ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第二章 引きこもりの少女

11 引きこもりの勇者

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 森を抜けても、僕の恐怖が薄れる事はなかった。むしろ開けた場所にでて視界を確保出来たことにより、隠れる場所も無い事に恐怖し、走り続けていた。

 ペースも無茶苦茶で、走る格好も無様なはずだ。それでも僕とルル姉は走り続けた。

 「なぁッ……!おい!………アレ!」

 息も切れ切れなルル姉の声が聞こえる。隣を走っているはずなのにやけに遠く聞こえる。ていうかなんだ「なぁおいアレ」って。主語ぐらい入れたらどうなの?

 そんなツッコミを入れる前にコケた。

 そりゃ盛大にコケた。だいぶ疲れていたのだろう。綺麗に足がもつれていた。

 仰向けになって荒い呼吸を繰り返す。ルル姉も手を膝に付いて呼吸を整えていた。

 空が青いな。ぼやーっとした脳みそではそのくらいしか考える事が出来ない。ただ吹く風の気持ち良さを感じるくらいしか出来ない。

 「ほら、タクト。アレ見てみろ…!」

 ルル姉が僕の顔を覗き込む様にして見てくる。どうやらどこかを指差している様だ。青空は見る事が出来なくなったが、おかげで太陽の日差しからは逃げる事が出来ていた。

 仰向けのままルル姉の示した方向に顔を向ける。示した方向は僕の頭の先だったので、グググッと海老反りにも似たような体勢になってしまった。

 「………………あ」

 見えた。上下が反転した視界で捉えたのは、僕達が目的としていた地。僕達と同じ勇者が選ばれたというスリプスの村だった。

◆◆◆

 「ここがスリプスか」

 村の入り口にまでやって来た僕達は、ひどいくらいの既視感を覚えていた。

 僕達の村に似すぎている。造りがとか住んでいる人が、とかではなく。村全体の雰囲気が。王都や町に比べたら規模も小さいし、発展もしていない。けれども、村人は決して少なくはなく、村人同士での自給自足が成り立っている。村に住んでいる人は全員顔見知りで家族みたいな感じ。

 簡単に言えば、村の温かさって奴がそっくりだ。

 なんだか里帰りの気分でスリプスの村へと二人で入っていった。

 村の入り口すぐに市場があったので、とりあえず買い物でもしようとよってみる。すると店番をしていた若いお姉さんから話しかけられた。

 「あんた達まさか勇者かい?」

 一目見てわかるのこのお姉さん!?凄いな!なんて驚愕してしまったのだけれど、よくよく考えると勇者の証明である輝石が僕達の首からぶら下がっているのだった。

 しかし、輝石を見るだけでよく勇者だと分かったものだ。このお姉さん、実は神官でもやっていたのだろうか。

 「確かにアタシ達は勇者だが、よく分かったな」
 「そりゃ首からそんな綺麗な石を下げてればわかるさ」
 「偽物かもしれないだろ?もしくはただのアクセサリーかも知れない」

 それはない、とばかりにお姉さんは笑いながら顔の前で手を横に振った。

 「だって私も見た事あるからねその輝石。ウチの村の勇者様が色は違うけど同じヤツを持ってたよ」

 お姉さんのその言葉に、僕達は顔を見合わせた。やっぱりこの村に勇者がいたのだ。その勇者の事を知るべく、お姉さんに尋ねた。

 「その勇者と会えますか!?」
 「ああ、まだこの村にいるからね。アンタ達が訪ねてきたって事は勇者を集めて旅してる途中なんだろ?」
 「そうだな。さっさと勇者七人集めて討神祭に挑む為に色々と話し合っときたい事があるんだよ」

 お姉さんの察しが早くて助かる。出発してまだ一日目。先程、死にそうにも……ていうか死ぬ可能性を見てきてしまったけれどもこんなにも早く勇者を見つける事が出来るなんて、幸先の良いスタートと言えるだろう。

