上 下
24 / 53
四章

その24 梅崎神、降臨

しおりを挟む
 夏休みは遂に八月へと突入してしまった。

 七月の間は、「課題?しなくても余裕っしょwww」みたいな謎の余裕があるのだが、八月になった途端に急に焦りだしてしまう今日この頃。正直、高校の夏休みの課題を舐めていた。ベロベロ舐めすぎていた。放置に放置しまくった結果、一つたりとも手をつけていない課題に向き合うのも億劫だ。しかしやらねば、やらねば成績が危ない……!

 そんなことを考えながらも、俺は日ノ宮学園へと続く道程を歩いていた。

 どうせ俺一人では課題をやろうとはしない。ならば少しばかり騒がしかろうと、皆がいる文芸部室で課題に取り組んだ方が良いに決まっている。それにわからない箇所はすぐに質問できるから、一石二鳥である。

 俺は正門を潜り、下駄箱へと向かう。革靴から上履きへと履き替えてから、微妙に蒸し暑い校舎の廊下を進んでいった。窓から見えるグラウンドではサッカー部や野球部、それに陸上部なんかの掛け声が響いている。時刻は九時前。それでも太陽はさんさんと輝いていた。

 この暑さの中でも、汗を流しながら必死に取り組んでいる彼らの姿を見ると、なんだか元気を貰えたような気分だ。あんなにも運動部は頑張っているのだ。なら俺も課題程度で文句を言っている場合ではないな。

 部室棟へと続く渡り廊下を抜けて、階段を一段飛ばしで駆け上がる。三階に到着して、端っこの部室まで駆け足で向った。

 視界の先には古びた文芸部の看板。それを通り過ぎてスライド型の扉に手をかける。ガラガラと音を立てながら、扉は開かれた。

 「おはよーシュウ」
 「おはようございます。今日も今日とて辛気臭い顔をしていますね」

 部室には既に二人の姿があった。

 ナツキとフユカがそれぞれ挨拶をしてくる。二人は長机にパイプ椅子を持ち寄って、向かい合うようにして座っている。俺はその挨拶に軽く手を上げて応えた。

 「おはよう。辛気臭いは余計だが」

 そして文芸部室を軽く見回した。その後、ナツキに尋ねる。

 「アメとハルは、まだ来てないのか?」
 「うーんどうだろー。最近二人共忙しいみたいだし、今日はもう来ないかもねー」
 「そうか」

 特に気にもせず、この話はこれで終わりとなった。

 前にも言ったとは思うのだが、元々文芸部の活動は強制ではない。俺も毎日登校してきているわけではないし、誰かが部室に来ていないなんてことは今までにもしょっちゅうあった。だから、部活動に参加していないからと言って連絡したりはしないのだ。

 夏休みも既に中盤に差し掛かっている。もしかしたら二人共、友人達と遊びに行っているのかも知れない。夏休みを友達で楽しみたいと思うのはお互い様だ。文芸部より、そちらを優先してもらっても全然構わない。まぁ俺と同じく課題が終わってなくて、そちらにかかりっきりの可能性も有りはするが、アメに限ってはそれはないだろう。ハルについてはノーコメント。

 しかしそれでも、最近はアメやハルと顔を合わせることが少なくなったなぁと思った。その分、ナツキやフユカと顔を合わせているわけなのだが。

 俺もパイプ椅子を持ってきて、フユカの隣に腰掛ける。二人の間には課題が広げられており、どうやら俺と同じ様な状況であることが伺えた。

 「フユカはともかく、ナツキも課題が終わっていないってのは意外だな」
 「んー?そうかなー。ただ計画通りにやってるだけだよー。夏休みは毎日、それで少しずつ課題をやっていってるんだよー」
 「それは…流石というかなんというか」
 「シュウ。先程の私はともかくとは一体どういう意味なんですか」

 ナツキの言葉に俺は苦笑した。見た目はほんわかしてるのに、意外ときっちりしているところがナツキらしいなと思った。フユカの言葉は聞き流す。だってお前、やろうやろうと言って結局やらないヤツだからなぁ……。

 それから俺も課題を広げて、三人で机と向き合った。静かな環境で真面目に取り組むのではなく、軽く喋ったりもしながら手元の課題を片付けていく。一人でやったほうが確実に進む速度は早いのだろうが、やる気は保たないだろう。こちらの方が、やる気が持続するような感じがする。

 三十分程、課題に取り組んでいたら部室の扉が音を立てて開かれた。

 「ごめん、結構遅くなっちゃったかな?」
 「いいよいいよー。気にしないでー」

 アメが額に汗を浮かべながら、部室へと入ってきた。男子の中でも長身で、運動部にも負けない筋肉量。汗をかいていても爽やか感は衰えるどころか、むしろ高まったようにも感じる。

 そんなアメとの久しぶりの再会なのだが、挨拶を述べるより先に気になったことを指摘しておく。

 「なぁアメ。お前が脇に抱えているダンボールは一体何なんだ?」
 「ふふふ、シュウ。これを見て是非とも驚いてくれ!」

 アメの脇に抱えられていたのは、縦に一メートル弱くらいの長さがある大きなダンボール箱だった。アメはそれをドスンと床に置く。そして珍しく大きな声で、テンション高めにアメはダンボールを開封した。すると中からでてきたのは━━━━

 「こっこれは………!」

 光輝く純白の色!円形の土台からスラリと上に伸びる美しいフォルム!網の隙間から見える三枚の透明な羽!

 「扇風機!扇風機じゃありませんか!」

 ふわー!っとフユカが興奮した声をあげる。ナツキも驚いているのか細い瞳をいっぱいに広げた後、すぐに嬉しそうな笑顔になった。おそらく俺も喜びの表情を浮かべていることだろう。

 アメがダンボールから取り出したものは、見まごうことなき扇風機だった。

 俺達の反応を見て、アメがニカッと白い歯を見せて笑った。

 「そろそろこれが無いと駄目だなって思ってさ。家から古いものを持ってきたんだよ。ちなみに使用許可は顧問の先生からもう貰っているから、今すぐにでも使えるよ」
 「お前は神だな」
 「これからアメを梅崎神として崇めますね」
 「ありがたやーありがたやー」

 家から持ってきたって………部室に入ってきた時みたいに脇に抱えてきたのかしらん。それはそうと、本気で今のアメは輝いて見える。めっちゃカッコいい。超イケメン。惚れちゃいそう。

 アメが部室に設置されているコンセントに、扇風機の電源コードを差し込む。その作業を固唾を呑んで見守る俺達三人。そしてアメは、円形の土台にある『強』のボタンを力強く押した。

 カチリという小気味よい音と共に、爽やかな風が文芸部室に巻き起こった。

 「おお……!」
 「これが、文明なのですね………!」
 「涼しーねー」
 「そこまで喜んでくれると、持ってきた甲斐があったね」

 扇風機の風が来る方向に、体育座りで並ぶ俺達。既に課題のことなど、頭の片隅にも存在していなかった。今はただ、この風を浴びていたいだけ………。


 「ちょっと皆助けてーー!私の自由研究……って扇風機がある!?」


 しばらくすると、ハルも部室にやってきた。

 本日は久方ぶりの文芸部全員集合の日となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いていく詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

処理中です...