意見が参考になりますかしら……?」
「もちろん。アメリアは時々、突拍子もないことを思いつくから、きっと面白い発想が出てくると期待しているんだ」
「……そう言って頂けると、光栄ですが……」
謙虚に礼を口にしながらも、つい戸惑ってしまう。レオナルド殿下の意図がさっぱり分からなくて、どう答えたらいいのか悩んだ。もちろんその言葉通りに受け取るべきだろうが、どうにも釈然としない。
再びレオナルド殿下にエスコートされながら、温室を出てそのまま庭を散歩する。
「ああ、そうだ。城下町に下りる日は、ぜひカトレアも連れてくるといい。若い子の感想も聞きたいし。その時にはジョセフにエスコート役をさせるから、人数的にもちょうどいいだろう」
「まあ、カトレアも?」
その言葉でようやく合点がいった。
なる程、殿下はカトレアを城下町デートに誘いたかったのだ。私を介してこんな遠回りなことをしなくても、あの子なら喜んで応じたでしょうに。
「それは絶対、カトレアは喜びますわ」
でもどうして私まで? デートに第三者なんて無粋じゃない……
あ! ジョセフ様も一緒ということは、もしかしたらレオナルド殿下は、私に自分の側近を斡旋しようとしているのかもしれない。妹のカトレアと結婚するにあたって、姉の私が婚約者もいない独り身だと外聞が悪いから?
確かにジョセフ様はバーゼル家の次男、国の建国から続く由緒ある侯爵家でお家柄も申し分ない。我が家に婿入りしてもらうには最適の物件だった。
先日少し話しただけだが、その人柄は誠実そうで好感が持てる。公の場ではレオナルド殿下の後ろで護衛兼、補佐官として静かに控え、愛想は良いが決して出しゃばらず、まさに忠犬といった感じだ。
私も上手く教育したら、一生彼を尻に敷けるだろう……
色々な損得勘定が私の頭の中を駆け巡った。
あら、あら、あら。これはひょっとすると、ひょっとするかしら?
今はゲームでいったらまだ序盤。レオナルド殿下とカトレアの仲が進展する過程であって、殿下が妹に無体を働く心配はまずないだろう。というか、逆に進展してもらわないと困る。
例のゲームのシナリオで、いわゆるダブルデート的な場面はなかったが、2人が城下町をデートするイベントは確かにあった。
なら、ここはひとまず私が一肌脱ぐべきね。上手くいけば、一石二鳥かもしれないし。
「お誘い頂けて光栄ですわ。ではカトレア共々、楽しみにしていますね」
さてさて、今日のこの選択がどう出るか。
不謹慎ながらも今度は自分が加奈子の代わりにプレイヤーになった気分で、私はワクワクした。
「やあ、アメリア」
「ひぃ!」
突然横から飛び出てきた人影に、私は思わず飛び上がった。
今日も眩しいぐらいキラッキラのレオナルド殿下が、にっこりと笑って私の前に立ちはだかる。
「レ、レオお兄様。びっくりさせないで下さいまし」
あまりの驚愕に、つい幼い頃の呼び名に戻ってしまう。バクバクと鼓動する心臓を抑え、私は恨めし気に殿下を睨みつけた。
「はは、ごめんごめん。そこの窓から君の姿が見えたものだから、思わずね。驚かして悪かったよ」
「いえ……。ところで何かご用ですか?」
私を見かけて飛び出してきたということは、何か用事があるに違いない。大きな深呼吸で息を整えて、私は改めてレオナルド殿下に向き合った。
「用事というほどのこともないが、そういえば温室を案内する約束をしていたなと思ってね。どうだい、今から行かないかい?」
「……私とですか?」
カトレアとではなくて? 妹を連れて行って下さいと、お願いしたはずなのに。
どこかでズレている殿下との意思疎通に、私は戸惑った。
「えーっと……」
「新種の洋ランがね、本当に見事なんだ。君も興味深々に、見たがっていたよね」
「ええ、それは確かに……」
その場の成り行きで、興味がある振りはしましたけれども。
「庭師長の自信作なんだ。絶対、見てみる価値はあるよ。さあ、お姫様、お手をどうぞ」
幼い頃の仕草そのままに、スッとエスコートの形で左腕を差し出される。
昔、よくこうした『澄ました貴族ごっこ』をしたことを思い出し、私は思わず吹き出した。
「ふふ、ではよろしくお願い致しますわ。王子様」
ここまでされて、今更拒否できるわけがない。
