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第二章 引きこもりの少女
10 可能性が救った未来
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「………ト。………クト」
思考に霧がかかったみたいだ。上手く頭が働かない。
ぐわんぐわんと酷い頭痛が僕を苛む。
意識が上手くまとまっていない。
今の僕は一体、生きているか━━━━
「タクト!」
ルル姉の小さな叫びに、意識が引き戻された。僕を見つめるルル姉の表情には呆れが見て取れた。
「何ボーッとしてやがんだ。目の前に死の牙が居るってのにお気楽なもんだな」
「………………そうだ」
「あぁ?何がそうだ、だよ。道中頭でもぶつけてきたか?」
今はルル姉の言葉は聞き取れない。恐ろしく忘れられない体験が僕の頭によぎっていた。
確かに僕はさっき死んだ。あの痛みが偽物だなんて到底思えない。でも僕は現に今、生きている。
何だったんだ、あの出来事は。まるで有りもしない未来の可能性を見ているかの様だった。
いつの間にか視界はクリアになっていた。だが、その事に喜んではいられない。僕は広場に佇む大猪の視線とバッチリ合ってしまっていたからだ。
体から熱が引いていく。動機は速まる一方で、呼吸も浅くなってきた。
またか。また僕は死ぬのか。
そう思っていたのだけれど、予想に反して大猪は鼻息をブルッ!と鳴らしただけで、再び前を向いた。
見逃されたのか………いや、単に気が付かなかっただけかもしれない。
「今がチャンスじゃねぇのかアレ」
「………………どういう事?」
「あのデカブツ、まだ動く気配がねぇ。だったらその間にぐるっと周り込んで額の核を撃ち抜けるじゃないのか?」
ルル姉は言うが早いか、弓矢を持ってサッと立ち上がる。だがそれの動作、途中で止まる。僕がルル姉の腕を掴んでいたからだ。
「なんだタクト。まさかビビってんのか?」
「駄目だよ……」
「はぁ?何が駄目だってんだ」
「とにかく駄目だ。早く逃げよう」
そう言って、僕はルル姉の腕を引いて出来るだけ音を立てずに来た道を引き返す。
「なっ…!おい離せ!あの死の牙を仕留められるチャンスかもしれないんだぞ!」
「無理だよ。そんな事する前に僕達は死ぬ。殺される。そりゃもう呆気なくね」
「………どうしたタクト。オマエ何があった………………」
「【可能性】を見た」
「可能性、だと?」
いつの間にか歩きから走りに切り替わっていたけれど、気にせずそのまま進んだ。ルル姉も鬼気迫った僕を見て、ただ事じゃないと判断し付いてきてくれる。
「僕が死ぬ【可能性】だよ。本当に呆気なかった」
僕は先程見た光景をルル姉に説明する。
大猪と視線がぶつかり、突進を受け、両腕はボロボロになり、最後は牙で腹を貫かれた、その光景を。
だが、実際の僕には何も起こっていない。大猪と視線が合っても、突進されなかったのだ。この現象、普段の僕に起こったものなら、慌てて取り乱すぐらいはするだろう。ルル姉も鼻で笑って真面目に取り合おうともしないはずだ。
でも、そうはならない。今の僕には、その現象が真実だと証明するだけの肩書がある。
「未来予知にも似たその現象がオマエの…【可能性の勇者】の能力って事なのか……?」
「確信は持てないけど、多分そうだと思う」
ただ幾らか疑問を持つ点もある。
僕は確かに【可能性の勇者】だが、神様に言われたのは『君には無限の可能性が広がっている』だ。その言葉と、さっきの現象…もとい能力はあまり合致していない。こんな能力があるのなら『君には可能性を見る事が出来る』なんて言ってくれてもいいものだ。
それに僕にそんな能力があったなんて事も知らなかった。あったのなら何故今まで発動しなかったのか、発動の鍵は一体何なのか。
そして最後に、【可能性】の中での僕と、【可能性】を見た後での僕とでは、あまり行動を変えていないにも関わらず、結果があんなにも違っていたのか。
色々な疑問が頭の中をよぎっていた。が、今はとにかく逃げる事で精一杯だ。
村長からは背中を見せずに隠れてやり過ごせ、なんて言われてたけどあまり意味がないではないか。死ぬ時は死ぬんだ。だったらせめて逃げさせろ!
