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本章 1/ライオン、半悪魔
1 過去での来訪
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「彼は、他の子どもたちとも明るく接し、むしろ我々大人から見れば高いコミュニケーション能力があるようで、交友にはまったく苦労していないようです。が、実際は自分と同じ子ども……いえ、子どもであるかそうでないかに関わらず、彼は本当は彼以外の人間にはまるで興味がないようなのです。我々はそう思います。しかし彼は、他人に興味があるように見せるのが上手い。
屋外でも、屋内でも誰とも遊ばず、よく一人で書庫にこもり読書をしていたり、離れた部屋で絵を描いたりしています。彼は根本的には誰かと居るよりは孤独を好むようです。
それだけならまだ我々は苦労しませんが――度々我々や他の児童を困らせるような『問題』行動も見受けられ――こちらで預かる以前にも、その問題行動はあったようですが。
彼は恐ろしい子どもです。話せば、目を合わせれば、まるでこちらの思考を読み取るような目で見つめてきます。彼が何を考えているのかはこちらは予想もつきませんが、彼は相手が何を考えているのかすぐに予想がつき、予想どころか、すべてをわかりきってしまうのでしょう。
それに、自分以外のものの『いのち』を奪うことに何の抵抗もなく、むしろそれを良いことだと思っています。
しかし、このような事実があるからして、私どもは彼を忌み嫌っているわけではありません。むしろ深く愛しています。なぜなら、たとえそれが偽りのものだとしても、ときには子どもらしい一面を見せ、愛らしく、無邪気で天使のような笑顔を咲かせるからです」
日記
日記だなんて、生まれてはじめて書くな。
そのときはプレイタイムだったけれど、ぼくはいつもと変わらず書庫にこもって本を読んでいた。
天気がよく、あたたかい昼さがりで、本当は窓を開けっ放しにしたかったのに、外であそんでいるほかのこどもたちの高い声が読書をするぼくにはうるさかったから、すぐに閉めてしまった。
ページがかなり進んだころ、ふと時計を見てみると針はそろそろ戻る時間をさしていたから、ぼくは本を閉じそれを棚にもどし、部屋にかえろうとした。
すると、ばったり、ドアの前でだれかと鉢合わせたんだ。
ぼくと鉢合わせたその紳士は、ぼくをなるべくおびえさせまいとするような優しいふるまいで言った。
「やあ、こんにちは。驚かせてごめんね」
ぼくは目を丸くする。すこしおどろいたのはうそではなかった。
知らないひとだ。来客は珍しい。
その紳士は、身なりがちゃんとしていて、きっと裕福な暮らしをしているにちがいないとぼくはぼんやりと思った。隣にいる美しい女性は、彼の妻にちがいなかった。
「ハル、お客さまですよ」シスターが顔をのぞかせてぼくにそう言う。
促される前に、ぼくもすぐに笑顔で「こんにちは。はじめまして」と挨拶をした。
すると紳士も笑顔でぼくに応え、手を差し出す。
「はじめまして。僕は、ジェイ・エヴァンズ。隣は、僕の妻のエマ・エヴァンズだ」
「ぼくは、ハル。ハロルド・クラーク……」
このときは、ぼくの人生は少し変わることになるんだって、ぼくはまだきづけていなかったんだ。
「そうか、ハル、よろしくね」
ぼくとしてはもうこのへんで彼らとのやりとりを終わらせたかった。部屋に戻らなくていいのか、と、シスターのほうをちらりと見てみたけれど、シスターはにこりと微笑んでぼくに応えるだけだった。どういうことなのか、ぼくにはまだわからなかった。
「本を読んでいたのかい?」
「うん」
「プレイタイムには、いつもここで?」
「うん」ぼくはまたあごを引いた。「それか、奥の部屋で、絵をかいている」
「そうかい。今日はなんの本を?」
誰かに何を読んでいるのか見られたり、たずねられたりしたときのことを考えて本をセレクトしていてよかったとぼくは安堵した。「ジキルとハイドだよ。本当はもっとむずかしいものを読みたいんだけれど、まだ……」
