ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第二章 引きこもりの少女

13 神様再び

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 何も買うことなく、僕は数十分程ぶらぶらとスリプスの村市場を見て歩いていた。見れば見るほどとことん雰囲気が僕達の村とそっくりである。ついつい故郷を思い出してホロリと涙を流しそうになった。まだ出発して一日も経ってないんだ。流石に泣くのは早すぎる。

 しかし、売っている作物も大体同じ物ばかりだ。この村で売っている物の大半は僕達の村でも購入する事が出来るものばかりである。まぁは売ってなさそうだけれど。

 「うぎゃァァァ!!」

 売ってたわ。普通に声が聞こえちゃった。

 すぐそばの店から馴染みの叫び声が聞こえてしまったので、顔を出さずにはいられなくなった。どうやらここは果物屋の様だ。色とりどりの果実がところ狭しと店頭に並べられている。表面には水滴が滴っており、それがまた果実の美味しさを表現している様でもあった。

 お姉さんの所のリンゴも美味しかったけれど、ここのお店の果物も負けず劣らず美味しそうである。そんな美味しそうな果物の中、ど真ん中に明らかな異物が存在していた。

 ご存知マンドラゴラである。ていうかマンドラゴラってこの村じゃ果物扱いなのね。僕の村では八百屋に並べられていたから、こいつは割りと曖昧な食べ物なのだろう。

 相変わらず猿轡をされたままジタバタと暴れている。殺意の瞳も変わらない。

 お店の奥から店主さんがやってきた。

 「よう旅人さん!そいつが気になるたぁお目が高い!そいつは今朝捕まえたばかりの新鮮なマンドラゴラだ!刺し身も良いが俺としちゃ煮物をオススメするね!どうだい、一つ買ってくかい?」

 捕まえたって……こいつ植物だよな?一体どんな栽培方法をしているのやら。

 疑問は尽きないが、マンドラゴラは丁重にお断りして僕は市場を後にした。

◆◆◆

 気がつけば辺りは一面茜色だ。昼間あんなにも高かった太陽は段々とその姿を隠してきている。

 デイブさんの家に戻ると、居間には誰の姿も見えなかった。

 「デイブさん、出かけたのかな?ルル姉も見えないし」

 そう呟くと、その声に反応があった。

 「よう、帰ってきたか」
 「うん。今戻ってきたよ……って何その格好」

 台所の方からルル姉の声が聞こえて、足音が玄関にまでやってくる。

 あくまでこの家には滞在させてもらっているだけなので、ただいまと言うべきか悩んだ結果、戻ったよと言ったのだが、それよりルル姉の姿に驚いた。

 「どうだ、似合うか?できる嫁みたいだろ」

 ルル姉は花柄のエプロンを着けて、右手にお玉を持っていた。そしてその場でクルッとターン。ふわりと舞う短めの黒髪。ルル姉に意外と花柄エプロンは似合っていた。

 だけど悲しいかな。ルル姉がエプロン着けていたとしても、それは決してできる嫁ではなくお手伝いを頑張る子供にしか見えない。 

 ちょこんと腰に手を当ててフンスと鼻息を鳴らしてドヤ顔のルル姉にパチパチと拍手を送る。

 奥からデイブさんも続けてやってきた。

 「やぁおかえりタクトくん。今、ルルちゃんと晩御飯の支度をしていたんだ。ささ、早く上がって」
 「はい、お邪魔します」
 「あー違う違う」
 「え?」

 何か間違った事をしてしまったのだろうか。この村では家に上がるときのしきたりでも存在感するのだろうか。謎の指摘を受けて僕は玄関で固まった。

 するとデイブさんは微笑んで、

 「家に帰ったときは、ただいまだ」

 そう言ってくれた。

 戸惑った僕は少し苦笑いで応えた。

 「ただいま」

 僕達はこの家の住民ではない。この村の住民ですらない。それでも僕達を迎え入れて、この家を帰る場所だと言ってくれるデイブさんは、とても心優しい人物なんだ。そう思った。

 グゥ…とお腹が空腹を告げる。それに三人で笑って、僕達は夕食を食べる事にした。

 今日の献立は、米粉で作られたパンにコーンスープ、それに豚肉と野菜の炒め物だった。

 同じメニューをお盆に載せて、デイブさんはクレアのいる二階へと向かっていった。引きこもりとは言っても、ご飯はちゃんと食べるし、お風呂もしっかり入っているとの事。しかし家からは出たがらない。

