ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第三章 才能無しの魔法使い

27 天才と呼ばれた少女

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 「とーーちゃく!」

 ルル姉がぴょんと街への第一歩を踏み出した。僕達が辿り着いたこの街はマジナル。神父の言う事によればこの街に次なる勇者が誕生していたらしい。

 それにしても今回はあっさりと到着できたな。道中は魔物と遭遇することもなく、しっかりと舗装された道を歩いて来た。途中商人の乗った荷車とすれ違ってリンゴを貰ったりもした。それから僕達はさほど時間をかけることなく、このマジナルの街へと来ること出来たのだ。

 僕はスリプスの村に行くまでの道程を思い出す。初めて遭遇したスライムを倒して罪悪感を覚え、コボルド、ゴブリン相手に無双するルル姉に危うくいらない子扱いされそうになって、森で死の牙デスファングと遭遇して、殺される可能性を見せられて、全力疾走で逃げてやっとスリプスの村に到着できたのだ。

 うん、ろくな道程じゃなかったな。なぜ旅の初日から、命を賭けなければならないんだ。

 それはそうと、僕は今一度マジナルの街に視線を巡らせる。僕達の住んでいた村の二倍、三倍はありそうな土地を、かなり大きな塀で囲ってある。いや、これは塀というよりもはや壁か。それに、魔物の襲撃に備えて、出入り口の門には兵士が在中しており、街の安全は確固たるものだ。

 ただそう考えると、僕達やクレアの村が随分無防備に思えて仕方がない。まぁそこまで危険度の高い魔物が数多く生息している訳じゃないから、あまり気を張っていても疲れるだけではある。

 僕はいつの間にか、先に行っていたルル姉とクレアを急いで追いかけるようにして、マジナルの街へと入っていった。

 「にしても凄いな。見ろよタクト、地面が石だ」

 初めて見る石畳に興奮して、ルル姉がぴょんぴょんとその場でジャンプする。道行く人々が、はしゃぐ子供を可愛がるような温かい目でこちらを見てきた。すいません、この子もう十七歳なんです……。

 でも、僕も石畳を見たのは初めてだ。村の外と中では、地面に変わりなどなく、地続きだったから。

 街中の地面に隙間なく埋め尽くされた石畳に圧倒される何かを感じる。同じ大きさの長方形が規則正しく並べられている様は、もはや芸術だ。よくこんな手間の掛かるものを制作しようと思ったものだ。

 「ルル、タクト。石畳なんてそのうち見飽きますから、まずは教会へと向かいましょう」

 クレアはスタスタと先に行ってしまう。その後を追うようにルル姉は石畳の上を飛びながら進んでいく。

 「クレアは石畳見るのは初めてじゃないの?」
 「初めてですけど、そこまで興奮するものでもないですよね」
 「そうかぁ?アタシは今、とっても楽しい」

 ルル姉のご機嫌は上々だ。そんなルル姉を見て、クレアはやれやれと言った風に息を吐いた。

◆◆◆

 目的地である教会まであっさりと到着する事が出来た。なんとこの街には、案内図なる物があったのだ。おかげで初めて訪れた地であっても迷子にはならない。そうルル姉とはしゃいでいたら、クレアから溜息をつかれた。まぁそれはさておき。

 いつも通りに勢い良く扉を開けようとしたルル姉の肩を掴んで引き止める。

 「何すんだよタクト。今から神父に勇者の場所、教えてもらいにいくんだろ?」
 「うん。そうだよ。でも今はちょっとタイミングが悪い」

 頭に?と疑問符を浮かべたルル姉を教会の横へと連れて行く。教会の横に設置されていた窓から内部を覗く。

 「おいタクト」
 「どうしたのさルル姉」
 「アタシの身長じゃ中が見えねぇ」

 ルル姉と窓に視線を移す。確かに、窓はルル姉の頭上にあった。無言でしゃがみ、ルル姉に背中を差し出す。よいしょよいしょと言いながらルル姉がよじ登ってきて、肩車の完成だ。僕は立ち上がって改めて教会内部の様子を見る。

 教会内では、大勢の人が設置されている長方形の椅子に座り、真剣に何かを聞いているようだった。人々の視線は祭壇、そこに立つ神父に注がれている。おかげで外の僕達に気づいている様子はない。

