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新天地
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心地よい陽光が中庭に居る私に降り注ぐ。私は紅茶の香りを堪能してから口にして、ホッと息をついた。
「ふう・・・気持ちの良い午後ね」
「そうだな」
私の言葉に相槌を打つのは、同席している父です。そう言いながらも、父の顔は浮かない。お疲れでしょうか。
「お父様?」
「エドワード様は何処へ行かれたのだろうか・・・」
「もう三ヶ月ですね・・・心配ですわ」
エドワード様とリリー様が行方不明になられてから三ヶ月が経過しました。
「あの日、無理にでもお送りするべきでした。まさか帰路の途中で行方をくらまされるなんて・・・」
「お前が気に病む事ではないよ。リリー嬢との愛を貫かれたのだろう。無責任な行動は許されることではないが、あの方なりに信念を貫かれたのだ」
「そうですね。羨ましい限りですわ」
三ヶ月前、当家に来られたエドワード様とリリー様がその帰路の途中で行方をくらまされた直後は、大規模な捜索隊が結成されました。ですが一月全く足取りがつかめず、二月目でどうやら異国へ行ったという証言が出て、三月めとなる今月に捜索は打ち切りとなりました。
「悲しくないのか?二度も裏切られたのだぞ?」
心配そうに見つめて来る父の目には、その奥にエドワード様への怒りが見て取れた。私はそんな父にニコリと微笑む。
「傷ついてないと言えば嘘になりますが、さすがにもう大丈夫ですよ。今はお二人の幸せを願って過ごしております」
「そうか、それなら良いのだが・・・」
結局見つからなかったエドワード様。現在王太子の座はエドワード様の異母弟へと移りました。つまり現国王の側室の子ですね。
「本当に縁談を断って良かったのか?」
「勿論です。お父様には申し訳ありませんが、私はもう結婚するつもりはありません」
その側室の子、新たな王太子との婚約話がありましたが、丁重にお断りさせていただきました。エドワード様のこともあるので、王家も強く言ってこなかったのは幸いです。
「建設は順調か?」
「はい。今年中には引っ越し出来るかと思います」
生涯独身を決めた私を複雑そうに父は見てきます。けれどやはり強くは言えないようです。二度も婚約者に捨てられた私は腫れ物扱いですね。そっとしておいてほしいので、その方が助かりますけど。
「完成したら大切な物だけを厳選して引っ越しますね。随分と大荷物になりそうですけど、優秀な使用人達のお陰で問題なく移動できそうです」
「そうか。寂しくなるな」
「もうすぐお兄様のところにお子がお生まれになるではありませんか。寂しいなんて言ってる暇ありませんよ」
公爵家の後継である兄。その家に待望の子が産まれるということで、父は私の心配をしつつもソワソワして浮かれてるのがよく分かります。
仕事があるからと立ち去った父を見送ってから、私は再び紅茶を口にしてお菓子を口に放り込みました。
頭の中では新居・・・領土の端にある、誰も住まない辺鄙な場所に建設中の私専用の家が浮かびます。
もうすぐ引っ越しに大わらわとなるでしょう。今のうちに休んでおかないとね。
ああ、あの二人の移動は大変でしょうから、今の内から念入りに準備しておかないと。
誰にも知られてはいけない。信頼できる、数名の、共に新居へ移る者達以外には、けして知られてはいけない存在。
その二人のことを考えると知らずニヤけてしまう。
楽しく愛しい私のオモチャ。新居ではもっと楽しめるよう、もっと遊べるよう様々な工夫を凝らしている。
早く引っ越したい・・・はやる気持ちを抑えながら、その日が来るのを心待ちにしています。
「まったく、私の警告に従っていればあんな目に遭わずに済んだのにね」
頭に浮かぶのは、とある男爵令嬢の顔。今やその顔は・・・いえ、何も言いますまい。
エドワード様にちょっかいを出してきた時点で直ぐに警告と称して色々したけれど、それを理解しなかった愚かな娘。側室なんて分不相応で気に入りませんでした。
簡単に私を裏切って不貞に走ったエドワード様。何があっても婚約者のことを信じるべきだと言うのに。
婚約破棄までは、まあ良かったんです。馬鹿と離れられるならそれもいいだろうと思ったんです。
ですがショックでもありました。自分が誰かを捨てるのなら良いのですが、自分が捨てられるなんて許せません。そんなことはあってはならないのです。プライドがズタズタです。
更にあってはならないことに、再度の婚約。もう怒りで目の前が真っ白になるレベルでした。
「一方的に婚約破棄してきたくせに私ともう一度婚約だなんて・・・馬鹿にしないで欲しいわ」
でも結果として、良いオモチャが手に入りました。
公爵令嬢なんてやってると、ストレスがとてつもないのです。
「その点だけはあの二人に感謝ですね」
呟いて紅茶を口にし、私は空を見上げました。
早く新居へ移りたいと思いながら。
あの隠れ地下室のある、あの屋敷へ・・・
「早く引っ越して・・・遊びたいわ・・・」
私は呟いて、立ち上がりました。
