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第5話 九年の時を経て
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「はぁー……、予想以上にスケールの大きい話だったな……」
全身の力が何かに吸い取られていくように、吐き出す言葉とともに身体の外へと抜けていく。
会見を見終えると、成人は圧倒されるが如く、放心状態に陥っていた。
静寂が訪れた部屋の中で、胸の鼓動だけがうるさい程に響き渡る。
――これが俺らの「新しい現実」になる日がくる。中瀬大吉が創り出す、理想を詰め込んだ現実が……。
会見終了を伝えるモニターの表示は確かに脳へと届いているにもかかわらず、成人の余韻が冷めることはなかった。
まるで部屋と会場が一体にでもなったかのように、脳裏に焼き付いた中瀬の姿が目の前に映し出される。
成人の脳内で、中瀬は成人に向かって笑顔で手を挙げていた。
「本当ね……」
隣から聞こえる弱々しい声の方へと視線を送ると、響がモニターを見つめたまま目を点にしていた。
成人と同じく、次の言葉が出てこないといった様子だった。
「い……、一応、応募してみます?」
固まった空気を和らげようと、大袈裟なまでに冗談めいた口調で、成人は響に問いかける。
「そう……ね、一応ね」
響は口元だけで笑みを作ると、成人を見つめてそう言った。
――中瀬は夢と現実の狭間までを創ってしまったのだろうか。
そう思える程に、響の心と身体は美しく分離したようだった。
それから幾ばくかの沈黙を過ごした後、「ちょっとトイレ」と成人は席を立ち、このタイミングで隠しておいた指輪を取りに行く。
会見前に何度も再生を繰り返したプロポーズとは状況が大きくかけ離れてしまった。
どうやら成人には、新しい空気すらも創り出すことは出来そうになかった。
部屋に戻ると「一気に現実に引き戻して悪いけど……」と切り出し、成人は響に指輪を差し出し、プロポーズをした。
「え……、あ、うん? よろしくお願いします」
想像よりも歯切れの悪い返事に少し焦りが生じたものの、心の籠った響の笑顔が成人の心を温めるまで、長い時間を要すことはなかった。
そして、この日の夜は二人にとっても、惑星住民にとっても、記憶に残る一日となったのだった――。
――三度目の会見から九年の時を経て、新惑星は誕生した。
当初の予定よりも遅くなったものの、九年振りの表舞台に「有言実行」と書かれたタオルを手に現れた中瀬大吉を見たこの惑星の住民は沸きに沸いた。
惑星全体が熱狂の渦に包まれたことは、火を見るよりも明らかだった。
「皆さん、大変長らくお待たせいたしました」
いくら中瀬といえど、新たな惑星を創り出すことは簡単ではなかったのだろう。
中瀬の顔には皺が増え、白髪も増えている。
しかし、マイクを手に話す、九年の時を重ねた中瀬の表情は、九年前と比べても明るかった。
「予定より創造に時間が掛かってしまいましたが、先日、私も実際に十日程滞在し――」
そこまで言ってから中瀬はあの時と同じように、わざと焦らすような、いたずらな視線をカメラに向かって送る。
九年経った今でも、あの頃の子ども心は変わっていない。
中瀬が口を閉ざしたことで、会場のフラッシュが一時的に鳴り止む。
その状況に満足げな表情を浮かべると、顔全体で笑顔を作り、中瀬は言った。
「納得のいく結果となりましたことをご報告いたします。皆さんの理想を詰め込んだ惑星を無事、完成させることが出来ました」
中瀬は大きく右手を上げる。
それと同時に、会場は歓喜と熱狂、そして無数のフラッシュに包まれた。
「すごい……、本当に完成したんだ」
「なにー? 何が完成したの?」
この九年で成人は既に、新しい理想の現実を手にしていた。
響とは結婚し、さらに愛美と海生も産まれ、家族四人での生活を送っている。
