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断罪イベント発生中!
しおりを挟む僕、大加賀秋都(おおかが あきと)は窮地に立たされていた。
陸王学園、高等部に籍を置く僕は大加賀家の嫡男として問題を起こさないよう極力小さく地味に薄く生きていた。
大加賀は影に生きる家柄で、主と決めた人間に忠誠を誓う古風な風習がある。忍者と呼ばれた時代もあったのだと言う。
大加賀の人間を従えることが出来た家は繁栄を約束されたも同然らしい。
それは過去の話だから、僕には荷が重い話だね。
だから期待されないよう、人目に触れないよう目立つこともなく一年を過ごした。
それまでは普通の生活だった。
変わったのは、僕が二年生に進級した春にやってきた転入生に絡まれ始めてからだ。
転入生はとても可愛くて、蜂蜜をたっぷりかけたような甘い茶色の髪に、同じようにキラキラとした茶色の瞳が魅力的な子だった。ふわふわの髪は触り心地がよさそうで、大きな瞳はいつでも潤んでいる。高校二年生だというのに、160センチもないだろうその華奢な身体つきは庇護欲をそそられるくらいに細い。
吉田未来(よしだ みらい)君が学園にやってから、生徒会のメンバーが陥落したようで、彼らの親衛隊がとても荒れていた。
吉田君と一緒にいたい生徒会長や副会長たちが仕事を放棄するようになったと噂が流れてきた。
どんどんと生徒会が滅茶苦茶になり始めた頃に、一人で捨て置かれた中庭の東屋で弁当を食べていた僕に声をかけてきたのが生徒会の会計と書記の二人だった。
二人は滞る仕事を処理する場所を探していた。
生徒会室は職務妨害をされるようで、辟易して学園で安全な場所を探していたそうだ。
この東屋は僕が見つけて通い始めてから心地よい空間を過ごせるよう全力のリノベーションを行い、雨風を完全に凌ぎ、冬の寒さにも負けない完璧な建物へと変貌を遂げた。勿論、学園側に許可もとってある。
僕の昼休みの邪魔をしないからこの場を提供してはくれないかと相談を持ちかけられて、大変そうだし好きに使ってほしいと伝えた。ついでに一般生徒の僕が手伝ってもいいものだったら手伝いを申し出た。
困ったときはお互い様だし、成績なら僕もそれなりだ。いつ、一生使えてもいいと思える主君に会えてもいいよう、僕は日々努力をしている。どんなサポートでも行える。
会計と書記の二人が日々疲れていくのが傍目でも判るから僅かばかりでも手伝いたかった。弁当も二人の分を作るようになった。
二人は僕に感謝したようで、昼休み以外で学園で会うと挨拶をするようになった。それが吉田君は気に食わなかったのか。僕に難癖をつけ始めるようになってしまった。
僕が吉田君を苛めただとか、教科書をボロボロにしたとか、階段から突き落として怪我をさせたとか。
身に覚えがないことで何回も生徒会に呼び出しをされた。
職員室に呼び出されるのなら判るけど、毎回生徒会室に呼ばれる。
そして生徒会長と副会長、庶務の双子に二度と吉田君に手を出さないことを署名させられて罵倒されて、開放される。
会計と書記の二人は最後まで庇ってくれるんだけど、それが余計気に食わないみたいで吉田君は生徒会メンバーの見えない死角でとんでもない顔をしている。ドン引きの表情。
そして、夏。
ついに恐れていたことが起こった。
会計と書記の二人という後ろ盾が帰省で学園を留守にした二日後、寮に残っていた僕は生徒会室に呼び出された。
今年の夏は格別に暑くて、伸ばしっぱなしの髪もそろそろ鬱陶しいし、無難に選んだ黒縁の眼鏡はとても野暮ったくて自分の姿を見ているだけでも暑苦しい。
将来仕える主の為に見た目ももうちょっと清潔を保たないとなぁ…と思って開いた扉の先、いきなり水をぶっ掛けられた。
夏だし、水はそこまでのダメージはこないけど、この水浸しの床は誰が掃除するんだろう。
ぼんやりと考えていると、バケツを持った庶務の双子がイジワルそうに嗤っていた。二人ともバケツを持っているから僕は二つ分の水をかけられたんだろうな。
