ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第一章 はじまりは村から

5 神の御心のままに

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 「じゃーな村長!多分また明日お邪魔するぞ!」
 「また明日ね村長」

 元気良く手を振って教会から出ていく二人を、村長である彼は見守っていた。

 まさか自分の村から勇者が選定されるなど、夢にも思っていなかった。

 勿論、嬉しい。神様はちゃんと子供達の事を見て下さっているのだ。そう実感出来る。ただ、それは必要以上に喜べる事ではなかった。

 ピチャンと水面に水滴が落ちた様な音が、教会内に小さく響く。彼が振り返ると、そこには巨大な楕円形の魔水晶がその表面に波紋を立てていた。

 魔水晶とは、神が創り出した物の一種である。全ての国や町、村の教会には必ず一つは設置されている。

 討神祭が開催されると、この魔水晶には神の魔力を通じて決闘の様子を一斉に中継して映し出される。王都の闘技場まで足を運ぶ事の出来ない人々の為に、神が与えた代物だ。王都から距離がある村などでは、本物の討神祭を見ることなく、魔水晶を通しての討神祭しか見たことがない者も多い。

 だが、それは本来の用途ではない。

 魔水晶に広がる波紋は、交信の合図。神が人類への神託を行う際に、発生する現象だ。

 波紋はしばらくすると収まった。するとそこにはもう、この世を創造せし神が映し出されていた。

 「上手いこと、やる気を出させたみたいじゃないか」
 「それは私の手柄ではありませぬ。………あの子達が強い証拠です」

 彼のその言葉に、神はククッと喉を鳴らした。その様子だけ見るのならば、神はただの陽気な人物にも見える。たが、そうでないから、神は神なのだ。

 「わかってはいるだろうが、は決して口外するな。選ばれた勇者に話すなどもってのほかだ。これは私と神託を受ける君達神父にしか伝えてはいないのだから」
 「…………勿論です。何よりあの子達にそんな重荷を背負って欲しくない。責任を感じて欲しくありませんから」
 「言わぬが花、という奴か?」
 「失礼ながらそう感じるのは神、貴方だけかと」
 「済まない。悪気はなかった」
 「わかっております」

 自分の非を素直に詫びる事の出来る神だ。だからこそ、以前言われたあの言葉に現実味が感じられない。

 「私はそろそろ戻るとしよう。しっかり勇者達を支援しておいてやれ」
 「………わかりました」
 「何度も重ね重ね言うようだが、もう一度言っておくぞ。
 私はもう飽き始めている」

 そう言い残して神は、魔水晶から姿を消した。

 静けさが教会内に満たす。
 一人教会に残った村長が思い出すのは数日前の事。突然に神託の予兆が訪れ、慌てた事を思い出す。現れたのは、今日見た神と寸分違わぬ神。怒っているのか喜んでいるのか。機嫌が良いのか悪いのか。表情からは到底読めない、普段通りの神。

 いつも通りの神託なのかと、この時まではそう思っていた。

 『聞こえるか神父達。これは私の意思を人々に伝えてきた君達だからこそ、話す事だ。今から話す事は他言無用で頼む。守れないのなら、悪いが少々手荒な真似をさせてもらう』

 どうやら世界中の魔水晶に映し出されている神は、そんな前置きをしてきた。無論、神に仕えてきた神父達に神の頼みをないがしろにするやからはいないだろう。あくまでその前置きは保険なのだと彼は考えた。

 神は表情を一切変えることなく、冷静に冷徹に冷酷に、その一言を発した。

 『私は飽きた』

 何を、とすぐさま疑問に思う。それに対する回答はあっさりと返ってきた。

 『討神祭に、人類に、そして━━━━この世界に』

 背筋が凍るとはまさにこの事。一瞬何を言われているのかわからなかったが、理解が追いついた途端、嫌な汗が体中から噴き出てくる。

 『ここ数百年の討神祭を思い出してみろ。初めから敗北の富を狙う者ばかりだ。私に勝とうなどと考えている者は一人もいないではないか』

 その勇者を選んだ私にも非はあるのだがなと、神は頭を横に振った。

 『私が求めていた人類は【始まりの七人】の様な者達なのだ。だが、そんな人類はもう居なくなってしまったようだな━━━━だからこの世界を終わらせる』

 「まっ、待って下され!!終わらせるとは……世界を終わらせるとは一体…!!」

 しかし、こちらの声が届いた様子はない。神は一方的に声を送りつけているだけのようだ。

 『焦った者もいるだろうが、今すぐ世界を終わらせる事はしない。そこは安心してくれ。ちゃんと期限を設けてある』

 何を安心しろと言うのか。何がちゃんとしているのか。
 世界が終わるかもしれないという運命は決して消えた訳ではないのだ。

 『期限は今からら約一年後の討神祭までとする』

 何故、討神祭が期限なのか。その理由を薄々察してしまい、寒気が彼の全身を襲う。まさか……そう思うが、否定出来る材料を彼は持ち合わせていなかった。

 『もし討神祭で━━━━━━』

 ふと、意識が今に戻ってくる。
 今しがた、二人の少年と少女が出ていった扉を見つめる。………………いや、今の二人はもう勇者なのだ。その事実が彼の胸を締め付ける。

 思わずその場に座りこんでしまう。

 先程神から言われた「決して口外するな」という言葉が、彼に重くのしかかっていた。

 きつく結んだ唇は血の気が失せて、彼の瞳からはポタリ、ポタリと涙が零れ落ちる。握った拳を床に叩きつけるが、その力は弱々しく、僅かな音さえも教会には響かない。

 こんな事………言えるはずもないではないか………。



 『もし討神祭で勇者が敗北したのなら、その時は人類と世界の終わりだと思え。今度の討神祭はわたしの為の娯楽ですらない。
 この決闘は、勇者が世界の全てを背負って闘う正真正銘の【討神祭】となるであろう』



 言えるはずもない。

 まだ子供である幼き勇者達に、世界の命運が託されたなどと━━━━
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