ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第二章 引きこもりの少女

24 決戦、死の牙 後編

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 何度も何度も短剣を死の牙デスファングの分厚い皮膚へと突き刺した。気持ちの悪い感触が剣から伝わる。しかし、それくらいでは大猪はビクともしない。ただただ、狙いをルル姉へと定めて、今にも殺さんとして数歩下がる。

 「ルル姉ぇぇぇぇ!!避けろぉぉぉおお!!」

 ルル姉は広場の外に出て、木々に身を潜めながら弓矢を放っていた。だが、身を隠す為の木々は逃げる際には酷く邪魔となる。

 避けられない。間に合わない。このままでは、ルル姉は有無を言わさず殺されてしまう。

 それだけは、させない。僕は短剣を死の牙デスファングに突き刺したまま、奴の正面へと移動し、両手を広げて立ち塞がりる。視線が激しくぶつかり合う。

 瞬間、思い返されるのは初めてこの大猪と出逢った時の事。【危機予知】で見た可能性の中だけとはいえ、僕はコイツの突進になす術無く吹き飛ばされた。あの時感じた痛みが再び僕を襲う。あんな痛みを体験するのもさせるのもゴメンだ。

 あの時の僕に何があったらあんな目に合わないのだろう。あの時の僕には何が足りなかったのだろう。自分で自分に問いかける。……いや、答えなんて既に出ていた。ただ単純に、力が足りなかったのだ。

 だから僕は力を欲した。この大猪に負けないだけの力を。ルル姉を守る事の出来る力を。

 胸元の輝石が、自ら発光しているかのようにその輝きを増す。眩い光は僕を優しく包み込んだ。まるで自分とは別の何かが流れ込んでいる感覚を得た。直感的に、どうなっているのかを悟る。

 そうか、これが、そうなんだ。

 「【勇者招来】」

 僕がそう呟くのと、死の牙デスファングが突進してくるのは同時だった。ドンッ!と僕と奴とがぶつかる音が響く。

 「ブルルルルル……!!」

 大猪が驚愕隠せないように鼻息を荒くした。それもそうだろう。たかが人間が、今まで何人も殺して来たゴミ同然の人間が

 「うぐぐぐぐぐ…!!」

 僕は両手で奴の牙を一本ずつ握って、突進に抗っていた。というかこんな状況に一番驚いているのは僕だろう。まさか、死の牙デスファングとほぼ互角の力を出せるなんて思ってもいなかった。

 勿論、これは僕の純粋な力ではない。

 ハイスキル【勇者招来】により、今の僕は

 想い描いたのは、力。その想いを受けて発動した【勇者招来】が呼び出した勇者は、【始まりの七人】が一人━━━━【力の勇者】。

 人類最古の勇者であり、人類史上最大の力を持っていた勇者の性能が、今の僕に付与されていた。

 「いか……せない…!!」

 両足が地面にめり込む。死の牙デスファングは突進の力を緩めるどころか、僕を吹き飛ばそうとして更に力を込めてくる。押し負けそうになるけれど、僕も負けじと押し返す。

 メキメキメキ…と僕の腕から嫌な音が聞こえてくる。僕の腕が、僕の体が【力の勇者】に変わった訳ではない。【勇者招来】とはあくまで勇者の性能を付与させるだけハイスキル。僕の体は、限界以上の力を得て、その膨大さに耐えられていないのだ。

 (身の丈に合わない力を得ると、身は滅びていくって訳だ……!でも、もう少しだけ耐えてくれ…!!)