「きみくらいの歳の子は、外で遊ぶか、外で遊んでいたとしても、ゲーム機をいじっているばっかりじゃないか。読書をしているだけですごいと思うけれど」
「そうかな」
ぼくは恥ずかしそうに笑ってみせた。すると彼の瞳がぼくの瞳を見下ろす。それは冷たいものではなかったけれど、ぼくは思わずひやりとした。
すべてを見透かされているような気がしたからだ。ぼくの人格。ぼくの思考。ぼくのいままでとこれからの人生。そう、ぼくの、すべてを。
このひとは何者なのだろう。ぼくは思った。一見して、二十代くらいの、富裕層(偉いひとなのかもしれない)のひとりの人間だとしか思えないが――
金の髪、エメラルドグリーンの瞳。まるでとってつけた仮面のような、ころころ変わる表情。
ぼく自身を見ているようだった。少しちがう生きかたをすれば、ぼくは彼のようなおとなになるのかもしれない。ちがうように見えて、外見ですらも、どことなくぼくたちは似ていた。
「あなたはだれ?」ぼくは思わずたずねる。「なにをしにきたの? ぼくに会いにきたわけではなく、たまたまここに? それとも、やっぱりぼくに会いに? それなら、なぜ?」
「質問攻めだね」
ははは、と、軽く笑って、彼はぼくと視線の位置をあわせるようにすこしかがんで、ぼくの肩にポンと手をおいた。
「さっきも言ったように、僕は、ジェイ・エヴァンズ。これに付け加えるとしたら……僕、ジェイ・エヴァンズ――二十三歳――は、エヴァンズ社という、そこそこ大きな会社の社長だ。社長になってから、まだ一年もないけれどね。一年ちょっと前に父が死んだので、それで後を継いだんだ。
いろいろ事情があって、ぼくとそれからエマは、養子をもらうことに決めた。それで、この孤児院と何度か連絡をとって、今日足を運んできたのさ。先ほど、シスターからきみの話をきいて、きみに興味がわいてね。きみに会おうと思ってここへやってきた。
質問に答えるとしたら、これで以上だよ」
「まさか、ぼくを養子にと?」
「きみにとっては急な話かもしれないけど、そうだね、大体は……そして、きみがよければ、だね」
ジェイ・エヴァンズが隣のエマ・エヴァンズを見た。すると、彼女も微笑んで彼にこたえ、そしてぼくをやさしく見つめた。
屋外でも、屋内でも誰とも遊ばず、よく一人で書庫にこもり読書をしていたり、離れた部屋で絵を描いたりしています。彼は根本的には誰かと居るよりは孤独を好むようです。
それだけならまだ我々は苦労しませんが――度々我々や他の児童を困らせるような『問題』行動も見受けられ――こちらで預かる以前にも、その問題行動はあったようですが。
彼は恐ろしい子どもです。話せば、目を合わせれば、まるでこちらの思考を読み取るような目で見つめてきます。彼が何を考えているのかはこちらは予想もつきませんが、彼は相手が何を考えているのかすぐに予想がつき、予想どころか、すべてをわかりきってしまうのでしょう。
それに、自分以外のものの『いのち』を奪うことに何の抵抗もなく、むしろそれを良いことだと思っています。
しかし、このような事実があるからして、私どもは彼を忌み嫌っているわけではありません。むしろ深く愛しています。なぜなら、たとえそれが偽りのものだとしても、ときには子どもらしい一面を見せ、愛らしく、無邪気で天使のような笑顔を咲かせるからです」
日記
日記だなんて、生まれてはじめて書くな。
そのときはプレイタイムだったけれど、ぼくはいつもと変わらず書庫にこもって本を読んでいた。
天気がよく、あたたかい昼さがりで、本当は窓を開けっ放しにしたかったのに、外であそんでいるほかのこどもたちの高い声が読書をするぼくにはうるさかったから、すぐに閉めてしまった。
ページがかなり進んだころ、ふと時計を見てみると針はそろそろ戻る時間をさしていたから、ぼくは本を閉じそれを棚にもどし、部屋にかえろうとした。
すると、ばったり、ドアの前でだれかと鉢合わせたんだ。
