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六章
その45 『永遠の愛』
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中庭に俺達文芸部は集まった。
部室棟から直接中庭へと続く玄関がないので、一度校舎に戻ってから革靴に履き替えてから来ている。
「改めて見ると中庭って広いんだな」
「そう、ですね」
中央に集まって、ぐるりと視界を動かした。
四方を背の高い建物に囲まれているものの、日が十分に射し込むことができるくらいのスペースがある。その中に一本だけ生えている樹木。広葉樹なのだろう。今の季節は、その枝を覆う葉を紅色に染め上げている。
軽い運動くらいなら問題なく行えそうな広場だ。残念なのは、腰を落ち着けるベンチがないことくらいか。中庭と言っても、地面はコンクリートで舗装されているので、座るのには抵抗がある。
そして一番重要な、花壇。孤独に生える樹木に寄り添うかのように、花壇が造られていた。大きさとしては、大きめのタンスを横にしたくらい。おおよそ縦一メートル、横三メートル弱といったところだろう。
そこには星の形にも似た、名前も知らない紫色の花が風に揺らされながら咲いていた。
「ここに、七つ目の不思議があるんだよね」
アメがポツリとそう呟いた。
アメは今も彼女と上手くいっているようだが、俺達を見届けるためについて来てくれたみたいだ。それはとてもありがたい。七不思議の最後は、全員でいるべきだろうと。きっと皆同じことを考えていたに違いないから。
「『六つの不思議を解明した者は、永遠の愛と出会う』、だったよねー」
ナツキがそう言って、ポニーテールを風に揺らした。
ここでハルが、皆思っていた疑問を口に出す。
「………それで、いつになったら出会えるの?」
「………そうだな」
俺達が中庭に降りてきて、花壇の前に集合してかれこれ数分くらい過ぎている。その間、なんの変化も訪れていなかった。
七不思議の文言には『永遠の愛と出会う』としかなかったが、もしかしたら出会える時間帯も決められたりしているのかも知れない。それならば、出会えないことにもなんとか納得がいく。
しかしまぁ、それ以上に考えたくないのは……。
「七不思議が、やはり偽りだという可能性も強くなってきましたね」
さらりとフユカが口にした。
以前までの俺やフユカなら、そんなこと口が裂けても言わなかったはずだ。縋ったもの、縋るしかなかったものを盲目的に信じ込んで、それで危うく友達を失いかけた。
だが、今はそうではない。今は俺達が俺達でいること、その大切さに気がつくことができたから。七不思議がたとえ偽りであったとしても、取り乱したりなんてことはしないはずだ。ショックを受けて、落ち込んで、それから皆で笑い話にして、それで終わる。楽しかったなと、皆の思い出として残るだけだろう。
「まぁ今までの不思議も手が込んでたものも多かったし、きっと大丈夫だよー」
「人魚は埋められてただけだったけどね」
皆がそのやり取りに笑う。
サワサワと風が通り過ぎて、樹木がその葉を揺らして音を鳴らした。
すっかり秋になって、風にも涼しさを感じられるようになってきた。冬の制服を着ていなければ、少しばかり寒いとさえ思うことだろう。後一月も経てば気温はぐんと低くなって、吐く息さえも白くなっていく。
この僅かな秋という季節は、毎度のことながら一瞬だ。あっという間に過ぎ去って、俺達を置いていってしまう。それをかれこれ十数年間続けているわけだから今更文句なんてない。どうせ、来年には何食わぬ顔でまたやってくるのだ。この秋という季節は。
サワサワと花壇いっぱいに植えられている花が揺れる。星の形にも似た、紫色の花が。
「そういえば、この花なんていう名前なんだ?」
ふと気になって口に出す。別に誰かに答えて欲しいわけではなかった。ただ単純に、そう思っただけだ。
花壇には、その紫の花だけが揺れていた。名前が書かれた看板なんかは存在していない。季節ごとに咲く花が変わるからだろうか。そういえば、夏にはヒマワリが咲いていたような気もする。
「少し待ってて下さい」
律儀にフユカがスマホで調べてくれていた。
名前はわからないが、色と形で検索すれば答えはすぐに出てくるのだろう。あまり待つことなく、フユカからの答えが返ってきた。
「これは、キキョウという花のようですね」
「キキョウ、か」
キキョウという花なのか。そう言われると、なんだかしっくりくる名前だ。
「秋に咲く花で、秋の七草の一つでもあるらしいです。後、絶滅危惧種なんだとか」
「絶滅危惧種をこんなに育ててるなんて、うちの学校って結構凄いわね」
「こだわりでもあるんだろうねー」
「それと━━━━」
何か情報を付け足そうとしたフユカの声が途絶えた。何事かと思いフユカを見やると、彼女は画面に釘付けのまま固まっていた。
フユカは驚いたように目を見開いて、その後ため息を吐くようにして目を閉じた。嬉しいような悲しいような、戸惑っているような複雑な表情を浮かべながら。
「どうかしたのか、フユカ」
俺のその問いに、フユカは軽く微笑んだ。
「どうやら私達、既に『永遠の愛』と出会っていたようですよ」
「え……?」
「どこにいるのー?」
キョロキョロとハルやナツキが視線を動かす。俺も背後を振り返ったりしたものの、そこには『永遠の愛』と呼べるものは何もなかった。一体いつ俺達は、出会っていたのだろうか。答えを求めて全員の視線がフユカに集まった。
そして、フユカが静かに口を開いた。
「キキョウの花言葉、知っていますか」
フユカはキキョウを見ていた。穏やかな表情を浮かべながら、暖かな視線で、キキョウを見つめていた。