まさに今が人生の絶頂期ではないかと思えるタイミングで、新しい惑星が完成したのだった。
「完成したのはね、愛美たちが住むこの惑星とは別の、『新しい惑星』だよ。愛美が産まれる前から、偉い人が準備していたんだ」
「ふーん、よくわかんない」
愛美は人形を抱え、モニターを見ることもなくそう言うと、「喉が渇いたー」と冷蔵庫へと向かって行く。
成人がその背中を目で追っていると、「まだ三歳だもの。そんな説明じゃわからないわよ」と響が成人の隣に腰を下ろした。
「それもそうだよな」と成人が肩を落とすと、響は「それより会見は? 始まった?」と成人のモニターを覗き込む。
モニターの中では、中瀬が新しい惑星についての説明をしていた。
「大枠は以前――といっても九年前ですが、一点を除いて、その際にお伝えした通りの惑星を実現しました。そして変更した一点というのは、創造した惑星への引っ越しが出来る人数となります。以前の発表時より、少しだけ削減させていただく運びとなりました」
会話が少し途切れるだけで、シャッターを切る音は倍増する。
一体どれだけのカメラが向けられているのだろう、と今更ながらに成人は思った。
「理由としては、単純に前例がない試みであるからということにつきます。実際、理論上はこの惑星の約三割近い人数でも新しい惑星での生活は問題ないという結論が出ています。しかし、これはあくまで試算上のお話しで、皆さんの安全を最大限に考慮した判断だとご理解いただき、今後の宿題とさせてください」
中瀬は軽く頭を下げたが、おそらく今のこの惑星で、中瀬を責める人間などいないだろう。
それ程までに、中瀬の頭脳は一般人とは比べられないところにあった。
その後も中瀬の口から簡単な報告が伝えられ、それに伴う質疑応答が実施されていく。
前回の記者会見から九年も経っているということで、多くの質問は過去に発表された項目のおさらいのような内容だった。
前回、モニター越しに見る視聴者ですら疲れてしまう量の質問を回答していたこともあり、今回は特に目新しい質問がされることもないまま、この会見の一大イベントへと進んでいく。
「その他、質問はよろしいですか……ね? はい、では質疑応答はここまでとさせていただき、これより『新惑星抽選発表会』を実施したいと思います。皆さま、申し込みいただいたスマートフォンやパソコンの画面をご覧ください」
中瀬の言葉を合図に、成人と響はもちろん、会場にいる記者たちも、自身のデバイスを手に取った。
その間に、ステージ上には大きなくす玉が設置された。
「新しい惑星に行ける人数も減ったって言ってたし、やっぱり難しいかな?」
「そうね……。でも、こういうのは記念だから。楽しんだ思い出が残れば、それで良いんじゃないの?」
「二回続けて、響の言う通りだ」と成人は笑い、二人はそれぞれのスマートフォンに視線を落とした。
「それではこれより、抽選を開始いたします。私からの合図の後、当選した方には応募いただいたデバイスへ当選メッセージが届くようになっています」
応募数は公表されていないが、おそらく多くの人が応募したことだろう。
その数を把握しているであろう中瀬だけが一際明るく、活き活きとした表情で辺りを確認していた。
「準備は良いですか? いきますよー……、三、二、一――」
カウントダウンがゼロになると同時に、中瀬は勢いよく手を叩く。
そして、その手を大きく開き、掲げるように上へと挙げると、中瀬の頭上にあったくす玉が割れ、中から大量の紙吹雪と「おめでとうございます!」と書かれた垂れ幕が飛び出したのだった。
抽選発表の瞬間、成人の手は震えていた。
スマートフォンを握る手は、記憶にない程に汗を搔いている。
「あーあ、やっぱり駄目だった」
「ダメ? ママ、ダメだったの?」
「ママ。ダメ?」
響と愛美、海生の声がする。
しかし、成人がその輪に入ることはなかった。
「成人、どうだった? 良い思い出に――」
響が全てを言い終わる前に、成人は無言のまま、スマートフォンに映し出された画面を響へと向ける。