 僕達もついて行くべきだったのだろうけど、ルル姉が早く食べろと急かすので、デイブさんに断ってから二人で夕食を食べている。

 ………………うん。美味しい。温かみのある家庭の味だ。

 「ルル姉はどの料理を作ったの?コーンスープ?」

 先程見たルル姉がお玉を持っていたので、そう尋ねた。

 「いや、野菜を洗っただけだな」

 何も作っていなかった。お玉関係ねぇ。

 「アタシこれまで料理とか作ったこと無いんだよな。どうやったらあんな野菜とかから、こんなにも美味いご飯が出来上がるのやら」
 「ルル姉、料理したことなかったんだ………。旅の途中で野宿とかする時どうするつもりだったのさ」
 「その時はオマエがいるだろ」

 ルル姉は何事も無いようにズズッとスープをすする。簡単に言ってくれる。僕だってそんなに料理は得意な訳じゃないのだ。

 暫くするとデイブさんが空の食器をお盆に載せて戻って来た。クレアが食べ終わるまで待っていたのだろう。本当にこの人は優しい。

 「すいませんデイブさん。先に食べ終わっちゃいました」
 「いいんだいいんだ、お腹もすいていたんだろう。君達くらいの年頃は沢山食べないといけないしね」

 テキパキとクレアが使用した食器を片付けて、自分の夕食を食べ始めた。

 「もう夜になってしまったけれど、これから何か予定はあるのかい?寝具は準備してあるから、もう寝てしまっても構わないけど」

 デイブさんがそう尋ねてきたので、僕はある事を思い出す。それは昼間の森での事。僕が殺される可能性を見た、あの不思議な現象の事を。

 アレは一体何だったのか。わからないなら神様に聞けばいい。神様がこの世で知らない事は殆どないだろうから。

 ということでその事をルル姉にも話して、二人で教会に行くことにした。

 デイブさんから教会の場所を教えてもらい、僕達は辺りが静まった外へと足を踏み出した。

◆◆◆

 村の中央にあるという教会にはあっという間に到着した。デイブさんの家から教会までの距離が短かったのもあるが、この村の教会が割りと大きな建物で目立ちやすかったので、迷わずに到着できた。

 「失礼するぞ」

 そう言い放ってルル姉が教会の扉を開け放つ。祭壇にはこの村の神父が立っていたのだが、突然の訪問に肩をビクッと揺らしていた。

 「……こんな夜にどうしましたか?」
 「ちょっくら神様に聞きたい事があるんでね。今、神様と連絡出来るのか?」

 キラリと胸元の輝石を持ち上げながらルル姉は神父に尋ねた。輝石を見た神父は一瞬驚きに目を見開いたが、直ぐに頷いてくれる。

 「わかりました、勇者様の頼みとあれば。しばしお待ち下さい」

 そう言った神父は祭壇後ろにある魔水晶と向き合う。そして僕達に聞こえない程度の声で何かを唱え始めた。アレが神様を呼ぶ儀式なのだろうか。勇者に選ばれるまで、ろくに教会に通った事がなかったのでさっぱりである。

 ルル姉と二人、祭壇の近くまで歩み寄る。暫く待っていると、魔水晶に波紋が立ち始めた。

 波紋の感覚は段々と短くなり、魔水晶の表面が波紋で見えなくなる。

 「お待たせしました……ではどうぞ」

 神父がそう言って僕達を魔水晶の前へと促す。それに従って、魔水晶の前で二人並ぶと波紋が収まった。そして魔水晶には、神様が現れていた。

 「久しぶりだな、少年達よ。何か私に聞きたい事があるそうじゃないか」

 どうやら神父は僕達の用件をざっくりと神様に伝えておいてくれたらしい。おかげで話が早い。

 「実は神様、僕は自分が死ぬ【可能性】を見ました」

 それから昼間に体験した出来事を語る。森で死の牙デスファングと呼ばれる大猪に出会った事。視線が合った次の瞬間、殺された事。しかしそれは現実では無く僕達は傷一つ負っていなかった事。そして僕が【可能性の勇者】であるから、この現象は僕の能力であり、ではないかと推測した事。全てを話した。

 それを黙って聞いていた神様はやがて口を開く。

 「それはただの【スキル】なんだが」
 「は?」
 「スキル……ですか?」

 神様相手にも態度を変えないルル姉に冷や汗を流しながら、僕は神様に尋ねる。何なんだろうスキルとは。村長からも聞いた事が無い単語に疑問が生じる。

 すると神様は首を傾げる。

 「ああ、流石にただの人のままで私と闘わせるのは可哀想だということで、選定された勇者にはそれぞれ固有の【スキル】を与えてあるのだが………神父から教えてもらっていなかったのか?」

 そんな事、初耳だ。村長はスキルがあるだなんて一言も口にしていなかったぞ。

 村長への怒りが沸々ふつふつと沸き上がってきたが、それ以上に興味が湧いた。僕達の命を救ってくれたであろう【スキル】。それが全ての勇者に与えられているなんて。

 気にならない訳がない━━━━!

 僕の感情の昂りを読み取ったのか、神様はニヤリと笑っていた。

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