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終章

その51 幸せというもの ★

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 「フユカが、好きなんだ」


 その言葉を口にすることに、緊張はあったけれど迷いはなかった。
 ただ自分の気持ちを飾ることなく、ストレートに彼女へと━━━━フユカへと伝えたのだった。

 告白の言葉を告げた時、なぜだか清々しいような気持ちになった。正直に想いを告げられたことに、俺は少し満足していたのだろう。

 たとえフユカからの反応が芳しくないものであれ、俺は後悔することだけはない。俺がやりたくてやったことだ。
 そこに嬉しさや達成感はあっても、悔やむ気持ちだけは今後も抱くことはないだろう。

 彼女と巡り合って好きになれたというこの幸運に、俺はひたすら感謝する。

 「あ……え、……はぇ?」

 目の前のフユカは驚いた表情のまま、口をパクパクと動かしていた。しかし口から出る音は言葉にはならず、戸惑っているのがよくわかる。
 そんなフユカの様子を見て俺は、無理もないと苦笑を浮かべた。

 できるだけ落ち着いた口調でフユカに話しかける。

 「信じられないかもしれないし、いつもの軽口だと思われるかもしれないけどさ。この告白は、本物だ。俺がフユカを好きなんだって気持ちは本気なんだ」
 「へ………へぁ!?」

 フユカがまた謎の驚きを見せた。
 そしてフユカの顔が段々と朱色に染まってきていた。フユカは普段外で活動しないせいで色白なので、耳の先まで真っ赤に染まっているのがよくわかる。
 テンパっているのか、目をあちらこちらと泳がせながら、両手を胸の前でわちゃわちゃ動かしていた。

 初めて見るフユカのその反応がおかしくて、軽く吹き出してしまった。

 それでも、そんな表情の彼女も今はたまらなく愛おしく感じた。

 しばらくわちゃわちゃと焦るフユカを眺めていると、フユカは両手で顔を隠してからゆっくりと口を開いた。 

 「そ、その………一応、お聴きしたいのですが………」
 「ああ、なんでも聴いてくれ」

 やっとこさ口を利いてくれたように思えたが、またフユカは口をモゴモゴさせてしまう。

 俺も根気強く待っていると、やがて小さな声でフユカが尋ねてきた。

 「あのぅ………先程のその、すっ……好きっというのは……ゆ、友人的な意味で、ですか?その、ライク的な……」
 「いや、普通に女の子としてだな。ラブ的な」
 「はぐぅ」

 さっきからフユカが変なダメージを食らってしまっている。
 やはり俺からの告白は、良い意味でも悪い意味でも衝撃が強すぎたのだろうか。ちょっと申し訳なくなってきた。

 その時、額に手を当てたフユカがふらりと体勢を崩した。

 「おっ、おい!フユ……」

 ぽすん、と俺の胸に軽い衝撃。

 フユカは後ろに倒れることもなく、目の前に立っていた俺に頭を押し付けていた。
 見下ろすと、小さな黒髪の頭が目に飛び込んでくる。そして、その小さな手も俺の制服を握りしめていた。

 今度は俺が焦る番だった。これって一体どういう状況なんだろう。
 流石にフユカをこのまま抱きしめるわけにもいかず、両手は空中に彷徨さまよわせたままになってしまった。

 やがてフユカがポツリと呟いた。

 「本当に……シュウはいつもいつも、なぜこうなのですか」
 「……それはすまん。性分みたいなものだ」
 「なんの変哲もない平日だというのに、なぜ今日なんですか。来週にはクリスマスだってあったでしょうに」
 「ロマンチックにはできなかった、悪い。でもすぐに行動しないとって思ったんだ」
 「それだったらなぜ今まで気持ちを伝えてくれなかったのですか」
 「それもすまん。キッカケと、ほんの少しの勇気がなかったんだ」
 「なぜシュウはいつもいつも……私の心をかき乱すのですか」
 「それは……まぁごめん?」

 ぽすぽすと言葉に合わせたフユカの拳が俺の胸を叩く。

 「なんで、私なんかを好きになったのですか」
 「別に大きなキッカケみたいなものはないさ。ただフユカと過ごしてきて、好きになったんだよ」
 「………意味がわかりませんよ」
 「そうだな」

 俺がフユカを好きになった理由は、そんなに特別なことなんかじゃない。
 文芸部で一緒に過ごすうちに、好きになっていっただけだ。そこには大きなキッカケも出来事も存在はしない。フユカの人となりを知って、やがて彼女に恋をした。ただそれだけのことだ。

