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本当の寿命
人類の進化
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居ても立っても居られない状況だったが、どの程度の被害が出るかもわかっていないこの状況で、迂闊に外に出ることは出来ない。
洸太郎は「やはりあの時点で全世界に向かって発信すべきだったのではないか」と思っては高木の言葉を思い返し、「まだ確証は何もないんだ」と自分を落ち着かせていた。
徐々に明るさを増していった光は一定の強さに達すると、雲の動きに伴ってまた少しずつ力を失い、消えていく。
体感は物凄く長かったが、時間にしておよそ三十分、日差しはこの世界へと降り注いだ。
その間、洸太郎は日差しの差し込む方向を見ながら、新着のニュースが出るかもしれないと、スマートフォンの画面も合わせて見ていた。
日差しが完全に消滅するとリビングに移動し、様々なチャンネルに切替えながら、日差しについてのニュースが報道されていないかを確認する。
すると、一つのチャンネルが「彩られた世界」をカメラに収めながら報道をしていた。
以前の異常気象の際に外で中継していた若手スタッフが、またしても外で取材をしていたらしい。
『――先程より、あの雲の隙間から日差しが指し込んでまいりました。見たこともない強い光です。我々の世界に、一層の色味を加えております。これが神木様からの最後の贈り物なのでしょうか。早速、光の指す方へ向かってみたいと思います』
そう言って、若手スタッフは駆け足気味に光の元へと駆け寄っていく。
『あと少しであの光に手が届くところまで来ましたが、この距離で既に暑さ、強い熱を感じます。肌全体がヒリヒリとしております』
当然ながら、この時点で報道スタッフ一向を制止するものなどはいない。
むしろ、画面には大きく赤文字で『独占 衝撃映像』と表示され、視聴者の期待を煽っている。
『いよいよ、光の目の前に迫ってまいりました。肌を露出している部分だけでなく、身体中の熱が上がっているような感覚です……。さて、お待たせしました。それでは実際に、この光に手を伸ばしてみたいと思います』
若手スタッフはマイクを左手に持ち替え、右手を光へと伸ばす。
カメラは動きに合わせるようにゆっくりと近づき、次第に右腕だけが大きく映し出されていく。
そして、日差しが右手の指を直撃した瞬間――
『あ〝! 熱い、熱い! 痛い!』
若手スタッフは取材であることを忘れ、一瞬で素に戻ったかのように大声で叫び、右手を引っ込めた。
「痛い! あぁ! 痛い!」と、右手を膝と膝の間に挟みながら、左手でさすり続けている。
患部と思われる部分はモザイクが掛かっていたが、あの痛がりようからして、酷い損傷を負っていたようだった。
とても演技とは思えないその様子を見ていた周りのスタッフも、只事ではないことを察し、慌てて機材などをその場に置き若手スタッフの元に駆け寄っていく。
その後、日差しを避けながら介抱するスタッフの後ろ姿と、痛々しい叫び声だけがカメラに収められていた。
画面はスタジオへと戻り、メインキャスターの男性がこの状況についてコメンテーターに意見を求めていたが、画面越しの洸太郎の耳には何一つ、届くことはなかった。
僅か三十分にも満たないあの時間の中で、早くも被害者が出てしまった。
それも、あの反応を見る限りでは高木の予想通り、いや、予想をはるかに上回る速度で人類は進化してしまっていることを、洸太郎は目の当たりにしたのだった。
このことが世界中に広まるまで、然程、時間は掛からなかった――。
あの映像がテレビで報道されてから、あっという間に様々なソーシャルメディアに拡散され、ネットは荒れに荒れていた。
『あの映像は本物? 演技?』『俺も手の届く距離だったけど、触らないで良かった……』『いや、怖すぎ』『どうせ偽物だろ』『また若手に身体を張らせてる。危ないかもしれないなら、まず自分でやれよ』『「陽の日」は外に出られないってこと?』『神木様の呪いかも……』
たった数分にも満たない映像は多くの憶測を生んでいたが、これだけでは信憑性に欠けることもあり、映像自体を信じる人は多くはない。
それでも、人々の心に「不安の種」を撒いたことは間違いがなかった。
騒がしさを増していくネットの反応とは対照的に、五人のグループトークは静かに進んでいく。
古書の内容を知っているからといって、今出来ることは何もないのが現状だったからだ。
ただ、今回日差しが突然差し込んだことと神木様の葉が散ったことは、少なからず関係しているのではないか――という話になった。
そう考えると、葉が散る度に何かしらの被害が出る可能性が高い。
一方で、危険を予知することが出来るともいえるので、これは虫の知らせのような、神木様からのメッセージであってほしいと、洸太郎は願っていた。
