ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第三章 才能無しの魔法使い

29 魔法が好きなのに

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 才能無しの魔法使い、自らの事をそう称した彼女は悲しそうな顔で笑った。僕はそれを聞いて口をつぐんでしまった。一体何を言えばいいのだろう。そう思ったその時、

 「済まないが、アタシはアンタの事を知るのは今日が初めてなんでね。詳しく話してもらっても構わないか?」

 ルル姉がモノクルの少女にそう声をかける。モノクルの少女はキョトンとした表情で数秒固まった。そして言葉の意味が理解出来たのか、笑いだした。

 「ははは!知らない、そうか。私を知らないか!」
 「悪いな。アタシはここから結構離れた村に住んでたし、新聞なんて読む柄じゃないんだ」
 「いいや構わない。私の事を知らないなら、幾分か気が楽になる」

 そう言ってモノクル少女は僕達の間をすり抜けて先に進む。そして数歩進んだ先で顔だけこちらに向けてきた。

 「ここで立ち話していてもなんだ。私の家に招待しよう、ついてきてくれ」

 僕達の返答を聞く事も無く、モノクルの少女はさっさと歩いて行ってしまう。僕達は一瞬顔を見合わせた後、すぐさま彼女を追いかけた。

◆◆◆

 教会から歩いて数分程、僕達はある一軒家のに到着していた。

 「ここが私の家だ。誰も居ないから気軽に入ってくれ」

 そう言って、モノクル少女はガチャリと扉を開く。クレアもそれに続いたけれど、僕とルル姉は立ち止まっていた。それもそのはず、この一軒家には庭が存在していた。

 「庭だ……」
 「庭だな……」
 「庭くらいどこでもあるでしょう…」

 呟く僕とルル姉にクレアが呆れた様に声をかける。確かに僕達の村にも庭くらい存在している。しかしこの家の庭はレベルが違う。

 玄関まで続く石畳に、その両脇を彩る鮮やかな花達。少し視線を遠くに向ければ、原っぱの様に短い草が生えている。寝転べば気持ち良さそうだ。

 「こんな庭らしい庭、初めて見たよ」
 「アタシ達の庭は砂場みたいなもんだな」

 僕達の言う庭は家の前の道を指す。誰の敷地でもないけれど、家の前は庭と言う。砂と少量の雑草が混じった庭が、僕達の普段の遊び場だったのだ。

 ただまぁ、この家の庭は遊び場と言うより観賞用だな。僕は視線を家へと向ける。壁を白色に塗られた、清潔感の漂う一軒家だ。庭の広さに見合う大きさをしている。僕は再び視線をモノクル少女へと戻した。

 彼女は先程、家に誰も居ないと言った。それはつまり彼女はこの家に一人で住んでいるという事に他ならない。彼女一人には、その大きさはとても有り余りすぎている。寂しくは、ないのだろうか。

 そんな事を考えながら、僕達は彼女の家へとお邪魔した。

 お邪魔しますと、玄関をくぐり、僕達はリビングへと通された。

 リビングも相当に広い。壁は外観と同じく、白色で着色されており、部屋の隅には観葉植物が置かれていた。今の季節にはあまり使用しないけれど、暖炉も設置されている。台所とリビングが繋がっているみたいだ。台所付近には、おそらく食事用であろうテーブルがあり、椅子が一脚だけポツリと置かれている。

 「こっちだ」

 声のした方を向くとソファがあり、既に座っているモノクルの少女とルル姉の姿が見えた。ルル姉の遠慮の無さに最近拍車がかかりすぎている。そろそろ本当に注意しなきゃな……。

 僕とクレアもソファへと向かう。二人掛けのソファが向かい合うようにして二組設置されている。ソファとソファの間には、僕の膝下くらいの高さのテーブルが置かれていた。

 モノクルの少女とルル姉は既に向かい合って座っていたので、僕がルル姉の隣へ座り、クレアがモノクル少女の隣に腰掛けた。

 僕達が全員着席したのを見て、モノクルの少女は口を開いた。

 「さて…何をどう話したものやら」
 「まずはアンタの名前を知りたい」

 ルル姉の言葉にまた少女は笑みを浮かべた。

 「そうだったな、私の事を知らないんだったな。
 私の名前はマーリ。年は十五。君達と同じく勇者だ。宜しく頼む」

 そう言ってモノクル少女━━━━
もといマーリはペコリと頭を下げた。首元から垂れ下がる輝石がキラリと黄色に輝く。ていうか十五歳なのか。僕と近しい身長だから、同い年か年上だと思っていた。やはりルル姉といると、見た目で人の年齢は判断出来ない事が痛感させられる。

 何を察したかは知らないが、ルル姉がテーブルの下で僕の足を踏みつけてきた。

 「アタシはルル。年は今年で十七歳で、アンタと同じ女だ。好きなものはリンゴだ。宜しくな」
 「………待て。今何歳と言った?」
 「十七」
 「十七だと……!?」

 マーリの目が驚きに見開かれる。無理もない。ルル姉の容姿は、初見では確実に子供に思われるんだから……って痛い痛い。ルル姉がかかとで僕の足をグリグリと痛めつけてくる。