 俺の胸を叩いていた拳はいつの間にか止んでいて、代わりに俺の胸には手のひらがそっと添えられていた。

 「シュウは、気がついていたのですか?」
 「気がつく………?」
 「私の、気持ちに」

 顔上げたフユカと視線が絡まり合う。

 潤んだ瞳に、朱が差した頬。夕日に照らされたフユカの桜色をした唇から、ゆっくりとゆっくりと言葉が紡がれていく。


 「私も、シュウが好きなんですよ?」


 数瞬。

 「………へ?」

 今度は俺が驚かされる番であった。

 フユカは今なんと……?俺の都合の良い妄想ではなければ、俺のことを……。

 「やはり、気がついていたわけじゃなかったようですね」

 フユカがクスリと笑みを浮かべた。頭の整理が全然追いついていない。

 その間にも、俺の心臓はバクバクと今まで以上に高鳴っていた。うるさい程に心臓は血液を循環させて、俺はすぐにでも顔が赤くなっていくのを感じていた。

 熱い熱い。顔がものすごく熱い。まるで身体中の熱を全て顔に集めたかのような感覚だ。

 かろうじて動く口で、俺は必死にフユカへと疑問を投げかけた。

 「ど、どういう…ことなんだ?」
 「どうもこうも、言葉通りの意味ですよ。私の本当の気持ちです」
 「なんで、俺なんかを……?」
 「ふふっ。それこそ大きなキッカケはありませんよ。シュウと過ごしてきて、好きになっただけです」
 「意味が、わからん………」
 「そうですね」

 そう言って微笑むフユカは、普段よりもずっとずっと可愛らしくて魅力的だった。

 そんな彼女と僅かな距離で見つめ合う。
 少し顔が近づけば、鼻先が触れ合ってしまいそうな距離で。

 ………………ここで漫画の主人公なら口づけでもするべきなのだろうが、俺は咄嗟に顔を横に向けてしまっていた。

 「急に、どうしたのですか?」
 「赤くなった顔を見せたくないんだよ」

 横に向けたくらいでは到底隠せるほどの赤さではない。耳まで赤色になっていることくらい自分でもわかっている。それでも赤くなったこの顔を見せるのは、なんだか照れくさすぎて駄目だった。

 フユカは一瞬キョトンとした後、すぐに笑った。

 「でも、私はそんなシュウも素敵だと思いますよ。だって……シュウも私と同じくらい照れてるんだって、すぐにわかりますから。それが……それがとっても嬉しいんです」

 フユカはゆっくりと、俺の背中へと手を回してきた。

 「私も、好きですよ。シュウ」
 「………それは反則だろ」

 ああ駄目だ。本当に駄目だ。
 照れくさと嬉しさとで頭の中がごちゃごちゃしてしまっていた。

 それでも、今目の前にいる彼女がどうしようもなく愛おしく感じてしまう。心の底から、フユカのことを好きなんだと実感してしまっている。

 燃えるように熱い身体でも、しっかりとフユカの暖かさを感じることができる。大好きな少女の存在を確かに感じることができる。

 そのぬくもりを手放したくなくて、俺もフユカを抱きしめた。

 好きだ。

 俺はフユカが好きだ。

 言葉にならないけれど、その気持ちを込めて彼女を優しく抱きしめる。

 「シュウの方こそ良いのですか?」
 「………なにが?」
 「私は、友達が少ないです」
 「文芸部おれたちがいるだろ」
 「コミュニケーションを取ることが凄く苦手なんです」
 「知ってる」
 「我ながら私という女は、面倒くさいですよ」
 「構わない」
 「多分、シュウを手放そうとはしませんよ」
 「奇遇だな。俺もだ」
 「絶対に、絶対にですからね」
 「ああ、そうだな」

 心が暖かなもので満たされていくのを感じた。

 『永遠の愛』にはまだまだ遠いかもしれないけれど。それでもこれがきっと、幸せというものなんだろう。

 「フユカ」
 「はい」

 彼女の名前を呼んで、抱きしめていた手を離す。そして俺達は再び見つめ合った。

 潤むフユカの瞳は今にも涙がこぼれてきそうで。
 気がつけば俺の視界も段々とぼやけてきていた。ポロリと頬を一筋の雫が流れていく。涙が俺の頬をこぼれ落ちていく。

 不思議と、この涙を止めたいとは思わなかった。

 それはきっとこの涙が悲しいものではなかったからだろう。

 嬉しい時にだって、人は泣くんだから。


 そうして俺は彼女へと、言葉を告げた。 


 「俺と、付き合って下さい」
 「━━━━はい!」


 二人して涙を流して、顔を濡らして。

 なんとも格好のつかない告白ではあったけれど。

 それでも良いと思った。

 それが良いと思ったんだ。



 これが俺達らしいと、そう思えたから。
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