高木から『葉の枚数を確認する頻度を増やす』とメッセージが入った直後、洸太郎の家のインターフォンが鳴った。
そして、それから数十秒と経たないうちに、洸太郎は麻里に呼ばれた。
「洸太郎、お客さん。なんか、テレビ局の方みたいよ。本当に……何も知らないのよね?」
麻里は不安そうな表情で、洸太郎を見つめていた。
「大丈夫だよ。本当に何もないから」
麻里に見せつけるように、洸太郎は出来る限り自然体の笑顔を作って言った。
心配する表情を崩すまでは行かなかったが、少し和らいだ表情で「お店で待っていてもらっているから」と言って、麻里は先にリビングへと戻って行く。
「テレビ局……、一体、誰だろう……」
そう思いながら、洸太郎は『カフェ忠』へと急ぐ。
店に繋がる扉を開けると、窓際の席には見覚えのある一人の男性が座っていた。
洸太郎に気が付き、男性は立ち上がる。
「あなたは――……」
「やぁ。昨日はどうも、洸太郎くん。突然すまないね」
不気味な笑顔を向けるその男性は、昨日の晩、水源寺で会った報道陣の男だった。
「森本です」
そう言って名刺を洸太郎に手渡すと、ドサッと全身の力を抜くように、また席に座った。
名刺には『森本明孝』という森本の名前と、会社の住所、電話番号が記載されている。
「どうして僕の家がわかったんですか?」
「この仕事をしているとね、探索とか張り込みとか? ま、その辺の色々が出来るようになってくんのよ」
森本は平然とした顔で言うと、ライターを口に加えた煙草に近づけていく。
やつれたように頬がこけた顔、蓄えられた無精髭、首回りの大きく開いたよれよれのTシャツ。
正直、これだけであまり良い印象を持たなかったが、昨日は束ねていてわからなかった、伸ばしっぱなしで肩まで届きそうな髪も相まって、洸太郎の抱く印象は更に悪くなっていた。
そんな森本を見ていると、それに気が付いた森本が上目遣いをしながら「ここって禁煙?」とライターの火を一旦消した。
「ここは喫煙席なので大丈夫です」と洸太郎が言うと、「そ」とだけ返事をして、森本は煙草に視線を戻し、火をつけた。
「突っ立ってないで、座りなよ」
煙草の煙を吐き出すと、自分の正面の席に座るよう洸太郎に促す。
洸太郎は森本から目を離さぬまま、指定された席に腰を下ろした。
「ま、うだうだ回りくどく説明しても仕方がない。単刀直入に聞こう」
森本はフィルター越しに酸素を取り入れ、そのまま大きく吐き出していく。
「お前、何を知ってる?」
森本の凍り付くように冷たく、鋭い眼差しが、洸太郎に突き刺さった。
洸太郎は「やはりあの時点で全世界に向かって発信すべきだったのではないか」と思っては高木の言葉を思い返し、「まだ確証は何もないんだ」と自分を落ち着かせていた。
徐々に明るさを増していった光は一定の強さに達すると、雲の動きに伴ってまた少しずつ力を失い、消えていく。
体感は物凄く長かったが、時間にしておよそ三十分、日差しはこの世界へと降り注いだ。
その間、洸太郎は日差しの差し込む方向を見ながら、新着のニュースが出るかもしれないと、スマートフォンの画面も合わせて見ていた。
日差しが完全に消滅するとリビングに移動し、様々なチャンネルに切替えながら、日差しについてのニュースが報道されていないかを確認する。
すると、一つのチャンネルが「彩られた世界」をカメラに収めながら報道をしていた。
以前の異常気象の際に外で中継していた若手スタッフが、またしても外で取材をしていたらしい。
『――先程より、あの雲の隙間から日差しが指し込んでまいりました。見たこともない強い光です。我々の世界に、一層の色味を加えております。これが神木様からの最後の贈り物なのでしょうか。早速、光の指す方へ向かってみたいと思います』
そう言って、若手スタッフは駆け足気味に光の元へと駆け寄っていく。
『あと少しであの光に手が届くところまで来ましたが、この距離で既に暑さ、強い熱を感じます。肌全体がヒリヒリとしております』
当然ながら、この時点で報道スタッフ一向を制止するものなどはいない。
むしろ、画面には大きく赤文字で『独占 衝撃映像』と表示され、視聴者の期待を煽っている。
『いよいよ、光の目の前に迫ってまいりました。肌を露出している部分だけでなく、身体中の熱が上がっているような感覚です……。さて、お待たせしました。それでは実際に、この光に手を伸ばしてみたいと思います』
若手スタッフはマイクを左手に持ち替え、右手を光へと伸ばす。
カメラは動きに合わせるようにゆっくりと近づき、次第に右腕だけが大きく映し出されていく。
そして、日差しが右手の指を直撃した瞬間――
『あ〝! 熱い、熱い! 痛い!』
若手スタッフは取材であることを忘れ、一瞬で素に戻ったかのように大声で叫び、右手を引っ込めた。
「痛い! あぁ! 痛い!」と、右手を膝と膝の間に挟みながら、左手でさすり続けている。