「――……!」
響は愛美の「どうしたの?」という声に反応することもなく目を見開き、手で口を塞いでいた。
全身の力が何かに吸い取られていくように、吐き出す言葉とともに身体の外へと抜けていく。
会見を見終えると、成人は圧倒されるが如く、放心状態に陥っていた。
静寂が訪れた部屋の中で、胸の鼓動だけがうるさい程に響き渡る。
――これが俺らの「新しい現実」になる日がくる。中瀬大吉が創り出す、理想を詰め込んだ現実が……。
会見終了を伝えるモニターの表示は確かに脳へと届いているにもかかわらず、成人の余韻が冷めることはなかった。
まるで部屋と会場が一体にでもなったかのように、脳裏に焼き付いた中瀬の姿が目の前に映し出される。
成人の脳内で、中瀬は成人に向かって笑顔で手を挙げていた。
「本当ね……」
隣から聞こえる弱々しい声の方へと視線を送ると、響がモニターを見つめたまま目を点にしていた。
成人と同じく、次の言葉が出てこないといった様子だった。
「い……、一応、応募してみます?」
固まった空気を和らげようと、大袈裟なまでに冗談めいた口調で、成人は響に問いかける。
「そう……ね、一応ね」
響は口元だけで笑みを作ると、成人を見つめてそう言った。
――中瀬は夢と現実の狭間までを創ってしまったのだろうか。
そう思える程に、響の心と身体は美しく分離したようだった。
それから幾ばくかの沈黙を過ごした後、「ちょっとトイレ」と成人は席を立ち、このタイミングで隠しておいた指輪を取りに行く。
会見前に何度も再生を繰り返したプロポーズとは状況が大きくかけ離れてしまった。
どうやら成人には、新しい空気すらも創り出すことは出来そうになかった。
部屋に戻ると「一気に現実に引き戻して悪いけど……」と切り出し、成人は響に指輪を差し出し、プロポーズをした。
「え……、あ、うん? よろしくお願いします」
想像よりも歯切れの悪い返事に少し焦りが生じたものの、心の籠った響の笑顔が成人の心を温めるまで、長い時間を要すことはなかった。
そして、この日の夜は二人にとっても、惑星住民にとっても、記憶に残る一日となったのだった――。
――三度目の会見から九年の時を経て、新惑星は誕生した。
当初の予定よりも遅くなったものの、九年振りの表舞台に「有言実行」と書かれたタオルを手に現れた中瀬大吉を見たこの惑星の住民は沸きに沸いた。
惑星全体が熱狂の渦に包まれたことは、火を見るよりも明らかだった。
「皆さん、大変長らくお待たせいたしました」
いくら中瀬といえど、新たな惑星を創り出すことは簡単ではなかったのだろう。
中瀬の顔には皺が増え、白髪も増えている。
しかし、マイクを手に話す、九年の時を重ねた中瀬の表情は、九年前と比べても明るかった。
「予定より創造に時間が掛かってしまいましたが、先日、私も実際に十日程滞在し――」
そこまで言ってから中瀬はあの時と同じように、わざと焦らすような、いたずらな視線をカメラに向かって送る。
九年経った今でも、あの頃の子ども心は変わっていない。
中瀬が口を閉ざしたことで、会場のフラッシュが一時的に鳴り止む。
その状況に満足げな表情を浮かべると、顔全体で笑顔を作り、中瀬は言った。
「納得のいく結果となりましたことをご報告いたします。皆さんの理想を詰め込んだ惑星を無事、完成させることが出来ました」
中瀬は大きく右手を上げる。
それと同時に、会場は歓喜と熱狂、そして無数のフラッシュに包まれた。
「すごい……、本当に完成したんだ」
「なにー? 何が完成したの?」
この九年で成人は既に、新しい理想の現実を手にしていた。
響とは結婚し、さらに愛美と海生も産まれ、家族四人での生活を送っている。
まさに今が人生の絶頂期ではないかと思えるタイミングで、新しい惑星が完成したのだった。
「完成したのはね、愛美たちが住むこの惑星とは別の、『新しい惑星』だよ。愛美が産まれる前から、偉い人が準備していたんだ」