 しかし、何故だかお姉さんは渋い顔をしていた。

 「まぁ…会う事は出来るだろうけどね」
 「………………それはつまり?」
 「あの子の家の場所は教えるよ。詳しい事はあの子自身に聞いておくれ。私達には到底説得は出来なかったんだけど」
 「説得?」

 何の為の説得なんだろう。とりあえず勇者の自宅の場所を教えてもらい、お姉さんと別れを告げた後、僕達は勇者の自宅へと向かった。

 ついでにお姉さんの店でリンゴを二つ頂いた。みずみずしく歯ごたえも十分でとても美味しかった。

 お姉さんに教えてもらった所までくると、普通の家があった。僕とルル姉の家ともそこまで大差はない。なんだか友達の家に遊びに行く感覚だ。

 いきなり入るのは流石に失礼なので、コンコンとノック。ルル姉と二人並んで反応を待つ。暫くすると扉が開いて、男性が顔を現した。

 「あの……どちら様でしょうか」
 「アタシ達は勇者だ」

 大人相手にも態度を変える事なく言い放つルル姉にまぁ通常運転だな、と思う。それにこの男性が勇者だったとしたら、対等であろうとするルル姉の態度は正しいものかもしれない。しかし男性はどうやら勇者ではなかった様だ。

 「君達も勇者なのか!そうかそうか……とりあえず中に入ってくれ」

 僕達の輝石を見るなり表情を変えて家の中に招き入れてくれる。

 「ああ、名乗り忘れていたね。私はデイブ。君達が用があるのは娘だろ?」

 どうやら次なる勇者は女の子のようだ。彼女を加えて旅をするとなると男女比、一対ニか。

 そんな事を考えているとルル姉に足を思いっ切り踏まれた。何故だろう、下心満載の考えでも読まれたのかな。

 お邪魔しますと断って、僕達も男性━━━デイブさんの後について家に入った。

 そのまま僕達は娘さんの部屋だという二階へ。その間にデイブさんから娘さんの話を聞かせてもらっていた。

 名前はクレア。年は僕と同じ十六。銀髪で腰まである長髪なのだそうだ。勇者の輝石は燃え盛る炎のごとし赤色。やはり店番のお姉さんと同じで、デイブさんが僕達を勇者だと信じてくれたのは娘さんであるクレアの輝石を見た事があったからだという。

 「君達が来てくれて助かったよ。そろそろ私の手に余る事態になりそうだったから」
 「娘さんに何かあったんですか?」
 「いいや。何もないのだが………おっとここだ」

 僕達はピタリと二階のある一室の前で止まった。ここが娘さんの部屋なのだろう。デイブさんは室内に声をかけた。

 「クレアー他の勇者が二人も来てくれたぞー。二人共お前と同じくらいの年なんだそうだー。一人は男の子でもう一人は女の子だぞー」

 扉越しじゃなく、直接話せばいいのに。そう思った直後━━━━

 「そんな事言われても出ませんよ」

 透き通る鈴の様な声が聞こえた。ただ、クレアであろうその声ははっきりと拒絶を口にしていた。

 「なぁ…これってどういう事だ?」
 「ご覧の通り、娘は引きこもりなんだ……」
 「誤解を招く言い方はよしてください」

 ピシャリとデイブさんの言葉に訂正が入れられた。

 「私だって好きで引きこもっている訳じゃありません。ただ、勇者に選ばれたから引きこもっているのです」
 「ええっと、つまり?」
 「私は闘うなんてごめんです。討神祭など論外です。討神祭が終わるまで、この家から一歩も出る気はありませんよ」

 衝撃すぎる発言だ。危うく「ええええええええ!!」と叫びそうになったのだけれど、人の家だということを思い出して必死に堪えた。ルル姉も素っ頓狂な顔をしている。

 デイブさんは済まなさそうな顔で僕達に手を合わせた。

 「娘は勇者に選ばれてから毎日この調子なんだ。だから頼む!どうか娘を、クレアを外に連れ出してやってくれ!同じ勇者である君達だからこそ、娘と同じ境遇の君達だからこそ頼めることなんだ!」

 僕とルル姉は顔を見合わせる。

 まさか、引きこもりが勇者だなんて想像すらしていなかった。
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