私も優雅にレオナルド殿下の腕に手を添え、2人で温室に向かって歩き出した。
***
「これは……本当に素晴らしいですね。このような色、蘭では初めて見ました」
濃いオレンジのような、朱色のような鮮やかな蘭を前に、私は感嘆のため息を洩らした。これは確かに、庭師長が自慢するだけある。
「そうだろう。蕾をつけた時は、皆がその開花を今か今かと待ち望んだんだ。あとはこっちのベゴニア?だったかな、これも新作らしいんだが、庭師長には色が気に食わなかったらしい」
「まあ、とても愛らしい形ですのに……」
「職人は頑固だからね」
新種の洋ラン以外にも色々と案内してもらいながら、私は嬉々として温室の美しい花々を観賞して回った。流石は王宮の温室だ。国の中でも最高級の管理がされている。
もちろん私達は、ゲームの中のように蜂箱には近づかない。今日もお仕事頑張っているなと、ブンブン元気に飛び回る彼らを遠くから見守るだけだ。
「ところでアメリア。今度良かったら、一緒に城下町に下りてみないか?」
「城下町……ですか?」
レオナルド殿下の突然の申し出に、私はキョトンと首を傾げた。
「ああ、最近、国の発展のためにも、ジョセフと色々と見て回っているんだが、これが結構楽しくてね。君を伴ったら、何か新しい発見があるかもと思って。それに、女性特有の意見も聞いてみたいしね」
「……」
国の発展のため……それはとても崇高な志だけど。息抜きのためにお忍びで、城下町で遊びまくっていると聞こえるのはなぜだろう……
「私の意見が参考になりますかしら……?」
「もちろん。アメリアは時々、突拍子もないことを思いつくから、きっと面白い発想が出てくると期待しているんだ」
「……そう言って頂けると、光栄ですが……」
謙虚に礼を口にしながらも、つい戸惑ってしまう。レオナルド殿下の意図がさっぱり分からなくて、どう答えたらいいのか悩んだ。もちろんその言葉通りに受け取るべきだろうが、どうにも釈然としない。
再びレオナルド殿下にエスコートされながら、温室を出てそのまま庭を散歩する。
「ああ、そうだ。城下町に下りる日は、ぜひカトレアも連れてくるといい。若い子の感想も聞きたいし。その時にはジョセフにエスコート役をさせるから、人数的にもちょうどいいだろう」
「まあ、カトレアも?」
その言葉でようやく合点がいった。
なる程、殿下はカトレアを城下町デートに誘いたかったのだ。私を介してこんな遠回りなことをしなくても、あの子なら喜んで応じたでしょうに。
「それは絶対、カトレアは喜びますわ」
でもどうして私まで? デートに第三者なんて無粋じゃない……
あ! ジョセフ様も一緒ということは、もしかしたらレオナルド殿下は、私に自分の側近を斡旋しようとしているのかもしれない。妹のカトレアと結婚するにあたって、姉の私が婚約者もいない独り身だと外聞が悪いから?
確かにジョセフ様はバーゼル家の次男、国の建国から続く由緒ある侯爵家でお家柄も申し分ない。我が家に婿入りしてもらうには最適の物件だった。
先日少し話しただけだが、その人柄は誠実そうで好感が持てる。公の場ではレオナルド殿下の後ろで護衛兼、補佐官として静かに控え、愛想は良いが決して出しゃばらず、まさに忠犬といった感じだ。
私も上手く教育したら、一生彼を尻に敷けるだろう……
色々な損得勘定が私の頭の中を駆け巡った。
あら、あら、あら。これはひょっとすると、ひょっとするかしら?
今はゲームでいったらまだ序盤。レオナルド殿下とカトレアの仲が進展する過程であって、殿下が妹に無体を働く心配はまずないだろう。というか、逆に進展してもらわないと困る。
例のゲームのシナリオで、いわゆるダブルデート的な場面はなかったが、2人が城下町をデートするイベントは確かにあった。
なら、ここはひとまず私が一肌脱ぐべきね。上手くいけば、一石二鳥かもしれないし。
「お誘い頂けて光栄ですわ。ではカトレア共々、楽しみにしていますね」
さてさて、今日のこの選択がどう出るか。
不謹慎ながらも今度は自分が加奈子の代わりにプレイヤーになった気分で、私はワクワクした。
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