Unknown Power

ふり

文字の大きさ
上 下
28 / 103
2章

11 仲はフロリダへ

しおりを挟む
 
 仲の行動は早かった。
 東京の成田国際空港からアメリカン航空のダラスで乗り継ぎ、タンパへ行く便に搭乗。約17時間のフライトを終えて空港の外へ出ると、早速電話で予約していたタクシーに滑り込んだ。
 顔をしかめざるをえなかった。容赦なく降り注ぐ日差しは夏そのもので、堪らず上着を脱いでネクタイを緩める。なおかつ明らかに湿度が高い。蒸しに蒸した空気に、吹き出た汗が体のあちこちでまとわりつく。今の時期の日本とはまるで真逆な気候に、早くも体が悲鳴を上げているようだ。

――あっちいなぁ……。さすが亜熱帯気候、フロリダ。まるで夏の日差しじゃねーか。華氏84度って……。

 空港内で移動する際に見た電光掲示板にはそう表示されていた。ちなみに華氏84度は日本で馴染みのある摂氏で言うと、約29度もあるのだった。
 冬のフロリダは比較的過ごしやすいと、離陸前に本屋で寄って買った雑誌には書いてあった。だがこうも書いてあった。

「冬の時期のフロリダは猫の目のような気候である」

 と。そして今日は比較的過ごしづらいほうに当たってしまったらしい。

――えらい蒸してやがんな。半年は体感することはないと思ったが、予想外もいいところだ。

 さらにワイシャツの袖もまくり上げる。ズボンの裾(すそ)もまくり上げたい衝動に駆られそうになったが、見栄えが悪くなってしまうことに気づいてやめた。ハンカチで顔に浮いた汗を拭きながら心の中で悪態をつく。

「お客さん、バーニーランドに行くのかい?」

 ラテン系の肉厚で人懐こい笑顔がこちらを向いていた。当然日本語ではなく、明るい調子の淀みのない流暢(りゅうちょう)な英語である。

「冗談はよしてくれ。アンタ、今日だけでいくら稼ぐ気だ。バーニーランドに行くんなら、オーランドの空港で降りてるよ」

 仲も流暢な英語で返す。金谷政という人間は英語が得意だった。仲正弥という人間も、履歴書に書いて恥ずかしくないほどの能力の持ち主だった。話すほうも書くほうも本場のアメリカ人には負けていない。元の世界の由加里と同じく、もとの人物の能力は引き継げるらしい。

「ハーッハッハッハ! こりゃ、騙せそうにないお客さんだ。オーケーオーケー、ちゃんとクリアウォーターに向かうよ」

 クリアウォーター――フロリダ州西海岸に位置する約10万人の都市である。1年を通して温暖ではあるが、先述した通り猫の目のように気温がガクッと落ちることもある。そこを本拠地とするマイナーリーグのAAA(トリプルエー)級チーム――クリアウォーター・ブレーブス――にお目当ての選手がいるはずだった。
 アクセルを踏み込み、エンジンを盛大に吹かす。今まで緩やかに流れていた景色は急激に加速していく。

――とんでもない奴だ。

 そう思いつつも観光客をカモにするタクシードライバーは、いつどこの世界にもいることを実感した。

「おいおい、安全運転で頼むよ」
「なあに、俺はいつでも安全運転だぜ! 平均時速75マイル、轢いた動物は数知れず!」
「75マイル……ってことは120キロくらいか……って、全然安全じゃねぇよ」
「人は轢いてないからセーフだ!」
「法を守ってないだろうからアウトだろ!」
「ハーッハッハッハ! アンタおもしろい客だね。気に入った、気に入ったぞ! 今日は出血ウルトラサービスだッ。100マイル(約160キロ)の壁を打ち破ってやるぞ――ッ!」

 運転手のアドレナリンは一気に全快となり、アクセルがさらにベタ踏みされる。ちょうどメモリアル・ハイウェイに差し掛かることもあってか、スピードメーターの針がどんどん右に振れていき、とうとう100を指した。針が右に振れ続ける中、車全体がエンジンの爆音を包まれる。車もせっかくの街並みも風景も何もかも置き去りだ。ちなみに、昭和の年代に製造された日本車と違ってキンコン、キンコンと速度警告音が聞こえてくることもない。なぜなら、その音を廃止するように働きかけたのはアメリカなのだから。
 運転手がカーラジオに合わせて陽気に歌いながら運転する後ろで、仲はシートベルトをして腕を組み、きつく目をつむった。

――どうか無事に目的地につきますように。

 本当にいるのかわからないが、今は神にも祈る気持ちだった。



 心臓に悪い地獄のドライブは運転手がかっ飛ばしたおかげか、予定よりも半分以下の時間で到着した。

「おっ、まだ試合が始まってすぐなんじゃねーの。お客さん、滑り込みセーフだね」
「ああ」

 仲は言葉少なに支払いを済ませて車外に出る。顔面蒼白で体が震えていた。そんな仲の横で運転手が、鼻歌を口ずさみながら荷物をテキパキと降ろす。

「んじゃ、また頼むよ」

 運転手は仲の背中を軽く2、3回叩き、車に乗り込む。エンジンを盛大に吹かし、颯爽(さっそう)とどこかへ爆走していった。

――馬鹿野郎、2度と乗るかよ。

 排気ガスにむせながら、リュックを背負ってトランクを持つ。最初に向かう先は、カーキ色の外壁に赤い屋根のクラブハウス内にある監督室である。日本にいるときから話を進め、アポを取っていたのだ。しかし飛行機の乗り継ぎも、タクシーでの移動もあまり時間がかからず済んだため、約束の時間まで暇を持て余してしまった。しかも試合となれば監督が指揮を執っているはずだから、監督室にいるはずもない。こうなると答えはひとつである。