「ふーん、よくわかんない」
愛美は人形を抱え、モニターを見ることもなくそう言うと、「喉が渇いたー」と冷蔵庫へと向かって行く。
成人がその背中を目で追っていると、「まだ三歳だもの。そんな説明じゃわからないわよ」と響が成人の隣に腰を下ろした。
「それもそうだよな」と成人が肩を落とすと、響は「それより会見は? 始まった?」と成人のモニターを覗き込む。
モニターの中では、中瀬が新しい惑星についての説明をしていた。
「大枠は以前――といっても九年前ですが、一点を除いて、その際にお伝えした通りの惑星を実現しました。そして変更した一点というのは、創造した惑星への引っ越しが出来る人数となります。以前の発表時より、少しだけ削減させていただく運びとなりました」
会話が少し途切れるだけで、シャッターを切る音は倍増する。
一体どれだけのカメラが向けられているのだろう、と今更ながらに成人は思った。
「理由としては、単純に前例がない試みであるからということにつきます。実際、理論上はこの惑星の約三割近い人数でも新しい惑星での生活は問題ないという結論が出ています。しかし、これはあくまで試算上のお話しで、皆さんの安全を最大限に考慮した判断だとご理解いただき、今後の宿題とさせてください」
中瀬は軽く頭を下げたが、おそらく今のこの惑星で、中瀬を責める人間などいないだろう。
それ程までに、中瀬の頭脳は一般人とは比べられないところにあった。
その後も中瀬の口から簡単な報告が伝えられ、それに伴う質疑応答が実施されていく。
前回の記者会見から九年も経っているということで、多くの質問は過去に発表された項目のおさらいのような内容だった。
前回、モニター越しに見る視聴者ですら疲れてしまう量の質問を回答していたこともあり、今回は特に目新しい質問がされることもないまま、この会見の一大イベントへと進んでいく。
「その他、質問はよろしいですか……ね? はい、では質疑応答はここまでとさせていただき、これより『新惑星抽選発表会』を実施したいと思います。皆さま、申し込みいただいたスマートフォンやパソコンの画面をご覧ください」
中瀬の言葉を合図に、成人と響はもちろん、会場にいる記者たちも、自身のデバイスを手に取った。
その間に、ステージ上には大きなくす玉が設置された。
「新しい惑星に行ける人数も減ったって言ってたし、やっぱり難しいかな?」
「そうね……。でも、こういうのは記念だから。楽しんだ思い出が残れば、それで良いんじゃないの?」
「二回続けて、響の言う通りだ」と成人は笑い、二人はそれぞれのスマートフォンに視線を落とした。
「それではこれより、抽選を開始いたします。私からの合図の後、当選した方には応募いただいたデバイスへ当選メッセージが届くようになっています」
応募数は公表されていないが、おそらく多くの人が応募したことだろう。
その数を把握しているであろう中瀬だけが一際明るく、活き活きとした表情で辺りを確認していた。
「準備は良いですか? いきますよー……、三、二、一――」
カウントダウンがゼロになると同時に、中瀬は勢いよく手を叩く。
そして、その手を大きく開き、掲げるように上へと挙げると、中瀬の頭上にあったくす玉が割れ、中から大量の紙吹雪と「おめでとうございます!」と書かれた垂れ幕が飛び出したのだった。
抽選発表の瞬間、成人の手は震えていた。
スマートフォンを握る手は、記憶にない程に汗を搔いている。
「あーあ、やっぱり駄目だった」
「ダメ? ママ、ダメだったの?」
「ママ。ダメ?」
響と愛美、海生の声がする。
しかし、成人がその輪に入ることはなかった。
「成人、どうだった? 良い思い出に――」
響が全てを言い終わる前に、成人は無言のまま、スマートフォンに映し出された画面を響へと向ける。
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