ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第四章 仮面をつけた笑顔

35 満天の星空

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 パチパチパチパチと赤く燃え上がる焚き火。それに手をかざして、身体を暖める。今日はいつも以上に冷え込んだ夜だ。まぁそれもそうか。

 僕は地面に座りながら真上をみあげる。そこには真ん丸とした煌めく月が、ほのかに暗闇を照らしてくれていた。………なんて格好つけた事を言ってはみたのだけれど、ようするに外にいるということだ。

 時たま吹く風が肌を突き刺す様に寒い。焚き火が揺らめいて、その火力が弱まる度に「うおわぁ!」と声をもらしている始末。火が消えない様にと、昼間に集めておいた枯れ葉やら枝やらをどんどんと焚き火へと投入していく。

 焚き火にあたっているのは僕一人。女の子三人は現在睡眠中である。

 結局、今日の昼に出来た事といえば草原地帯を抜けたぐらいなものだ。草原地帯を夕暮れ前に抜けられた僕達は、ちょうど良い洞穴的なものを発見し、そこを今日の野宿場所へと決めた。

 しかし近くに川なども流れてはおらず、魚等の食料確保が難しい状況だったので、マジナルの街で購入しておいた携帯食料が晩御飯となった。せめて灯りだけはと起こした焚き火は、夜中を一人で過ごす僕の心強い味方となってくれていた。

 僕が一人起きて、他の皆が寝ている理由は勿論見張りだ。背後は皆が寝ている洞穴、真正面には草原地帯が広がっている。

 いくら見晴らしが良いとは言え、全員が全員寝ていたら急な魔物の襲撃には対応出来ない。だから見張りを立てるのは定石だ。定石、なのだけれど。

 「いつまで見張ればいいのかなぁ……」

 そんな愚痴が溢れる。そうなのだ。僕はかれこれ四時間は見張りを続けているのだ。

 見張りを立てると決めた時、一人あたり二時間ずつ見張ろうという事になったのは良い。既に半目になってムニャムニャ言っていたルル姉や、クレアが疲れたと言って先に寝たのも構わない。マーリも暫く起きてくれていたが、自分の番になって起きられないと困るからと言って寝たのも当然だ。

 しかし次の見張り番であるクレアが起きてこないのは許せない。夜の風にあてられて、身体はすっかり冷めている。この凍えきった身体がぎりぎり熱を保てているのはこの焚き火のおかげだ。

 洞穴の中は風も無く、マーリが自宅から持ってきてくれていた寝袋を使っているのでぬくぬくと暖かく眠れるはずだ。僕はその恩恵を二時間前に享受出来るはずだったのに……!

 ギリッと歯ぎしりして拳をぷるぷる震わせる。

 じゃあクレアを起こせば良いのでは?なんて思うかもしれないが、そう簡単なものじゃないのだ。クレアは寝る前に『寝顔見られたくないので絶対に寝ている私達に近づかないで下さい。見張りの時間が来たら勝手に起きますのでご心配なく』と釘を刺されていたのだ。

 マーリは別に寝顔など気にしないと言ってくれたし、ルル姉に至っては見慣れていたので今更特に何も思うことはないのだけれど、クレアの意思は非常に固く、逆らい難い何かを感じた。

 逆らって何をされるか想像するのも億劫なので、僕は渋々クレアが起きるまで火の番見張り番という訳だ。

 だが、いくらなんでも遅すぎるだろう。そろそろ言いつけを破って起こしに行こうかと思っていた時、背後でゴソゴソと誰かが起き上がる音がした。その人物がこちらに近づいてくるのを背中で感じた。やっと起きたのかクレア………。

 そう思いつつ振り返るとそこには、

 「よっタクト。何でまだ見張り番してんだよ」
 「……ルル姉?」

 ルル姉が微笑みを携えて僕を見下ろしていた。そういえばクレアの次はルル姉だったな。そのまま、よっという掛け声と共に僕の隣に腰を下ろす。立っていると僕とルル姉との身長差は頭二つ分くらい違うのだが、座ってみるとその差は頭一つ分程に縮まっていた。

 「せっかくだしこのまま二人で話そうぜ。旅に出てから二人で話す機会もそうなかったしな」
 「そう……だね」

 パチパチと燃える焚き火に視線を向けたまま、僕達は他愛のない話を続けた。幼い頃の思い出や、旅に出てからの事など、二人の間に会話は尽きなかった。

 ふとルル姉が僕に尋ねてくる。

 「オマエはこれから何がしたい?」
 「何が……って勇者を探して神様に勝って━━━━」
 「あー違う違う、そうじゃない。アタシが聞きたいのは討神祭のその先だ。タクトは勇者としての使命が終わった後、何がしたい?」

 唐突な質問だ。それに今までろくに将来についてなど考えた事もなかったので、直ぐには答えが出なかった。僕が何かを言う前に、ルル姉が言葉を紡ぐ。

 「アタシは幸せになりたい」
 「幸せ………?」
 「ああ、討神祭に挑んで勝つにしろ巻けるにしろ、大人になって結婚なんかもして子供と一緒に暮らしたりもしてみたい。世界中を旅するってのもいいな。まぁとにかく自分がやりたい事をやり尽くして心から幸せだって言いたいな」
 「とっても素敵だね。本当に」
 「だろ?」

 ルル姉はこちらを見てニシシと笑った。思えばルル姉とこんな話をするのは初めてかもしれない。だからこんなにも新鮮な気分なのかな。

 「でも、どんな未来にもさ、やっぱりタクトがいないと面白くないな」
 「僕が?」
 「オマエが」

 その言葉には少し意表を突かれた。だけどルル姉の言うことも、わからないでもない。僕は改めて将来というものを考えてみる。

 「………確かに、僕もルル姉がいないと面白くないかな」
 「そりゃ嬉しいね」
 「今までずっと一緒だったしね。離れ離れなんて想像も出来ないよ」
 「それもそうだな」

 今度はクスッと微笑みを溢したルル姉。視線を隣に向ければ、ルル姉の顔はほのかに赤い。それは焚き火の仕業なのか、それとも━━━━

 「なぁタクト」
 「ふぁえ?」

 横顔を見つめていたら、ルル姉が急に此方に顔を向けてきたので焦っておかしな声が出てしまった。ふぁえ?ってなんだ、ふぁえ?って。

 でもルル姉からはそんな追求は飛んでこなかった。瞳を潤わせ、唇を微かに震えさせていて庇護欲をそそられる。そんないつも以上に魅力的なルル姉を前に、僕も何も言えなかった。

 「この闘いが終わったらさ、アタシと……」
 「……ルル姉と?」
 「…………いや、なんでもねぇ。こんなのいつものアタシらしくねぇな。女々しすぎるぜ」
 「女々しいって……ルル姉は女性なんだから女々しくても構わないじゃない」
 「アタシを女性扱いするのは、オマエくらいだよ」

 そうかなぁと首を傾げる。いや、それよりも先程ルル姉がいいかけた言葉の続きが気になるのだけれど……どうやらもう教えてくれる気はないらしい。ルル姉の表情はすっかりいつものものに戻っていた。

 「悪いな、四時間も見張り番させちまって。クレアがぐっすり眠ってるもんで、起こすのが忍びなかったんだ」
 「もういいよ。ルル姉はちゃんと来てくれたし。それじゃあ後はお願いね」

 おう、と片手を上げて応じるルル姉。僕は立ち上がって洞穴へと向かう。

 空には満天の星空が輝いて僕達を見下ろしていた。
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