私と白い王子様

ふり

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08・仲居頭の東根さん

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「ごめん」
「……」
「あのときは頭がどうかしてたのよ」
「……どうかしてたって、コンプレックスになっていることを言っていいもんじゃないんだよ」
「深く反省します」
「……もう、仕方ないな」

 角を曲がり、部屋まであと一直線というところで、数人の仲居さんたちとすれ違う。みなさん微笑みを浮かべて、頭を下げて去っていく。

「え? え? どうしたんだろう」
「行けばわかるさ」

 戸惑う私に、彗は訳知り顔で格闘家みたいなこと言う。

「まあ、ちょうどいい頃合いでした」

 部屋の襖を開けて入室すると、キツネ顔の壮年の女性が正座して待っていた。赤い着物に黒い帯。どこか妖艶さが感じられる。女将さんともほかの仲居さんとも違う着物だ。その人が手をついてお手本のようなお辞儀までする。

「あなたは仲居頭なかいがしらさんの……」
「はい。仲居頭の東根ひがしねでございます。お夕食の準備が完了いたしました」

 テーブルには豪勢な料理が所狭しと並んでいた。

 私たちがそれぞれ座ると、満を持したかのように料理の説明が始まった。

 釜で炊き上げたという県内産のブランド米。色ツヤが抜群。みそ汁、刺身、漬け物。でっかい蟹の脚が数本。食べたことないけど、これがズワイガニかー、大きいなぁ。おお、個人用の鍋! 既に長ネギや豆腐などが入れられ、あとは手前のスライスされた霜降りの牛肉を投入するだけだ。ほかにも茶碗蒸し、小鉢がいくつか立ち並んでいる。

 説明を聞きながら何度も唾を飲み込んだ。胃袋を効果的に喰らわせてくる抑揚のついた台詞回し。演技がかったもの言いが落語家みたい。…………でもさぁ、マジでお腹空いた。

「ご清聴いただき、ありがとうございました」

 説明の終わった東根さんが、ビール瓶の栓を抜こうと栓抜きを手にした瞬間、彗が大仰に制した。

「ボクたち、今日は飲まないんです」

 東根さんが瞬時に手を引っ込めた。

「明日のツアーに参加されるのですね。わたくしとしたことが失礼いたしました」

 酒蔵さかぐら巡りツアーがこの旅館ではあるらしい。バスも自前のものがあり、参加する客たちは気兼ねなく試飲することができる。酒飲みにはたまらないツアーなのだ。

 ちなみに私は酒が弱いほうだ。彗と酒を酌み交わしてないから知らないけど、多分それなりに飲めるのだろう。

「いえいえ。すみませんが、ウーロン茶を開けてもらえませんか」
「かしこまりました」

 瓶のウーロン茶の栓を抜き、グラスに注がれる。

「東根さんは、私たちが帰ってくる時間を知ってたんですか?」

 どれをとっても美味しい料理をいただきながら、私が尋ねる。

「そこは仲居頭の勘と言いましょうか。長年の経験からくるものがあるのです」

 東根さんは涼しい顔をして答えてくれた。向かいの彗が何か言いかけて、グッと口を閉じた。

「もしよろしければ、女将・天童によるショーがあるのでお越しください」

 ショー? 何ごとが行われるんだろう。純粋に興味が湧いた。

「何時からあるんですか?」
「二十一時から一時間を予定しております。場所は一階の宴会場ですので。それでは、わたくしは準備がありますので、失礼いたします」

 東根さんが襖の前で座礼ざれいし、襖を開けた。やや間があって、控えめなスリッパのパタパタ音と、廊下の軋む音が遠ざかっていく。それを確認した彗が声を潜めて言った。

「実は来たときにフロントで言ったんだよ。ただ、東根さんの顔を潰したくなかったんだ」
「なるほどね。気の利かないほうのアンタにしては、いい気遣いだったよ。それよりもさ、女将さんのショー行ってみようよ。あのハイテンションな人が何をするのか気になるのよ」
「そうだな。このあとすることもないし、行ってみようか」
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