 「一体何を話しているのでしょうか?」
 「声が外まで届かないからなぁ。何言ってるのかわからないや」

 隣に来て、一緒になって覗くクレアにそう答える。するとルル姉が上で身じろぎした。

 「おい、タクト。もうちょい体の向きをずらしてくれ」
 「ん?わかったけど…」

 ルル姉が指差した方向へと、体の向きを変える。ルル姉が僕の頭をガッシリと掴み前屈みのような姿勢をとった。ぺったりと僕の頭に押し付けられるのはルル姉のお腹だ。窓に反射したルル姉の表情を見ると、目を凝らすようにしてしかめっ面をしていた。

 「何か気になるものでもあったんですか?」
 「ああ、あったね。あれは間違いねぇ」
 「一体何が見えたのさ」

 ルル姉が視線を向けていた先を見ても、気になるものは特にない。ただ椅子に座る人々が見えるだけだ。しかし、ルル姉はその人々の中のある一点を指差した。

 「アイツだぞ」
 「いや、アイツだぞだけじゃ全然わからないんだけれど」
 「アイツが勇者だ」
 「「……………は?」」

 僕はクレアと揃って間抜けな声を漏らした。勇者がいるというのか、この中に?

 とりあえず僕とクレアはその勇者を探す。しかし、それらしき人物が見当たらない。

 「ルルはどうしてその方が勇者だってわかったんですか?」
 「こっからじゃ、ちと離れ過ぎて見づらいけど確かに見えた。アイツの首からぶら下げてるもんは、間違いなく輝石だ」

 ルル姉の視力の良さを思いもよらぬ所で知った。これも【集中の勇者】の所以なのかな、などと考える。

 「その輝石が僕は良く見えないから、どんな人がつけるのか教えてよ」
 「んぁ?あーとりあえず女だな」

 また女の子の勇者か………。この調子ならば、男の勇者が僕しかいないという展開も想像できていしまう。それはなんとしても避けたいんだけれど、勇者が誰かというのは神のみぞ知る所だ。

 「後、片目を髪で隠してやがるな。変な眼鏡もつけてやがるし。何だありゃ?片目眼鏡か?」
 「片目眼鏡…?」

 言葉で聞くだけじゃ想像が難しいけれど、わかりやすい特徴ではある。片目眼鏡で片目を隠した女の子か……。と、視線を巡らせるとそれらしき女の子を見つけた。

 つまらなそうな顔をして、濃い茶色の前髪を弄っている少女がいた。右目だけを長い前髪で隠して左側の前髪は耳の後ろへ流して、余った髪を後ろで束ねている。ポニーテールには少し短すぎる髪型だ。そしてルル姉が言っていた片目眼鏡━━━━もといモノクルを左目に装着していた。

 年齢はクレアや僕と同年代に見える。けれどルル姉という存在がいる限り、見た目というのはあてにならない。傍から見れば学者に見える彼女の胸元には、確かにキラリと何かがきらめいた。

 「あれ……?あの子って……」
 「知ってるの?クレア」

 僕とほぼ同じタイミングで彼女を発見したクレアが声を上げる。どうやらクレアはモノクル少女の事を知っていた様だ。はい、と頷いくクレア。

 「確か…数年前に凄く話題になった子ですよ。新聞でも一面に写真が載せられていましたし」
 「ほぇーそうなんだ」
 「タクトは知らなかったんですか…?」
 「新聞とか全然読まないし……」
 「そんなちっせぇ字読む暇あったら遊ぶしな」

 ルルが僕の上でうんうんと頷く。そんな僕達を信じられない物を見たかのような目で見てくるクレア。

 「……まぁ一時期、とても話題になった子なんですよ」
 「話題になった、ねぇ」

 ルル姉が一部分だけ反復する。過去形で言い表したと言うことは、現在では違っているのだろう。クレアはもう一度、視線をモノクルの少女に向けた。

 「でもパッタリと彼女の事は新聞に載らなくなってしまったんです」

 記事が途絶えた理由はわからないが、彼女が話題にならなくなったのはわかった。段々と誰も彼も、彼女から興味を無くして行ってしまったのだろう。しかし何故、一時期話題になったんだろう。それが気になってクレアに尋ねる。

 「あの子が話題になった理由は何なの?」
 「魔法関係だったと思います。弱冠十歳にして、魔法理論を極めたとかなんとか」
 「それって普通に凄い事じゃないの……?」

 勇者に選ばれた人材で、初めて納得出来る理由を持ち合わせているじゃないか。

 そんな彼女が今現在どんな成長を遂げているのか。何故誰もこの事が気にならなかったのだろう。もしくは

 「ええ、普通に偉業ですよ。だから当時彼女は【天才】と呼ばれていました」

 クレアが【天才】と呼んだ彼女を今一度見やる。

 【天才】の少女はつまらなそうな顔で必死に欠伸あくびを噛み殺していた。
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