患部と思われる部分はモザイクが掛かっていたが、あの痛がりようからして、酷い損傷を負っていたようだった。
とても演技とは思えないその様子を見ていた周りのスタッフも、只事ではないことを察し、慌てて機材などをその場に置き若手スタッフの元に駆け寄っていく。
その後、日差しを避けながら介抱するスタッフの後ろ姿と、痛々しい叫び声だけがカメラに収められていた。
画面はスタジオへと戻り、メインキャスターの男性がこの状況についてコメンテーターに意見を求めていたが、画面越しの洸太郎の耳には何一つ、届くことはなかった。
僅か三十分にも満たないあの時間の中で、早くも被害者が出てしまった。
それも、あの反応を見る限りでは高木の予想通り、いや、予想をはるかに上回る速度で人類は進化してしまっていることを、洸太郎は目の当たりにしたのだった。
このことが世界中に広まるまで、然程、時間は掛からなかった――。
あの映像がテレビで報道されてから、あっという間に様々なソーシャルメディアに拡散され、ネットは荒れに荒れていた。
『あの映像は本物? 演技?』『俺も手の届く距離だったけど、触らないで良かった……』『いや、怖すぎ』『どうせ偽物だろ』『また若手に身体を張らせてる。危ないかもしれないなら、まず自分でやれよ』『「陽の日」は外に出られないってこと?』『神木様の呪いかも……』
たった数分にも満たない映像は多くの憶測を生んでいたが、これだけでは信憑性に欠けることもあり、映像自体を信じる人は多くはない。
それでも、人々の心に「不安の種」を撒いたことは間違いがなかった。
騒がしさを増していくネットの反応とは対照的に、五人のグループトークは静かに進んでいく。
古書の内容を知っているからといって、今出来ることは何もないのが現状だったからだ。
ただ、今回日差しが突然差し込んだことと神木様の葉が散ったことは、少なからず関係しているのではないか――という話になった。
そう考えると、葉が散る度に何かしらの被害が出る可能性が高い。
一方で、危険を予知することが出来るともいえるので、これは虫の知らせのような、神木様からのメッセージであってほしいと、洸太郎は願っていた。
高木から『葉の枚数を確認する頻度を増やす』とメッセージが入った直後、洸太郎の家のインターフォンが鳴った。
そして、それから数十秒と経たないうちに、洸太郎は麻里に呼ばれた。
「洸太郎、お客さん。なんか、テレビ局の方みたいよ。本当に……何も知らないのよね?」
麻里は不安そうな表情で、洸太郎を見つめていた。
「大丈夫だよ。本当に何もないから」
麻里に見せつけるように、洸太郎は出来る限り自然体の笑顔を作って言った。
心配する表情を崩すまでは行かなかったが、少し和らいだ表情で「お店で待っていてもらっているから」と言って、麻里は先にリビングへと戻って行く。
「テレビ局……、一体、誰だろう……」
そう思いながら、洸太郎は『カフェ忠』へと急ぐ。
店に繋がる扉を開けると、窓際の席には見覚えのある一人の男性が座っていた。
洸太郎に気が付き、男性は立ち上がる。
「あなたは――……」
「やぁ。昨日はどうも、洸太郎くん。突然すまないね」
不気味な笑顔を向けるその男性は、昨日の晩、水源寺で会った報道陣の男だった。
「森本です」
そう言って名刺を洸太郎に手渡すと、ドサッと全身の力を抜くように、また席に座った。
名刺には『森本明孝』という森本の名前と、会社の住所、電話番号が記載されている。
「どうして僕の家がわかったんですか?」
「この仕事をしているとね、探索とか張り込みとか? ま、その辺の色々が出来るようになってくんのよ」
森本は平然とした顔で言うと、ライターを口に加えた煙草に近づけていく。
やつれたように頬がこけた顔、蓄えられた無精髭、首回りの大きく開いたよれよれのTシャツ。
正直、これだけであまり良い印象を持たなかったが、昨日は束ねていてわからなかった、伸ばしっぱなしで肩まで届きそうな髪も相まって、洸太郎の抱く印象は更に悪くなっていた。
そんな森本を見ていると、それに気が付いた森本が上目遣いをしながら「ここって禁煙?」とライターの火を一旦消した。
「ここは喫煙席なので大丈夫です」と洸太郎が言うと、「そ」とだけ返事をして、森本は煙草に視線を戻し、火をつけた。
「突っ立ってないで、座りなよ」
煙草の煙を吐き出すと、自分の正面の席に座るよう洸太郎に促す。
洸太郎は森本から目を離さぬまま、指定された席に腰を下ろした。
「ま、うだうだ回りくどく説明しても仕方がない。単刀直入に聞こう」
森本はフィルター越しに酸素を取り入れ、そのまま大きく吐き出していく。
「お前、何を知ってる?」
森本の凍り付くように冷たく、鋭い眼差しが、洸太郎に突き刺さった。
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