「『永遠の愛』。それが、キキョウの花言葉なんですって」
部室棟から直接中庭へと続く玄関がないので、一度校舎に戻ってから革靴に履き替えてから来ている。
「改めて見ると中庭って広いんだな」
「そう、ですね」
中央に集まって、ぐるりと視界を動かした。
四方を背の高い建物に囲まれているものの、日が十分に射し込むことができるくらいのスペースがある。その中に一本だけ生えている樹木。広葉樹なのだろう。今の季節は、その枝を覆う葉を紅色に染め上げている。
軽い運動くらいなら問題なく行えそうな広場だ。残念なのは、腰を落ち着けるベンチがないことくらいか。中庭と言っても、地面はコンクリートで舗装されているので、座るのには抵抗がある。
そして一番重要な、花壇。孤独に生える樹木に寄り添うかのように、花壇が造られていた。大きさとしては、大きめのタンスを横にしたくらい。おおよそ縦一メートル、横三メートル弱といったところだろう。
そこには星の形にも似た、名前も知らない紫色の花が風に揺らされながら咲いていた。
「ここに、七つ目の不思議があるんだよね」
アメがポツリとそう呟いた。
アメは今も彼女と上手くいっているようだが、俺達を見届けるためについて来てくれたみたいだ。それはとてもありがたい。七不思議の最後は、全員でいるべきだろうと。きっと皆同じことを考えていたに違いないから。
「『六つの不思議を解明した者は、永遠の愛と出会う』、だったよねー」
ナツキがそう言って、ポニーテールを風に揺らした。
ここでハルが、皆思っていた疑問を口に出す。
「………それで、いつになったら出会えるの?」
「………そうだな」
俺達が中庭に降りてきて、花壇の前に集合してかれこれ数分くらい過ぎている。その間、なんの変化も訪れていなかった。
七不思議の文言には『永遠の愛と出会う』としかなかったが、もしかしたら出会える時間帯も決められたりしているのかも知れない。それならば、出会えないことにもなんとか納得がいく。
しかしまぁ、それ以上に考えたくないのは……。
「七不思議が、やはり偽りだという可能性も強くなってきましたね」
さらりとフユカが口にした。
以前までの俺やフユカなら、そんなこと口が裂けても言わなかったはずだ。縋ったもの、縋るしかなかったものを盲目的に信じ込んで、それで危うく友達を失いかけた。
だが、今はそうではない。今は俺達が俺達でいること、その大切さに気がつくことができたから。七不思議がたとえ偽りであったとしても、取り乱したりなんてことはしないはずだ。ショックを受けて、落ち込んで、それから皆で笑い話にして、それで終わる。楽しかったなと、皆の思い出として残るだけだろう。
「まぁ今までの不思議も手が込んでたものも多かったし、きっと大丈夫だよー」
「人魚は埋められてただけだったけどね」
皆がそのやり取りに笑う。
サワサワと風が通り過ぎて、樹木がその葉を揺らして音を鳴らした。
すっかり秋になって、風にも涼しさを感じられるようになってきた。冬の制服を着ていなければ、少しばかり寒いとさえ思うことだろう。後一月も経てば気温はぐんと低くなって、吐く息さえも白くなっていく。
この僅かな秋という季節は、毎度のことながら一瞬だ。あっという間に過ぎ去って、俺達を置いていってしまう。それをかれこれ十数年間続けているわけだから今更文句なんてない。どうせ、来年には何食わぬ顔でまたやってくるのだ。この秋という季節は。
サワサワと花壇いっぱいに植えられている花が揺れる。星の形にも似た、紫色の花が。
「そういえば、この花なんていう名前なんだ?」
ふと気になって口に出す。別に誰かに答えて欲しいわけではなかった。ただ単純に、そう思っただけだ。
花壇には、その紫の花だけが揺れていた。名前が書かれた看板なんかは存在していない。季節ごとに咲く花が変わるからだろうか。そういえば、夏にはヒマワリが咲いていたような気もする。
「少し待ってて下さい」
律儀にフユカがスマホで調べてくれていた。
名前はわからないが、色と形で検索すれば答えはすぐに出てくるのだろう。あまり待つことなく、フユカからの答えが返ってきた。
「これは、キキョウという花のようですね」
「キキョウ、か」
キキョウという花なのか。そう言われると、なんだかしっくりくる名前だ。
「秋に咲く花で、秋の七草の一つでもあるらしいです。後、絶滅危惧種なんだとか」
「絶滅危惧種をこんなに育ててるなんて、うちの学校って結構凄いわね」
「こだわりでもあるんだろうねー」
「それと━━━━」
何か情報を付け足そうとしたフユカの声が途絶えた。何事かと思いフユカを見やると、彼女は画面に釘付けのまま固まっていた。
フユカは驚いたように目を見開いて、その後ため息を吐くようにして目を閉じた。嬉しいような悲しいような、戸惑っているような複雑な表情を浮かべながら。
「どうかしたのか、フユカ」
俺のその問いに、フユカは軽く微笑んだ。
「どうやら私達、既に『永遠の愛』と出会っていたようですよ」
「え……?」
「どこにいるのー?」
キョロキョロとハルやナツキが視線を動かす。俺も背後を振り返ったりしたものの、そこには『永遠の愛』と呼べるものは何もなかった。一体いつ俺達は、出会っていたのだろうか。答えを求めて全員の視線がフユカに集まった。
そして、フユカが静かに口を開いた。
「キキョウの花言葉、知っていますか」
フユカはキキョウを見ていた。穏やかな表情を浮かべながら、暖かな視線で、キキョウを見つめていた。
「『永遠の愛』。それが、キキョウの花言葉なんですって」
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