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4章
09 お出迎え
しおりを挟む一足先に新後県立球場の駐車場に到着した新後アイリスの選手たちは、フロント以外曇り切ったバスから外の寒さに身を縮こまらせながら下車し、トランクから荷物を降ろしていた。
間もなく拝藤組の選手たちを乗せたバスが、少し離れたスペースへ駐車した。晴天と言えども身を切るような寒さである。降りてきた選手たちは一様に厚着に厚着を重ね、新後の本場の寒さに白い息を吐き、打ち震えながら荷物を降ろしていった。
せっせと体を動かす選手の中で、最後にバスからゆっくり降りてきたのは、坊主頭にニット帽とコートをまとった園木と、いないと信じたかった金谷――仲――の姿だった。
坂戸に気づいた園木が憎たらしい笑みを浮かべて近寄ってきた。
「あらぁ~~~坂戸さん。お出迎えご苦労様です。先に球場入りしてればよろしかったのに」
坂戸は硬い表情で会釈(えしゃく)するだけで、話など聞いてない様子だった。凝然(ぎょうぜん)と仲を見つめている。仲もまた、いたたまれないような様子でその場に突っ立っているだけであった。
「仲コーチに何か。ああ、そうよね。かつての自分のチームいたコーチが敵ですもんねぇ。嫌よねぇ」
仲は坂戸と自分の個人的な関係を園木には話していないらしい。賢明な判断である。こんなお喋りなオカマの耳に入れば、立ちどころに拝藤の耳に入り、どんな処罰を下されるか。坂戸が立場を置き換えて想像しただけでも全身から血の気が引く思いだった。
「ハァ? 関係ないでしょ」
冷たくあしらいながら、仲をなおも見つめる。しかし、視線に耐えきられなくなったのか、仲は踵を返してバスへ自分の荷物を取りに戻った。
「アンタはさっさと自分の所に帰んなさい。出歯亀(でばがめ)ハゲアラフォータコ親父が」
罵声を浴びせ、カウンターが来る前にさっさと選手たちのあとを追う。追ってくる可能性もあったが、園木は金切り声で奇声を上げて自陣へ戻っていった。
「ねえ、あのちょっと冴えない風なおっさんが政さんなの? 自チームにいたときはかっこよく見えたけど、敵に回ると何もかも醜く見えるね。仲さんも所詮(しょせん)冴えないおっさんだったわけだ」
「冴えないおっさんですって?」
由加里の疑問に坂戸は気色(けしき)ばんだ。いくら昔の自分でも言っていいことと悪いことがある。贔屓目(ひいきめ)で見なくても、そこらの同年代より若く見えるし、腹も出てないし顔と体型もシュッとしている。確かに、顔はイケメンと呼ばれている芸能人には及ばないかもしれない。それでも、同い年の人間より若く見える格好の良さはあるだろう。どうしてわかってくれないのか。
「監督ー、あたしらはあの人の元の顔がわからないんだよ。監督には格好いいあの人が見えてるんだろうけどさー、あたしらには腹の出た冴えない顔で無精ヒゲの濃いおっさんにしか見えないわけ」
佳澄の言葉で頭が冷えた坂戸は素直に謝った。
「ああ……ごめんね」
「いいよ、仕方ないって。まるで自慢の彼氏を見せたら、けちょんけちょんにけなされた女ぐらい怒ってたよ」
「そりゃ怒るわよ。曲がりなりにも一週間は付き合ってたんですからね」
「はいはい、その話はもう聞き飽きたよ。彼氏かー」
「アンタは生まれてこの方いないもんね」
「うっさい」
佳澄はニヤニヤしながら由加里の肩に腕を回した。
「ねえ、監督。拝藤組との戦いが終わったら、由加里にご褒美(ほうび)として彼氏探しでもしてあげますかー!」
「はぁ?」
「名案ね。旦那様にいい男がいないか聞いてみてちょうだい」
「いやいやいや、いいって! 私に彼氏なんてまだ早――」
すると、坂戸が演技がかった口調で被せてきた。
「私もそう言い続けてきて、三十路(みそじ)を超え四十路(よそじ)すらも超えてこの歳まで来てしまった。この世界のアンタには、あんな筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたくて、惨(みじ)めったらしい思いはしてほしくない。もっと、身近なところで色々経験してみるものよ」
説教モードに入った坂戸は止められない。由加里は鼻白(はなじろ)んだ。
「いい? 若い内の後悔というのは中年、高齢者になるにつれ、心の隅にどうやっても処理できない廃棄物として溜まっていくの。忘れたくてもある日突然思い出して、そのたびに後悔と悲しみを呼び起こさせる。どうしてあのとき動かなかったんだろう。どうしたほうが良かったんだろう――って堂々巡りをさせる本当に恐ろしい存在と化してしまうのよ」
「わかった、わかったから! もう、大事な試合の前になんて話をしてくれてんの!」
「ごめん。つい、話してたらいろんなことを思い出しちゃって……」
「監督もいろいろあったんだよね。よしよし」
佳澄が坂戸の頭を撫でたり背中を擦る。坂戸が手を合わせて頭を下げた。
「更年期だと思って許して」
「はいはい。私は監督を反面教師にするから、大丈夫だって」
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