上 下
8 / 53
一章

その8 池に眠る人魚 ★

しおりを挟む
 「もしかしてだけどさ、この池って七不思議に合わせて創られたんじゃないかなー」

 ナツキのその言葉に、俺達全員の時が一瞬止まる。しかし止まったのは一瞬だけですぐにまた動き出した。

 「それは……なくないか?」
 「ないと思いますけどねぇ」
 「ないと思うわよ」
 「ないんじゃないの?」
 「んーやっぱりその線はないかー」

 たははーと笑ってナツキが後頭部に手を当てる。ナツキのその考え、ないとは思うのだが……なぜだか妙に引っかかる感じがしているのも事実なのだ。小さな違和感。その正体に当然気がつくはずもなく、すぐに霧散してしまった。

 「それで、これからどうしようか」

 アメが俺達全員に尋ねる様に声を上げた。

 その声にいち早く反応したのはフユカ。彼女は水面に浮かぶ水草をすくったりしながら意見を述べた。

 「やはり、入るしかないでしょうね。池の中に」
 「やっぱりそうなるのね……」
 「でもさっきフユカが言ってたけど、制服のままじゃ流石に作業は出来ないよ」
 「それなら水に濡れても良い格好に着替えてきます」

 そう言ってフユカはトテトテと校舎の方に駆けていった。

◆◆◆

 「着替えてきました」

 数分後。体操服に着替えてきたフユカが俺達の目の前にいた。

 黒髪ボブカットであるフユカが体操服を着ると、なんとも活発な運動部少女に見えるから不思議だ。だが、実態は肌真っ白の完全インドア少女である。同級生であるハルやナツキと比べても小柄な体格は、体操服に着られているという印象が強い。学園指定の短パンは本来、膝上五センチ程の位置になるはずなのだが、フユカの場合は膝下まですっぽりと短パンに覆われている。

 そしてダボダボなのは上半身も同じ。半袖の汗を吸いやすい綿生地の体操服は割と小さくて、女子が着用した場合は身体のラインが浮きでてくるものなのだが……だが……

 「乏しい、な」
 「どこ見て言ってるんですか?殺しますよ」

 殺すぞとか言われてしまった。怖いよぅ(裏声)。

 フユカはフンと鼻を鳴らした後、俺をゴミクズを見るような目で一瞥して靴と靴下を脱ぐ。その光景に思わずドキッとしてしまった。なんか女子の靴下脱ぐ様子って不思議な気分になっちゃうよね!これも七不思議の一つにしても良いレベル。

 そしてフユカは素足のまま池に入って行った。その様子に少しばかり焦った様子のハル。

 「ちょっちょっちょっと!流石に素足は危ないじゃない!?せめて靴か何か……」
 「私としては靴がこのヌルヌル達に汚染される方が耐えられないのです」

 そう言って躊躇いなく両足を池に突っ込んだフユカを見て、俺とアメは視線を合わせて苦笑した。二人とも同時に立ち上がって、靴と靴下を脱ぎ、制服のズボンの裾を膝上まで折り曲げた。流石に女子だけにやらせるというのは、男子として恥ずかしすぎる。いざ、池の中に行かん。

 そっと爪先から水面につけてみると、予想に反して温かいことに驚いた。

 「おお、ぬるいな」
 「夏だから水温も上がってるんだろうね」
 「そのせいでさらに感触がキモいな」
 「すっごいまとわりついてるもんね」

 両足を池の底までつけると、水草やら藻やらの熱烈な歓迎をうけた。どうやら池の底は砂利を敷き詰めているみたいだが、その感触を上回る程の水草の量だ。ぬるま湯の中でヌルヌルまとわりつくこの感触に少し寒気を覚える。てか草生える。水草は既に生えてる。

 「……あーー!!もう!私も入るわよ!」
 「何一人でキレてるんだアイツ」
 「さぁ?カルシウムが足りなくてイライラしているんじゃないですか?」
 「お前よりは牛乳飲んでそうだけどな」
 「それはどこを見て言っているんですか?身長ですか?胸ですか?」
 「ここで喧嘩とかやめてくれよ。僕とシュウ制服なんだから」
 「じゃあシュウだけ突き倒せばいいんじゃないかなー」

