ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

文字の大きさ
上 下
36 / 37
第四章 仮面をつけた笑顔

36 約束を破った代償

しおりを挟む
 朝になる。僕は腫れた右頬を擦りながらうーん、と背伸びした。何故右頬が腫れているのか。その理由は酷く単純だ。クレアに引っ叩かれたからである。

 昨晩、ルル姉と二人きりで話した後、眠たい眼を擦りつつ洞穴へと向かったまでは良かった。けれどもこの時の僕は重大な事を失念してしまっていたのだ。

 そうそれは、皆が寝静まる前にクレアに言われた事、『寝顔見られたくないので絶対に寝ている私達に近づかないで下さい。見張りの時間が来たら勝手に起きますのでご心配なく』と刺されていた釘がすっかり頭から抜け落ちていた。

 だけどその時の僕にはそんな事どうでも良くて、洞穴にはいり、残されていた寝袋の中へともぞもぞと進入した。途端に身体が芯から暖まる様に感じる。ほふぅとため息が溢れた。なんて幸せなのだろう。冷え切った身体にこのぬくもりは、砂漠のオアシスと同レベルまであった。

 しかしそんな幸せもつかの間。僕がウトウトしだして眠りそうになったその時。隣で寝袋が急に起き上がったのだ。

 「そろそろ私の見張り番ですね……」

 クレアだった。この時の僕は黙って寝ているのが正解だったのだろうけれど、クレアの言葉に色々ツッコミ所があったので言わずにはいられなかった。

 「何言ってんのさ、君の見張り番は二時間前だよ」
 「あれ?そうなんですか?じゃあタクトはまだ見張り番を続けているんじゃないですか」
 「その心配はいらないよ。ルル姉とさっき見張り番を交代してきたから」
 「そうですか。それは良かったですタクト。……………タクト?」
 「……………あ」

 眠りかけの頭は全然回っていなかった。こんな事態、昼間なら予想くらい出来たはずなのに。隣に寝ているのが僕だと気づいた途端、クレアから何やら冷たい空気が流れ込んできた。

 怖くて隣を見ることが出来ない。必死で顔を逸らすけれど、そんな行為に対して意味はなかった。

 「寝顔……見られたくないから、洞穴に入るなって……」
 「わーわー!ごめん!悪気はないんだよ!でも眠たくて全然そんな気も起きなかったんだって!!」
 「なんで洞穴に入ってきてるんですかぁぁぁ!!!」

 言い訳虚しくパチンと小気味よい音と共に叩かれた僕の右頬。そもそもの原因はクレアにあるんだ、とか言いたかったのだけれどそんな反論を言う前に、僕の意識は落ちていった。

 そして時は現在に戻る。ルル姉から事情を説明してもらってなんとか僕に非が無いことを理解してもらい、クレアから謝罪を受ける。しかし叩かれた右頬はパンパンに腫れたままだ。ジワジワと痛みが広がっているのがわかる。

 「痛い……」

 昨日はあんなに心地良く感じていた風が今では肌を撫でる度にズキズキと痛みを増強させる害悪なものにしか感じられない。心がだいぶ荒んでいるみたいだ。

 「あの…タクト。本当にごめんなさい」
 「もう大丈夫だよ、気にしないで。それに昨日の事は僕も悪かったし」
 「……………じゃあせめてこれを」

 そう言ってクレアから渡されたのは清潔感の感じられる白いハンカチ。なんでだろうと思っていると、頬を伝う温かい感触が。

 あれ、なんでだろう。なんで涙が出てるんだろう。意味もわからず流れ出す涙をハンカチで拭って僕は大空を仰ぐ。

 女の子って何考えているのかわからない。

 バッカスの街まで後一日はかかる。つまり後一回は確実に行われる野宿を今から考えて、僕はため息を溢した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

処理中です...