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3. 愚か者

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 私に統治者としての素質があると気づいたお父様は、鬼だった。
 スパルタもスパルタ、色々な試練を私に課した。国の成り立ちに始まり、一般的な歴史、領地を治めるのに必要な金銭の流れ、商業の仕組み、取引の方法など。国の中でも高名な学者や講師に教えを乞い、日々勉強。
 私も自分の知識欲を満たすため、それを望んだものだから際限がなかった。疑問に思うことがあれば、その答えを突き止めるまで気が済まないのだ。そうして調べていくうちに、また違う疑問が湧いてくる。まるで永遠のループに嵌ったかのように、私は来る日も来る日も調べものに明け暮れた。
 加えてお母様からも淑女教育の予定を入れられるので、まさに朝から晩まで、息をつく暇も無かった。

 私のお父様ーーハワード・フェルマー公爵は、ラッセル王国の外相だ。国王の信頼も厚く、国益を守るため他国との交渉を一手に担っている。

 お父様の仕事は私の闘争心を大いに燃やした。公爵家の領地を継ぐだけなら、外交の知識は重要だが必須とまでは言えない。だがお父様の知り得る知識を、私が共有出来ないのは悔しいのだ。

 そんな私の気持ちを察したのか、お父様はある時、まだ幼い私を隣国のマクローリン国に伴った。その地の特産物である貴腐ワインを手に入れるためだ。
 外交の一環ではあったがただの買い付けなので、ぶどう畑の見学、そして領主主催の夕食会に参加するだけの簡単なものだった。

 だがその訪問で私は失敗を犯した。

 マクローリン国と我が国の言葉は似通っていて、簡単な会話には困らない。ただ同じ発音で単語の意味が違ったりするので、少し注意が必要だった。

 私はその時、私たち親子を歓待してくれた領主に、礼儀としてお礼を述べたかっただけなのだ。

「お料理、とても美味しかったです。特に『愚か者』の味付けが最高でーー」

「え、愚か者?」

「え? は、はい……」

 眉を顰める領主に、私は焦った。何か変なことを言っただろうかと、幼心に青ざめる。助けを求めてお父様の方を向くと、彼は優雅にナプキンで口元を拭っているところだった。

「『ステーキ』のことですよ。ニンニクの風味が効いていて、気に入ったようです。申し訳ありません。娘はまだ、貴国の言葉を覚え始めたばかりでして。ところで牛といえば、貴殿の領地では放牧も盛んですね」

「ああ、そういえば、ラッセル国では、『愚か者』はガーリックステーキって意味でしたね! あはは」

「……」

 私は顔から火が出る思いだった。耳まで真っ赤にして縮こまった私を、領主は笑って、子供の可愛い『言い間違い』で済ませてくれた。

 翌日、帰国の道すがら、馬車の中でお父様は言った。

「今回は笑い話で済んだが、『言い間違い』は外交において命取りだ。そんなつもりでは無かった、では通じない。我が国では『和平』という意味が、他国では『戦争』の意味になったりする。それは外交に限らず、共通の認識は領地運営に関することでも重要なことだ」

「……はい、お父様。肝に銘じます」

 それから私は、これまでしていた勉強の範囲をラッセル王国に隣接する国々の語学にまで広げた。果てにはお父様の勧めで、その国々のマナーからタブーまで。他国の習慣を覚えることは、言葉以上に大きな意味を持つらしい。確かにマナー違反はあらゆる信頼を無くすよね。

 そうして今日も私は、邸の図書室に篭り勉強に明け暮れていた。

 ーーああ、また知らない言葉が出てきたわ。これはどの本に詳細が載っているのかしら……

 こんな時、私はいつも思うのだ。

 私もーー

『ぐぅぐる』が使えたらいいのにな。




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スペイン語でバカは牛肉、アホはニンニクのことらしいです。

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