ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第二章 引きこもりの少女

23 決戦、死の牙 前編

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 「決戦開始といきますか!!」

 開戦の矢が放たれる。

 死の牙デスファングはそれを避けようともせずに近づいてくる。そして矢は見事、奴の核へと命中した。

 が、ガキンッ!という音と共に弾き飛ばされていた。

 「なんつー硬さだよ……」

 ルル姉が引きつった笑い方をする。

 全ての魔物達の生命源。魔力の【核】。これを破壊されると魔物達は、一瞬にして生命維持の機能が停止する。その為、核は魔物の弱点と言い換えてもいい。だが、その核には厄介な点もある。それは、その魔物が有する魔力量が多ければ多い程、核の硬度が上昇するのだ。

 スライムやサカナンなどの低級魔物ぐらいなら、闘い方を知らなくても核を狙えば倒せる相手だ。しかしこれが上級の魔物になると話が変わってくる。素人同然の僕達が放つ攻撃は、おそらく核に傷一つ残す事なんて出来やしない。

 大猪がようやっと広場の中へと足を踏み入れた。太陽の元にさらけ出されたその巨体は、恐怖を煽るには十分すぎる。

 何も出来ずに逃げた数日前を思い出す。あの時から、劇的な成長はしていない。けれども、少しは変わっている。スキルを知ってハイスキルを学んだ。何も無抵抗でやられる事は絶対にしない。

 僕は大きく息を吸う。

 「すぅー………ハァッ!」

 そして息を吐くと同時に死の牙デスファングめがけて突っ込んで行った。視界の端でルル姉が後方に下がったのを確認する。

 今回の戦闘では、ルル姉が重要となる。死の牙デスファングの核の位置は、ヤツの目と目の間の少し上、僕が腕を伸ばしてギリギリ届くかもしれない額に埋まっている。だから、ルル姉の遠距離射撃が僕達の有する勝利への道筋だ。

 僕が正面から向かって行くとなると、速攻で薙ぎ倒されるだろう。だから僕は今回、囮役だ。大猪の注意がルル姉の方へ行かないように、必死にこちらへ注意を向ける。

 正直とても危険な役割だ。でも僕は止めない。

 僕が走り出しても【危機予知】は、まだ発動していない。なら、この行動は間違ってないって事だ!

 死の牙デスファングの前足をすれ違いざまに斬りつける。グッ、と反発してくる肉の感触。短剣が弾き飛ばされそうになるが、僕も力を込めて思い切り振り抜く。

 「グゥアアアア!!」

 ズパッと鮮血が飛び散る。大猪がたまらず悲鳴を上げた。

 僕は攻撃の手を休める事なく、何度も何度も大猪の体に新たな傷跡を創っていく。その度に血が舞い、辺りを赤く染め上げていく。

 死の牙デスファングがこちらを向いて、数歩下がった。

 「ルル姉今どこ!!」
 「安心しろ!こっちだ!!」

 ルル姉の声は大猪の後方から聞こえた。なら大丈夫だろう。僕はその思考と共に大きく横っ飛びする。

 僕が先程まで立っていた場所をえぐる、弾丸の如き巨体が通り過ぎていく。大猪は突っ込んで行ったその先の木々を数本破壊してピタリと止まった。

 僕は考えていた事が間違っていない事に安堵の溜息をつく。死の牙デスファングは、やっぱり。あの巨体に惑わされがちだが、普通の猪と何ら変わりはない。ただ真っ直ぐ突っ込むだけの愚直な弾丸だ。

 死の牙デスファングが、ゆっくりとこちらを振り向く。その額に再びガキン!と矢が放たれていた。

 大猪が矢の飛んできた方向を見ようとする前に僕がその反対側へと周り、奴の体を斬りつける。たちまち大猪の注意は僕を向く。頭を大きく振るって、牙で薙ぎ倒そうとしてくるが、奴の後方に周って何度も斬りつける。それを幾度も繰り返していくと、死の牙デスファングからは明らかな苛立ちを感じられた。

 大猪が僕めがけて牙を突き上げて来た。ギリギリで避けられる、そう思った時、矢が核へと再び直撃する。死の牙デスファングは矢の飛来してきた方へ視線を向ける。だから僕はまた注意を逸らす為に斬りつけた。

 だが、死の牙デスファングの視線は動かない。自分の核を狙わんとする狙撃手に、その視線は注がれていた。

 「………ちょっと待てよ」

 僅かな焦りが僕を動かす。これまで以上の速度をもって、奴を斬りつける。まさかやめろそうはさせない。嫌な予感が僕の頭を埋め尽くす。

 大猪が数歩下がる。突進攻撃だ。狙いは僕じゃなく、確実にルル姉だ。

 「くっそ!!」

 僕は短剣を巨体の横腹へと突き刺す。噴水の様に吹き出す鮮血。しかし奴はそれを気にも留めない。おそらく、脅威度が僕よりルル姉の方が高いと理解したのだろう。核を破壊しない限り、魔物は生命が止まる事がない。体を流れる血液はただの飾り、いくら流れようと生命の危険には至らない。

 「こっちだ!こっちを向け!!」

 何度も何度も短剣を突き刺す。しかし死の牙デスファングの狙いは変わらない。

 僕は彼女のいる方向へと思い切り声を上げた。

 「ルル姉ぇぇぇぇ!!!!避けろぉぉぉおお!!」

 無慈悲な弾丸は、勇者を殺さんとする為にその身を放った。
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