今はまだ家族が不在の時しか遊べないのが辛いですが、仕方ないと思いながら。父の外出を確認して、私は向かうのです。
愛しきオモチャのいる地下室へと――
[終わり]
「ふう・・・気持ちの良い午後ね」
「そうだな」
私の言葉に相槌を打つのは、同席している父です。そう言いながらも、父の顔は浮かない。お疲れでしょうか。
「お父様?」
「エドワード様は何処へ行かれたのだろうか・・・」
「もう三ヶ月ですね・・・心配ですわ」
エドワード様とリリー様が行方不明になられてから三ヶ月が経過しました。
「あの日、無理にでもお送りするべきでした。まさか帰路の途中で行方をくらまされるなんて・・・」
「お前が気に病む事ではないよ。リリー嬢との愛を貫かれたのだろう。無責任な行動は許されることではないが、あの方なりに信念を貫かれたのだ」
「そうですね。羨ましい限りですわ」
三ヶ月前、当家に来られたエドワード様とリリー様がその帰路の途中で行方をくらまされた直後は、大規模な捜索隊が結成されました。ですが一月全く足取りがつかめず、二月目でどうやら異国へ行ったという証言が出て、三月めとなる今月に捜索は打ち切りとなりました。
「悲しくないのか?二度も裏切られたのだぞ?」
心配そうに見つめて来る父の目には、その奥にエドワード様への怒りが見て取れた。私はそんな父にニコリと微笑む。
「傷ついてないと言えば嘘になりますが、さすがにもう大丈夫ですよ。今はお二人の幸せを願って過ごしております」
「そうか、それなら良いのだが・・・」
結局見つからなかったエドワード様。現在王太子の座はエドワード様の異母弟へと移りました。つまり現国王の側室の子ですね。
「本当に縁談を断って良かったのか?」
「勿論です。お父様には申し訳ありませんが、私はもう結婚するつもりはありません」
その側室の子、新たな王太子との婚約話がありましたが、丁重にお断りさせていただきました。エドワード様のこともあるので、王家も強く言ってこなかったのは幸いです。
「建設は順調か?」
「はい。今年中には引っ越し出来るかと思います」
生涯独身を決めた私を複雑そうに父は見てきます。けれどやはり強くは言えないようです。二度も婚約者に捨てられた私は腫れ物扱いですね。そっとしておいてほしいので、その方が助かりますけど。
「完成したら大切な物だけを厳選して引っ越しますね。随分と大荷物になりそうですけど、優秀な使用人達のお陰で問題なく移動できそうです」
「そうか。寂しくなるな」
「もうすぐお兄様のところにお子がお生まれになるではありませんか。寂しいなんて言ってる暇ありませんよ」
公爵家の後継である兄。その家に待望の子が産まれるということで、父は私の心配をしつつもソワソワして浮かれてるのがよく分かります。
仕事があるからと立ち去った父を見送ってから、私は再び紅茶を口にしてお菓子を口に放り込みました。
頭の中では新居・・・領土の端にある、誰も住まない辺鄙な場所に建設中の私専用の家が浮かびます。
もうすぐ引っ越しに大わらわとなるでしょう。今のうちに休んでおかないとね。
ああ、あの二人の移動は大変でしょうから、今の内から念入りに準備しておかないと。
誰にも知られてはいけない。信頼できる、数名の、共に新居へ移る者達以外には、けして知られてはいけない存在。
その二人のことを考えると知らずニヤけてしまう。
楽しく愛しい私のオモチャ。新居ではもっと楽しめるよう、もっと遊べるよう様々な工夫を凝らしている。
早く引っ越したい・・・はやる気持ちを抑えながら、その日が来るのを心待ちにしています。
「まったく、私の警告に従っていればあんな目に遭わずに済んだのにね」
頭に浮かぶのは、とある男爵令嬢の顔。今やその顔は・・・いえ、何も言いますまい。
エドワード様にちょっかいを出してきた時点で直ぐに警告と称して色々したけれど、それを理解しなかった愚かな娘。側室なんて分不相応で気に入りませんでした。
簡単に私を裏切って不貞に走ったエドワード様。何があっても婚約者のことを信じるべきだと言うのに。
婚約破棄までは、まあ良かったんです。馬鹿と離れられるならそれもいいだろうと思ったんです。
ですがショックでもありました。自分が誰かを捨てるのなら良いのですが、自分が捨てられるなんて許せません。そんなことはあってはならないのです。プライドがズタズタです。
更にあってはならないことに、再度の婚約。もう怒りで目の前が真っ白になるレベルでした。
「一方的に婚約破棄してきたくせに私ともう一度婚約だなんて・・・馬鹿にしないで欲しいわ」
でも結果として、良いオモチャが手に入りました。
公爵令嬢なんてやってると、ストレスがとてつもないのです。
「その点だけはあの二人に感謝ですね」
呟いて紅茶を口にし、私は空を見上げました。
早く新居へ移りたいと思いながら。
あの隠れ地下室のある、あの屋敷へ・・・
「早く引っ越して・・・遊びたいわ・・・」
私は呟いて、立ち上がりました。
今はまだ家族が不在の時しか遊べないのが辛いですが、仕方ないと思いながら。父の外出を確認して、私は向かうのです。
愛しきオモチャのいる地下室へと――
[終わり]
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