「今日はいつもアンタを庇ってる二人がいないし、逃げられないよ」
「さっさと学校から出て行ってくれないかなぁ。不快だよ」
僕を糾弾する向こうに会長と副会長、その間に吉田君が嫌な笑顔を浮かべながら立っていた。
暗に退学を示唆されているのか。
生徒会は良家の令息がなるものだけど、退学を勧められるほどの権力が許されているのだろうか。
濡れた髪と水滴だらけの眼鏡が気持ち悪いなと思った瞬間、目の前がとんでもない光に塗れた。
++++
水の次は光。
パチリと眼を開けば、目の前は様変わりしていた。
生徒会室だった筈の場所は薄暗い洞窟のような場所で、レンガが敷き詰められた場所は閉塞感がすごかった。
「なにが起こったの?!」
吉田君が甲高い声で叫んだ。
空間に声が響いてとても喧しかった。
生徒会長も副会長もバケツを持った庶務の双子も状況が把握できないのか、うろたえている。
僕も吃驚はしたけど、周りに人がいることに気付いて目立つ彼らが他の視線を掻っ攫っている間に空間の隅に移動した。
より傍観が出来る場所に。
ドーム型の空間には生徒会メンバー以外に三十人程。
コスプレの会場かな? と思わしき人々がぐるりと囲っている。
生徒会メンバーが居る場所には円をグルグルと描かれたRPGでよくある魔方陣みたいなものがあって、どういう原理なのかその線が光っている。
円を囲う人たちは四つの衣装に分かれている。
中世ヨーロッパ風の貴族の格好をした人、騎士の鎧に身を包んだ人、黒いローブを纏った人、神官風の人。
皆それぞれ背が高くて、日本人じゃないのが判る。
これは異世界召喚ってやつかな。
さすがに二度目のそれにうすうすと勘付く。
前に吉田君がブツブツと「これはゲームの世界」「アタシが主人公なのに!」「逆ハー完全攻略」なんて言っているのを聞いて自分が居る世界が学園が舞台の恋愛物ゲームの世界なんだと気付いた。
気付いたけど、前世の記憶があやふやで料理とゲームが好きだったなぁくらいしか覚えていなかった。確かに、自分で認めた人間を主君として仕えるなんて漫画だよね。現代日本でそんな家系あるわけがない。
その薄ボンヤリとした前世の記憶に異世界召喚なんてジャンルもあった。
ということは、僕は異世界召喚に巻き込まれたオマケになるんだろうか。
生徒会メンバーは周りの人たちに「救世主がやってきた!」「貴方が聖女様ですか?!」と矢継ぎ早に聞かれている。
このパターンだと、生徒会長が勇者で吉田君が聖女ってやつかな。
僕はお荷物とか言われてここでも断罪されて奴隷の道を歩むとかになるのかな。
………。
逃げる道はあるのか。
召喚があるし、魔方陣は光ってるし魔法がある世界なのかな。
僕はうんうんと自分の手のひらを眺めて唸る。
ここから逃げたい。
ここがどこか判らないけど、僕の世界が閉ざされるのなら逃げてしまいたい。
僕には仕える主君がどこかにいるんだ。それまでは己を研磨し、生きることが重要だ。
手のひらを眺める。魔法が起こる兆しはない。
今は生徒会メンバーに気を取られているから僕に気付いた兆しはないけれど、それも時間の問題だ。
服装でまずばれる。
この部屋の扉も見えないし、どうしてこの場所から逃げればいいのか判らない。
閉ざされた空間の熱気で眼鏡も曇ってきた。
邪魔くさいなと、眼鏡を取って気付いた。
僕の視力は両目0.2。眼鏡を取ればぼやけた世界しかない。筈なのに、視界はとってもクリアだ。
パチクリと瞬きした瞬間、肩を叩かれた。
「君は、誰だ?」
吃驚した。
後ろを仰ぎ見て、その人物がきっと此方の人間だと理解して、逃げなきゃ! と焦った。
金色の髪色はさっき吉田君の手を握っていた王子さまっぽい人と一緒だ。これはまずい。ブワリと冷や汗をかいて、僕は逃げた。
パッと世界が暗転して、気付いたら僕は長閑な農村の真ん中に佇んでいた。
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