――せっかくだし、試合を観に行くか。ホテルで休んでるのももったいないし、何よりガウラが投げているかもしれないしな。

 早速、道を渡って球場へ行き、チケットを買い求めた。適当な席に腰を下ろし、プレーよりも球場全体をゆっくり眺める。すると、ホーム側のダグアウトの近くのブルペンで肩を作っている選手がいた。ひときわ背の高い金髪のポニーテールと豊かな胸が、投球のたびに躍動している。

――ガウラだ! あそこで投げているってことは、登板の機会があるんだな。

 興奮が止まらない。当然である。金の卵がそこにはいるのだから。
 今すぐにでも連れて帰りたい気持ちを押し殺し、興奮を沈めるべく改めて全体を見渡す。スタンドは一層の屋根付きで、晴れ渡る空の陽光が芝を照らしていてまぶしいほどだ。バックスクリーンの木々の向こうには家々がちらほら見え、近くの空き地からは子どもたちの元気な声がこだまし、叙情(じょじょう)的な想いが呼び起こされる。

――さすがは住宅街のど真ん中にある球場だな。

 収容人数は約6900人であるが、客の入りはそれほどなく、理由はスコアボードの表記を見てすぐにわかった。

――なるほど、どうやら親善試合らしい。しかし、地元の高校の選抜とオフに対戦するとは、サービス精神が旺盛だな。

 試合は初回からブレーブス打線が繋がり、3点を先制していた。

――さすがはアメリカだな。男女混成も先駆けてやってるし、何より男女ともに体がデカい。それでいてパワーとスピードを兼ね備えているってんだから凄いわ。

 試合はテンポよく進み、5回の裏が終わった時点で3対ゼロでブレーブスがリードしていた。お目当てのガウラは、4回途中で一旦ダグアウトに下がっている。
 グラウンド整備と並行し、狂気とユーモアが混在した形容しがたいぬいぐるみのパフォーマンスが行われる。フェンスに近づくたびに子どもの本気の泣き声が響き、球場のBGMと混ざってある種カオスな空間と化している。

――いかにもアメリカらしいデザインだよなぁ。日本に輸入したパターンもあるけど、基本的に目がイッちゃってるもんな。そりゃ、子どもは泣くわ。

 しかし、周りの大人たちは微笑ましく見守っている。これが当たり前の光景なのだろう。そのとき、ピッチャーの交代を告げるアナウンスが鳴る。ガウラがマウンドへ一歩踏み出した瞬間、立ちどころにブーイングと歓声が同時に沸き起こった。もっとも、ブーイングのほうが歓声をかき消し気味であったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢は――何度も時を遡る

たぬきち25番
恋愛
侯爵令嬢ビアンカは 婚約破棄と同時に冤罪で投獄が言い渡された。 だが…… 気が付けば時を遡っていた。 この運命を変えたいビアンカは足搔こうとするが……?  時間を遡った先で必ず出会う謎の男性とは? ビアンカはやはり婚約破棄されてしまうのか? ※ずっとリベンジしたかった時間逆行&婚約破棄ものに挑戦しました。 短編ですので、お気楽に読んで下さったら嬉しいです♪ ※小説家になろう様にも投稿しておりますが、こちらとは結末が違いますのでご注意下さい。 タイトル:タイムリープ、婚約破棄はくり返される!?

聖書

春秋花壇
現代文学
聖書

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

喫茶店『空中楼閣』へようこそ〖完結〗

華周夏
現代文学
『いらっしゃいませ、喫茶《空中楼閣》へ。此処はお客様のお望みを叶える喫茶店。もう一度会いたかった方、見たかったもの、欲しかった未来、あるべきだった現実、ハーブティを飲んでる間、夢を見られます。では、会計の際《誓約書》を。此処にきたことは内密に。お客様に空想的な出来事がおこるかもしれません。ですが此処は《空中楼閣》多めに見てくださいませ』

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

割れないしゃぼん玉

泣村健汰
現代文学
大学生の伸五は、6月のたまの晴れ間に、久々に家族水入らずで旅行に出かける事になった。 年の離れた兄と姉、そして父親と4人で、一路鬼怒川を目指す。 年を重ねすっかり丸くなった父親を中心に、過去を思い出しながら旅は続いていく。 この旅の本当の目的とは? 旅の果てに見つかる、家族のあり方とは? 愛しさと暖かさを詰め込んだ、心がじんわりと温かくなる、ホームロードストーリー。

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

曾祖母の秘密

ハリマオ65
現代文学
*祖先のお宝と突然の不幸、子供、親戚、友人への援助は、身を助けるものだ!! 1995年8月13日の早朝に電話が鳴り金井次郎と奥さんの交通事故で死亡を知る。幸い長女・秀子と長男・秀二は軽傷で済んだ。残された秀子、秀二の兄弟をどうするか親族会議を開き祖父の金井一郎の家に住んだ。その後、両親を亡くした金井秀子、秀二など若手も進路を決め家を後にした。金井義朗と一郎は仕事と投資で資産ふやしていくが。その後、巻き込まれ・・・。  是非、本編をご覧下さい、宜しくお願いします。この作品はカクヨク、星空文庫、ツギクル、小説家になろうに重複掲載。

処理中です...