 ナツキが悪魔のようなことを吐き出した。フユカが名案!とばかりに綺麗な指パッチンを鳴らした。

 「なるほど」
 「なるほどじゃないだろ」

 そこから俺とフユカの激しい攻防が始まった。虫取り網を槍の様に扱い、相手の太ももや脇腹辺りを集中的に攻撃する。しかし小柄なフユカにはこれがなかなか当たらない。会心を狙って突き出した網の部分が、フユカの網に弾かれた。

 その弾かれた俺の網は慣性に従い、手元を離れて飛んでいき、恐る恐る池に入ろうとしていたハルに直撃。ぐふっとハルから呻き声が聞こえた後、バランスを崩して頭から入水━━━━

 しそうな所でいつの間にか池に入っていた、ナツキに支えられて事無きを得た。

 そしてハルから美しい鳩尾ストレートを頂いた。フユカは軽めのチョップで済んでいた。解せぬ。

 そんなことがあったので、ちょくちょく会話はしつつも俺達は真面目に池の底を漁っていた。けれど、

 「何も見つからないねー」
 「ここまでして、成果無しは精神的に辛いわね……」

 いくら陽が沈むのは遅くなる夏とは言え、既に時刻は五時を回っており、そろそろ完全下校の時刻が近づいてきた。

 「今日はもうここまでにしようかー」

 部長であるナツキが、いつもの糸目で校舎に設置されている大きなアナログ時計を見やってそう告げた。部活動終了の時間には少しばかり早いが、フユカは体操服なので着替えの時間が必要だ。俺達はナツキの意見に反対することもなく、池からそれぞれ上がっていった。

 しかし、見ればフユカが一人池の中央で立ち止まったままだった。見えない底に目を凝らす様にして、水面を眺めていた。

 「どうしたのさフユカ。上がらないの?」
 「いえ、少し待って下さい。どうやらここに、何か埋まっているみたいです」
 「何かって……何がよ?」
 「わかりません。ただ、砂利とか水草でないのだけは確かです」

 フユカのその言葉に俺達は再び池の中に入って行った。

 「でもさっき虫取り網で探した時は何にもなかったよねー?」
 「おそらく水草で邪魔されていたのと、埋まっている物が地面から出ている面積がとても小さいことが原因でしょうね。素足だから気がつけた様なものです」

 とりあえず俺達も素足で、フユカが示したポイントに探りを入れてみる。端から見ると、五人の高校生が池に入って円陣組んで片足を前に出して何か探す様に動かしている。何かの黒魔術かしらん?しかしそんな考えは今の俺達に浮かぶはずもなく。

 「確かに、あるね」
 「プラスチックかなー」
 「肌触りは滑らかみたいね」
 「にしても、ビクともしないな。結構深くまで埋まってるぞ」

 全員が埋まっている何かを確認した後、フユカが皆を見回して宣言した。

 「掘り出しましょう」
 「今日、やるの?」
 「出来る所まで」

 ハルが本当か?という風に尋ねて、フユカはそれを力強く肯定。ハルは軽くため息をついて苦笑した。どうやら先に帰ったりせず、一緒に居てくれるらしい。

 フユカはただでさえ短い半袖の体操服をさらに肩の位置まで捲り上げた。さて、としゃがもうとしていたフユカに俺は待ったをかけた。

 「フユカ、ちょっと待ってくれ」
 「何ですかシュウ。今更明日にしようとか言われても、聴きませんからね」
 「それはわかってる。でも、掘り出すのは俺がする」
 「しかし…それではシュウの制服が汚れてしまうのでは?」

 そう言って、フユカは俺の制服と池に交互に視線を移す。底に埋まっている物を前傾姿勢で掘り起こすのはそれなりに難しい。片膝をついた姿勢やら四つん這いになる必要があるが、ここは水深五十センチはある池の中。埋まっている物を掘り起こすには、水浸しに加え、汚れまみれになる覚悟はしなくてはならない。