気づくと僕もルル姉も全力疾走だった。ただあの脅威から少しでも遠ざかりたい一心で。
いつしか森には光が多く入り込むようになり、
「………ハアッ、ハアッ!」
「ぬ、抜けられた……?」
「みたいだな……」
僕達は永遠のようにも思えた森を抜けていた。
思考に霧がかかったみたいだ。上手く頭が働かない。
ぐわんぐわんと酷い頭痛が僕を苛む。
意識が上手くまとまっていない。
今の僕は一体、生きているか━━━━
「タクト!」
ルル姉の小さな叫びに、意識が引き戻された。僕を見つめるルル姉の表情には呆れが見て取れた。
「何ボーッとしてやがんだ。目の前に死の牙が居るってのにお気楽なもんだな」
「………………そうだ」
「あぁ?何がそうだ、だよ。道中頭でもぶつけてきたか?」
今はルル姉の言葉は聞き取れない。恐ろしく忘れられない体験が僕の頭によぎっていた。
確かに僕はさっき死んだ。あの痛みが偽物だなんて到底思えない。でも僕は現に今、生きている。
何だったんだ、あの出来事は。まるで有りもしない未来の可能性を見ているかの様だった。
いつの間にか視界はクリアになっていた。だが、その事に喜んではいられない。僕は広場に佇む大猪の視線とバッチリ合ってしまっていたからだ。
体から熱が引いていく。動機は速まる一方で、呼吸も浅くなってきた。
またか。また僕は死ぬのか。
そう思っていたのだけれど、予想に反して大猪は鼻息をブルッ!と鳴らしただけで、再び前を向いた。
見逃されたのか………いや、単に気が付かなかっただけかもしれない。
「今がチャンスじゃねぇのかアレ」
「………………どういう事?」
「あのデカブツ、まだ動く気配がねぇ。だったらその間にぐるっと周り込んで額の核を撃ち抜けるじゃないのか?」
ルル姉は言うが早いか、弓矢を持ってサッと立ち上がる。だがそれの動作、途中で止まる。僕がルル姉の腕を掴んでいたからだ。
「なんだタクト。まさかビビってんのか?」
「駄目だよ……」
「はぁ?何が駄目だってんだ」
「とにかく駄目だ。早く逃げよう」
そう言って、僕はルル姉の腕を引いて出来るだけ音を立てずに来た道を引き返す。
「なっ…!おい離せ!あの死の牙を仕留められるチャンスかもしれないんだぞ!」
「無理だよ。そんな事する前に僕達は死ぬ。殺される。そりゃもう呆気なくね」
「………どうしたタクト。オマエ何があった………………」
「【可能性】を見た」
「可能性、だと?」
いつの間にか歩きから走りに切り替わっていたけれど、気にせずそのまま進んだ。ルル姉も鬼気迫った僕を見て、ただ事じゃないと判断し付いてきてくれる。
「僕が死ぬ【可能性】だよ。本当に呆気なかった」
僕は先程見た光景をルル姉に説明する。
大猪と視線がぶつかり、突進を受け、両腕はボロボロになり、最後は牙で腹を貫かれた、その光景を。
だが、実際の僕には何も起こっていない。大猪と視線が合っても、突進されなかったのだ。この現象、普段の僕に起こったものなら、慌てて取り乱すぐらいはするだろう。ルル姉も鼻で笑って真面目に取り合おうともしないはずだ。
でも、そうはならない。今の僕には、その現象が真実だと証明するだけの肩書がある。
「未来予知にも似たその現象がオマエの…【可能性の勇者】の能力って事なのか……?」
「確信は持てないけど、多分そうだと思う」
ただ幾らか疑問を持つ点もある。
僕は確かに【可能性の勇者】だが、神様に言われたのは『君には無限の可能性が広がっている』だ。その言葉と、さっきの現象…もとい能力はあまり合致していない。こんな能力があるのなら『君には可能性を見る事が出来る』なんて言ってくれてもいいものだ。
それに僕にそんな能力があったなんて事も知らなかった。あったのなら何故今まで発動しなかったのか、発動の鍵は一体何なのか。
そして最後に、【可能性】の中での僕と、【可能性】を見た後での僕とでは、あまり行動を変えていないにも関わらず、結果があんなにも違っていたのか。
色々な疑問が頭の中をよぎっていた。が、今はとにかく逃げる事で精一杯だ。
村長からは背中を見せずに隠れてやり過ごせ、なんて言われてたけどあまり意味がないではないか。死ぬ時は死ぬんだ。だったらせめて逃げさせろ!
気づくと僕もルル姉も全力疾走だった。ただあの脅威から少しでも遠ざかりたい一心で。
いつしか森には光が多く入り込むようになり、
「………ハアッ、ハアッ!」
「ぬ、抜けられた……?」
「みたいだな……」
僕達は永遠のようにも思えた森を抜けていた。
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