 マーリは暫くブツブツと何か思案顔で呟いていたけれど、「そういうものか…」と無理矢理納得させたみたいだった。

 因みにマーリが教会にいた理由は魔法についての発表会の様なものがあった為らしい。神様に日頃の研究の成果を見てもらう為に教会で開催しているとの事。実際に神様が見ていくれているのかどうかは知らないけれど。マーリにとっては退屈な研究発表会だったそうだ。

 その後、僕とクレアも自己紹介した。

 「クレア、それにタクトだな。宜しく頼む」
 「宜しくねマーリ」
 「それじゃ早速本題に移らせてもらうぞ」

 ルル姉が背もたれに十分に背をひっつけてふんぞり返る。特に強調される部位はない。あしからず。

 「なんでアタシ達と旅に出るのを渋るんだ?勇者に選ばれたんだ。どうせここでジッとしてても一年後の討神祭には出なきゃいけねぇんだぞ」
 「わかっている。それに君達と旅に出るのが嫌という訳じゃないんだ。ただ足手まといとなるのが怖い。私は知識だけ詰め込んだ、本の様な人間なんだ」
 「アタシが知らないのは。アンタが過去にどんな偉業を成し遂げたなんて知らないんだ」
 「………他に私の事を知らないのは?」

 マーリが僕達をぐるりと見回す。僕も勿論知らないので頷いておく。クレアは先程も言っていた通り、少しばかりはマーリについて知っている様だ。

 「数年前に話題になりましたよね?魔法理論を子供の時に極めたと」
 「正しくは魔学だがな。魔法や魔術、魔物など魔に関する物について知れるだけ知っただけさ。極めたなんて到底言えない」

 マーリは謙遜しているけれど、彼女が言った事は本当に凄い事だ。魔学を知らない僕でもわかる。彼女の言う、知れるだけ知ったというのは遥かに常人の知れる量を凌駕していたのだろう。でなければ話題になどなる訳がない。

 マーリは膝に肘を乗っけて手を組んだ。

 「昔はそのせいでだいぶもてはやされたよ。天才やら最強の魔法使いの卵やらなんやらとね。誠に恥ずかしながら、当時の私もそう自負してしまっていた。それを間違いとは知らずにね」
 「その間違いってのは?」

 マーリの表情に影が落ちる。

 「先程も言った通りさ。私には常人よりも更に少ない量の魔力しかなかった。最低レベルの魔法ですら発動には至らなかったんだ」
 「でも、魔力は成長とともに増加していくものでは……?」
 「。私には魔学の知識はあっても、才能という物が圧倒的に欠如していたのさ」
 「………………」

 僕には何も言えない。勿論、僕やルル姉も魔法使いになれる程、魔力を持っている訳ではないけれど、最低レベルのものならおそらく使えるだろう。

 幼い頃に魔学を極めた少女が、魔法を使えないとなると、一体どのような心境であるかなど、僕達に想像出来るはずもない。増してや新聞に載るほどに話題になった少女だ。周囲の反応の変化など、いちいち想像しなくてもわかってしまう。それなのに、魔法研究発表会には出席しているのだ。彼女が魔法について未だに興味を失っていない事は明白だ。

 彼女との初対面の時、マーリの周りが壁ができているかのように人が寄り付いていなかったのを思い出す。そんな彼女が、何故勇者に選ばれたのか。とことん神様ってのは良い性格をしている。

 「私は運動も出来ない。剣を握る力すら持ち合わせていない。魔力があれば、魔法を使えるならば、少しは役に立てたのかもしれないが。こんな私を旅に連れて行くなんて……馬鹿げているではないか。討神祭の舞台で闘うなんて、夢のまた夢さ」

 マーリはまるで遠くを見つめる様な瞳だ。過去を思い出しているのかもしれない。クレアの時とは事情が違う。クレアには旅に出るのを拒む明らかな原因があったけれど、マーリはそうではない。彼女を連れ出すのは相当困難だぞ……。

 だけど、僕のそんな考えなど一瞬で吹き飛ばしてくれる人が僕達の中にはいるのだ。

 「そんなん知らん。マーリ、アンタは勇者だ。だったら逃げんなよ。神様がアンタを選んだのは、そういう逃げ腰が優れてるからじゃねぇだろ」

 その言葉にマーリがバッと顔を上げる。ルル姉は悪巧みでも思いついたかのような表情でマーリや僕達に声をかけた。

 「街の外に行くぞ、何はともあれ実戦あるのみだ」
 「えっ?ちょっ、なにを……!」

 言うが早いか、ルル姉は素早くマーリの腕を取ってズンズンと玄関へと向かっていく。引きづられて行くマーリがリビングから出ていったのを見送り、僕とクレアは顔を見合わせた。二人して苦笑した後に僕達も二人を追ってリビングを出た。
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