 自分はそんな時の為に着替えてきたのだと言わんばかりの視線を向けてくるフユカに、俺は軽く首を振った。

 「それでも、女の子を水浸しにさせるわけにはいかないだろ」
 「あっ……」
 「こういう汚れ仕事は男の仕事って決まってるんだよ」
 「で、でも制服は……」
 「どうせ夏服だ。ワイシャツの換えは沢山あるし、ズボンも洗濯すればすぐ乾く。気にすんな」

 それ以上、フユカは何も言わなかった。どんな表情をしているのかは、俯いていたのでわからなかった。やはり、フユカはこの仕事がやりたかったのか?無理矢理奪う様な形になってしまったことに軽く後悔していると、アメが苦笑しながら俺の肩を叩いてくる。

 「それじゃ僕の仕事でもあるってわけだ」
 「ああ、悪いアメ。手伝ってくれ」
 「わかったよ」

 言うが早いか、俺達は制服のまま片膝をついた。制服越しに感じる水草や水温。より強くなった肌にまとわりつく様な感覚に不快感を覚えながらも池の底に手を伸ばす。そうすると、完全に肩から下は水に浸かってしまっていた。顎を上向きにしていないと、顔も水面に当たってしまいそうだ。

 「タイムリミットは完全下校時刻までの残り五分。それまでに掘り起こせなかったら、また明日ねー」
 「おう」
 「わかった」

 ナツキが俺達のことを考えてタイムリミットを設定してくれた。そうでもしなきゃ俺達は、俺は掘り起こすまできっと池の中に入り続けていることだろう。

 二人で協力して、埋まっている何かを掘り起こす。周りの砂利を掻き分けて、水草をどけて、黙々と作業を続けた。そうして、

 「あ…、取れた」

 アメのその呟きに女子達も軽く前のめりになる。二人で協力し、掘り起こした何かは現在アメの手の中にある。それは濁った水中では、掘り起こしていた俺達にも見ること叶わず、どんな物体なのかすら分からない。

 ゆっくりと持ち上げられていくアメの手。

 そしてそれは遂に俺達の前に姿を表した。

 「これが……『池に眠る人魚』」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ウィークアウト

エスティー
ライト文芸
「…」 現代を舞台にしたバトルコメディ 完全不定期・見切り発車の私の小説ですが、よろしくお願いします。

スマッシュ

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
ライト文芸
桜坂高校に入学した優木和弥は、高校一年で夏のインターハイ予選である。高校総体に出ることになった。そこには強豪校から弱小校まで一同が集まる祭りである。誰もが頂点を目指し、そして、全国大会を夢見ている。これは少年少女たちのテニスに思いを乗せる物語である。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】あの日、君の本音に気付けなくて

ナカジマ
青春
藤木涼介と清水凛は、中学3年のバレンタインで両片思いから両想いになった。しかし高校生になってからは、何となく疎遠になってしまっていた。両想いになったからゴールだと勘違いしている涼介と、ちゃんと恋人同士になりたいと言い出せない凛。バスケ部が楽しいから良いんだと開き直った涼介と、自分は揶揄われたのではないかと疑い始める凛。お互いに好意があるにも関わらず、以前よりも複雑な両片思いに陥った2人。 とある理由から、女子の好意を理解出来なくなったバスケ部男子と、引っ込み思案で中々気持ちを伝えられない吹奏楽部女子。普通の男女が繰り広げる、部活に勉強、修学旅行。不器用な2人の青春やり直しストーリー。

あと少しで届くのに……好き

アキノナツ
ライト文芸
【1話完結の読み切り短編集】 極々短い(千字に満たない)シチュエーション集のような短編集です。 恋愛未満(?)のドキドキ、甘酸っぱい、モジモジを色々詰め合わせてみました。 ガールでもボーイでもはたまた人外(?)、もふもふなど色々と取れる曖昧な恋愛シチュエーション。。。 雰囲気をお楽しみ下さい。 1話完結。更新は不定期。登録しておくと安心ですよ(๑╹ω╹๑ ) 注意》各話独立なので、固定カップルのお話ではありませんm(_ _)m

処理中です...