秘蜜の薔薇は甘く蕩ける

斑鳩青藍

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 中央大陸東部、薔薇の王国と呼ばれる美しき国がある。その国の名は、ル・プルミエール王国。その意味の名は『永遠の薔薇』。
 いつまでも変わらず美しく――、そんな願いを込めて。

 そんなル・プルミエール王都の中心に、高い塔を聳えさすセント・ニコラ大聖堂の鐘が、晴れ渡る空に鳴り渡る。
「――国王陛下の馬車が来るぞ!!」
 大聖堂から、王宮へ続く道に民衆が一斉に集まったのはその午ひるの事。新国王と王妃の、戴冠式を祝う人々である。
 道沿いには歓喜の声を上げる者、深々とお辞儀をする者など様々だが、彼らの視線の先は、通り過ぎていく黒塗りの見事な馬車にいるであろうこ国王夫妻に向けられている。だが、期待する新王妃は馬車から顔を出してはくれぬ。
「――陛下、民衆が王妃さまのお顔を望んでおります
「聞いたかい?ブランシェ。皆に、手を降っておやり」
 優しい声で言う国王に、王妃となって間もない新妻は紅の唇を必死に結んでいる。それも、仕方ない事だった。馬を寄せた護衛騎士には見えなかったであろうが、王妃のドレスの裾は片側を大腿まで捲られ、国王の手がずっと這わされていたからだ。
 美しい、王妃であった。腰に届く波打つ銀の髪、雪のように白い肌、熱い吐息を漏らす薔薇色の唇、歳は国王より七つ年下の十六歳。
「さぁ」
耳許で促す国王に、ブランシェは弱々しくかぶりを振る。
「お許しを……」
「仕方ないね。僕のプリンセスはとても恥ずかしがり屋だ。でも、これからは慣れてもらわいとね」
「んっ……」
細い肩が、ビクンッと跳ねる。直接触れていないものの、国王の手は下着にかかり、輪郭を辿るように蠢く。女性ならば、あり得ぬ肉塊。国王と、王妃の父しかしらぬ秘密。王妃ブランシェが、本当は男だと言う秘密。
「愛してるよ、ブランシェ。僕の可愛いプリンセス」
「あぁ……、だめ……」
 声を殺す為噛んでいた指が外され、国王の手がついに下着の中に入ってくる。
 道沿いの民衆は、馬車の中で何が起きているか知らない。
「国王陛下、万歳」
「王妃陛下、万歳」
祝福する声が、罪の意識に苛まれるブランシェには辛く、耐え難い。なのにその躯は間違いなく、目の前の男を求めてしまうのだ。従兄であるアレン・ジークフリード。国王となり、ブランシェを王妃に迎えた彼は、ブランシェが男だと理解っても愛し、その躯を淫らに変えた。
 何処から見ても完璧なレディーに育ったブランシェ。父・クローディア侯爵に溺愛され、何不自由なく育ったが、まさか王妃になるとはブランシェは思ってはいなかった。
 そうあれは、一年前になるだろうか。



 ブランシェ・エル・クローディアが生まれたのは、十六年前の冬であった。
 ル・プルミエール王国屈指の名家クローディア侯爵家の第一子として、当主テオドール・クローディアと、その妻マリアとの間に誕生した銀髪の男の子。
「――愛らしい若様でございます。旦那様」
 侯爵家嫡男の誕生に、その場にいる誰もが素直に喜びを表した者はいなかった。侯爵夫人マリア・レノアが、子供を産んで直ぐに亡くなったからだ。
 マリア・レノアは当時の国王ベルナルド・ローエン三世の異母妹であった。王家を始めクローディア侯爵家は一族婚を繰り返し、テオドールも遠からず王家の血を引いている。ただ、マリアとの結婚に際し国王と因縁があっただけに、彼はこの数年王宮からは足が遠のいている。
テオドール・クローディア侯爵は生まれた嬰児を抱き上げ、信じられない事を口にした。まるで、何かに取り憑かれたように。
「何を言っている?この子は、女の子だ。マリアそっくりに美しくなるぞ」
「旦那様?」
「そうだ、お前は美しくなる。このル・プルミエール一のプリンセスに」
 青ざめる乳母の前で、侯爵はまるで暗示か呪文のように語りかける。
 銀の髪に菫色の瞳、雪のように白い肌に薔薇色の唇。生まれた瞬間、誰もが『女の子』と錯覚した美しい子供。だが、間違いなく生まれたのは男の子なのだ。
 テオドール・クローディアは妻を深く愛していた。僅か二十歳で、我が子の出産の代償に命を散らした侯爵夫人を、彼は忘れられなかった。事実、『女』として育てられた子供は美しく成長した。それが、ブランシェである。それが愚かな事だと、テオドール・クローディアには理解らなかった。何れ理解ってしまうと言うのに。
 ブランシェの運命は、図らずとも生まれながらにして狂わされた。お前は女の子――、父テオドールの期待通りにブランシェは育った。与えられた小さな世界で、そこから出ることはなく。
 そんなブランシェに、近づいた男がいた。金髪碧眼の、美青年が。テオドール・クローディアの誤算は、その青年がブランシェを見つけ見初めてしまった事だ。

「……貴方は誰?」
 まだ幼いブランシェの前に、庭の薔薇園に佇む美しい青年。
 柔らな金髪、碧い瞳、金刺繍の上着とベスト、レースをたっぷりと覗かせた胸元と袖口。お伽噺の王子様のような青年。
「お前の従兄だよ。プリンセス・ブランシェ」
「従兄……?」
青年は、にっこりと笑った。
 それがまだ、王太子であったアレン・ジークフリードである。
 それから数年後、彼はブランシェに囁く。

 ――必ず迎えに来るよ、僕の可愛いプリンセス。お前の十六の誕生日に。

 彼はブランシェを愛し、妃にすると言う。
 クローディア侯爵家は王家と繋がりが深く、ブランシェの母は当時のル・プルミエール国王の異母妹であった。更に、クローディア侯爵家は何度か王女が降嫁した為、国王は第一皇子の妃にクローディア侯爵家の者がなると聞いても反対しなかった。躊躇ったのは、テオドール・クローディアの方であった。当然だ。ブランシェは本当は男の子なのだから。何度も来る王宮からのブランシェへの求婚の申し出を何度かはぐらかし、何れ諦めるだろうと思っていたがそれは甘かった。
 お伽噺のプリンセスは、魔法をかれられて最後には解かれて幸せになる。ブランシェは、自分は決してそうはならないと思っている。
 どんなに外見を取り繕うとも、やがてその日は来るのだ。周りを欺いた、その罪の裁きを受ける日が。

 そして現今、ブランシェはその青年の胸元に抱かれている。  
「あ……っ、ん……、陛下……」
ドレスを脱がされ、コルセットを外されれば嫌でも男の躯が露わになる。まだ少年の躯ではあったが、アレンは迷うことなく己を沈めた。
「アレン……、あっ、あ、……っ」
 王妃となった今、ブランシェは嫌とは言えない。ブランシェもアレンが好きだった。魔法はいつか解けて、いつか真実は明らかになる。理解っているのに。
「あっ、あぁ――…っ」
「ブランシェ」
 ゆっくりと律動を始めると、ブランシェが応えるようにビクンッと反応する。
「いや……、あっ、あ、……っ」
ブランシェは、軈てアレンと引き離されるであろう時を身で感じながら、その意識は性の悦に消えていった。
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