 体中が激痛に苛まれる。苦痛に顔が歪む。しかし、一瞬でも気を抜いてしまえば僕達はそこで終わりだ。僕は歯を食いしばって一歩分押し返す。

 死の牙デスファングも思いっきり力を込めてくる。腕が悲鳴を上げている。今すぐ泣きたくなりそうだけど無理矢理笑顔を作って大猪を至近距離で睨んでやった。

 そして僕の視線は奴の核に移る。僕の頭と同じくらい大きな黒い魔力核の表面には、こちらに手をかざすルル姉の姿が反射して写っていた。

 「あと十秒耐えとけタクト!!」
 「任せた……からね!」

 僕は気合いを入れ直して、大猪との力比べを再開する。

◆◆◆

 ルルは深呼吸をする。

 もしかしたら死んでいたかもしれない窮地を、タクトがなんとかしてくれた。これが彼のハイスキル【勇者招来】の力なのだろう。死を回避出来たこの状況は、これまでに無い好機でもあった。

 タクトと大猪の力は、今の所拮抗している。お互い全力を出している為、他に注意を向ける事も出来ず、力を緩める事も出来ない。

 キラリと死の牙デスファングの額の核が太陽を反射して輝く。今が千載一遇の好機。剥き出しになった核を、今なら攻撃出来る。

 ただ、通常の武器では意味が無い。生半可な威力では大猪の核に傷一つつける事も叶わない。打つ手は無いと、常人ならば思う事だろう。しかしルルは常人などではなく、選ばれた勇者なのだ。

 「普通の武器じゃ効かねぇんなら、普通じゃない攻撃って奴を見せてやるよ!!力を貸しやがれ神様!」

 右手を前方に翳して、左手で胸元の輝石を握りしめる。左手からこぼれた青い光が、ルルの右手へと収束していく。そして光はやがて細長い棒状の武器へと形を変えていく。

 あともう少し、もう少しでその武器は完全に形造られる。だが、運命はそれを許さない。

 「ぐっ………、うわぁぁあ!!!」

 拮抗していた力が遂に揺らぐ。軍配が上がったのは死の牙デスファングであった。タクトが横に薙ぎ払われる。受け身も取れず、転がされる少年を見て、ルルは歯噛みする。

 タクトは良く耐えてくれた。実際には十秒などとうに超えている。しかしそれでも僅かな勝機の為に、彼は自分の身を犠牲にしてまで時間を稼いでくれていたのだ。

 だが、間に合わなかった。ほんの僅かに、ルルが【スキル】を発動し終えるには足りなかった。

 障害を無くした大猪は、再びルルめがけて迫ってくる。

 もう駄目かと、自分の死をルルが覚悟したその時━━━━

 「そんな事、させませんからぁ!!」

 辺りの樹木や大地が一瞬揺れ動いたかと思うと、その形状を変えてまるで縄の様に大猪を縛りつけた。

 「グガァァァァアアア!!」

 死の牙デスファングは無数に生み出された自然の縄によってその動きを封じられていた。樹木が地面が、決して離すまいとして大猪に絡みつく。

 ルルは声のした方を向いた。

 「オマエ……どうして」

 そこに居たのは、灼熱の様な赤色に輝く輝石を持つ少女。腰まで伸ばした銀髪に、瞳は輝石と同じ赤色。幼い頃に殺意を浴びて、恐怖を覚えて村から出られなくなってしまった少女。勇者に選ばれてからは、死の恐怖に怯えて家からも出られなかった少女が、息荒くしてそこには立っていた。

 その少女の名は━━━クレア。
 【慈愛の勇者】として神に選定された彼女のスキルは、愛を注いだ対象を彼女の意思のままに操れるという強力無比なものである。そのスキルを使用して、大猪を足止めしているクレアは再び叫ぶ。

 「長くは保てません!だから早く!」
 「……ああ!」

 ルルは死の牙デスファングに向き直る。そして魔力を練り上げて、ただ一つの武器を造り上げる。

 「グガァァァァアアア!!」

 大猪が叫びと共に、その体に巻き付いていた戒めを解く。その魔物の瞳に映るのはただ一人。彼女を殺せば、自分は助かる━━!

 本能に身を任せた突進は、桁違いの速度でルルへと放たれた。だが、

 「もう、遅ぇよ」

 彼女の右手には、青く輝く槍が握られていた。神の魔力と彼女の魔力を練り合わせた、この世で彼女にしか造れない、神へと至る武器。

 ルルはその槍を思い切り振り上げた。

 「【ブリューナク】!!」

 彼女はスキルを名を呼んだ。それと同時に放たれた槍は、稲妻の如く速度を持って大猪へと飛来して、

 その核を打ち砕いた。
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