ぼくと鉢合わせたその紳士は、ぼくをなるべくおびえさせまいとするような優しいふるまいで言った。
「やあ、こんにちは。驚かせてごめんね」
ぼくは目を丸くする。すこしおどろいたのはうそではなかった。
知らないひとだ。来客は珍しい。
その紳士は、身なりがちゃんとしていて、きっと裕福な暮らしをしているにちがいないとぼくはぼんやりと思った。隣にいる美しい女性は、彼の妻にちがいなかった。
「ハル、お客さまですよ」シスターが顔をのぞかせてぼくにそう言う。
促される前に、ぼくもすぐに笑顔で「こんにちは。はじめまして」と挨拶をした。
すると紳士も笑顔でぼくに応え、手を差し出す。
「はじめまして。僕は、ジェイ・エヴァンズ。隣は、僕の妻のエマ・エヴァンズだ」
「ぼくは、ハル。ハロルド・クラーク……」
このときは、ぼくの人生は少し変わることになるんだって、ぼくはまだきづけていなかったんだ。
「そうか、ハル、よろしくね」
ぼくとしてはもうこのへんで彼らとのやりとりを終わらせたかった。部屋に戻らなくていいのか、と、シスターのほうをちらりと見てみたけれど、シスターはにこりと微笑んでぼくに応えるだけだった。どういうことなのか、ぼくにはまだわからなかった。
「本を読んでいたのかい?」
「うん」
「プレイタイムには、いつもここで?」
「うん」ぼくはまたあごを引いた。「それか、奥の部屋で、絵をかいている」
「そうかい。今日はなんの本を?」
誰かに何を読んでいるのか見られたり、たずねられたりしたときのことを考えて本をセレクトしていてよかったとぼくは安堵した。「ジキルとハイドだよ。本当はもっとむずかしいものを読みたいんだけれど、まだ……」
「きみくらいの歳の子は、外で遊ぶか、外で遊んでいたとしても、ゲーム機をいじっているばっかりじゃないか。読書をしているだけですごいと思うけれど」
「そうかな」
ぼくは恥ずかしそうに笑ってみせた。すると彼の瞳がぼくの瞳を見下ろす。それは冷たいものではなかったけれど、ぼくは思わずひやりとした。
すべてを見透かされているような気がしたからだ。ぼくの人格。ぼくの思考。ぼくのいままでとこれからの人生。そう、ぼくの、すべてを。
このひとは何者なのだろう。ぼくは思った。一見して、二十代くらいの、富裕層(偉いひとなのかもしれない)のひとりの人間だとしか思えないが――
金の髪、エメラルドグリーンの瞳。まるでとってつけた仮面のような、ころころ変わる表情。
ぼく自身を見ているようだった。少しちがう生きかたをすれば、ぼくは彼のようなおとなになるのかもしれない。ちがうように見えて、外見ですらも、どことなくぼくたちは似ていた。
「あなたはだれ?」ぼくは思わずたずねる。「なにをしにきたの? ぼくに会いにきたわけではなく、たまたまここに? それとも、やっぱりぼくに会いに? それなら、なぜ?」
「質問攻めだね」
ははは、と、軽く笑って、彼はぼくと視線の位置をあわせるようにすこしかがんで、ぼくの肩にポンと手をおいた。
「さっきも言ったように、僕は、ジェイ・エヴァンズ。これに付け加えるとしたら……僕、ジェイ・エヴァンズ――二十三歳――は、エヴァンズ社という、そこそこ大きな会社の社長だ。社長になってから、まだ一年もないけれどね。一年ちょっと前に父が死んだので、それで後を継いだんだ。
いろいろ事情があって、ぼくとそれからエマは、養子をもらうことに決めた。それで、この孤児院と何度か連絡をとって、今日足を運んできたのさ。先ほど、シスターからきみの話をきいて、きみに興味がわいてね。きみに会おうと思ってここへやってきた。
質問に答えるとしたら、これで以上だよ」
「まさか、ぼくを養子にと?」
「きみにとっては急な話かもしれないけど、そうだね、大体は……そして、きみがよければ、だね」
ジェイ・エヴァンズが隣のエマ・エヴァンズを見た。すると、彼女も微笑んで彼にこたえ、そしてぼくをやさしく見つめた。
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