ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第二章 引きこもりの少女

25 旅に出ます

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 ルル姉が放ったスキル【ブリューナク】は、死の牙デスファングの額に埋まった魔力核を的確に貫いて破壊した。パキッと乾いた音が響いた後、断末魔を漏らす暇も無く、その姿を灰へと変えた。

 静まりかえる森の中、僕は暫く転がされた格好のまま動けなかった。とりあえず全身が痛い。身体に合わない力を無理矢理行使した上に、あの大猪との押し相撲を繰り広げていたのだ。まぁ僕の惨敗だったのだけれど。

 ああ………空が青い。木の葉を揺らす風が吹き、僕の肌を撫でていく。深呼吸して、自然の空気を胸いっぱいに取り込んだ。戦闘中、まともな呼吸をしていなかったのか、空気がとても美味しく感じる。はふぅと息を漏らした後は仰向けになって、ぐでぇと脱力する。今はこのまま倒れたままでいたい。

 「タクト。おい、大丈夫か?」
 「これが大丈夫に見えるならルル姉は今すぐ医者に見てもらった方が良いね」
 「そんな口を叩けるなら大丈夫だな」

 僕に被さるようにしてルル姉が覗いてくる。その際、頬をつねられた。いや、本当に痛いから。僕の無事を確認した後、ルル姉は安堵の溜息をついた。

 「ホントに…心配したんだぞ」

 珍しく弱気な表情をルル姉が見せる。旅に出た時に、こんな顔をさせないって決めたのになぁ……。僕は自分の未熟さを思い知らされる。心配しないでと頭の一つでも撫でるべきなのだろうけど、今は指一本動かすのも辛いから。とりあえず笑うだけに留めておいた。

 ルル姉もフッと柔らかく笑った。そんなルル姉に思い切り飛びつく一人の少女が。

 「……ルルぅぅ!」
 「うおっ!クレア!」

 クレアがその双眸から溢れんばかりの涙を流しながら、ルル姉に抱き着く。肩に顔をうずめて泣き声を上げる。彼女が来てくれていなかったら、僕達もこうして話す事さえ出来なかった。本当に、クレアには助けられた。

 「心配っ…したんですよ!」
 「………ああ」
 「いなくなってしまったらって思って怖かったんですよ!」
 「ああ」
 「何で何も言ってくれなかったんですか!」
 「悪い」
 「本当に……無事で良かった……」
 「ああ……」

 ルル姉が優しくクレアの頭を撫でる。その様子を見るならば彼女達は姉妹にも見える。なんだか僕の知らない間に、ルル姉達は随分と仲良くなっていたみたいだ。

 静まりかえる森に、クレアの泣き声が響く。その声を聞きながら、僕は青空を仰いでもう一度深呼吸をした。

◆◆◆

 泣き止んだクレアから、ここまでの経緯を聞いた。

 全ては友達のルル姉を助ける為だけに駆けつけたという。その為だけに、そう言ってしまうのは簡単だが、家からそして村から一歩踏み出すのは、とても勇気が必要だった事だろう。それを可能にしたのは二人の友情だったのだ。因みに、僕の事は完全に頭になかったようです。

 そしてクレアが【慈愛の勇者】である事を知った。そして樹木や地面がその形状を変化させたのが彼女のスキルだという事も。彼女はスキルの説明をスリプスの村の神父から聞いた事があったらしく、今までに数回使った事もあったらしい。とことんうちの村の村長の駄目さが目立つ。しっかりしてくれよ村長。

 「【癒やしの光】を……」
 「凄い…傷も塞がってるし、なんだか身体も軽くなってる気がする」

 ボロボロだった僕をクレアはスキルを使って直してくれた。彼女はどうやら幾つかスキルを作っていたようだ。そのおかげで、今の僕達は生きる事が出来ている。

 傷も治り、落ち着いた僕達はスリプスの村へと戻って行った。

◆◆◆

 村に戻った僕達は待ち構えていた村人達にものすごい歓待を受けた。クレアが、僕達が死の牙デスファング討伐に赴いたと推測を立てて家を飛び出す際、デイブさんも同じ結論に辿り着いて、村人達に話を通していたというのだ。どうりで村人皆武装している訳だ。これから加勢しにきてくれるつもりだったのだろう。

 村人達は、僕達が無事に帰ってきてくれた事を喜んでくれていた。僕とルル姉もその優しさにホロリと涙が零れそうになる。こういう村の温かさというのも僕達の村とそっくりだ。

 だけど、その温かさをゆっくりと感じている暇は無い。今の僕はクレアとルル姉に両側を固められ、肩を支えてもらっている状態だ。身体の傷はなくなったけれど、疲労までは取れず、僕はデイブさんの家につくなり泥のように眠ってしまっていた。 

◆◆◆

 翌朝、この村で最後の朝食を食べる。昨日は夕食も食べすに眠ってしまったので、お腹がとても空いていた。もぐもぐとよく噛んで食べる。

 四人での食卓。唐突にクレアが椅子から立ち上がった。

 「お父さん。私…旅に出ます!」
 「………そうか」

 デイブさんはクレアのその発言に予想がついていたのか、静かに頷いた。

 「気をつけるんだぞ」
 「わかってます。私一人での旅じゃないんです。ルルが……それにタクトもいます」

 初めて僕の名前を呼んでくれた気がする。少し嬉しい。

 デイブさんはその言葉を聞いた後、僕とルル姉に向かって頭を下げた。

 「娘を……どうか頼む」
 「頼まれた」

 ルル姉が堂々と答えた。デイブさんが顔を上げて、笑顔を見せる。それにつられて僕達も笑った。最後の食卓は、笑顔で溢れていた。
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