2 / 37
第一章 はじまりは村から
2 おそろい
しおりを挟む
神様から、勇者に選ばれた。その事にいまいち現実味を感じられなかったけれど、握りしめた輝石を見たら、今までの事が現実なんだと実感出来た。
輝石を握りしめたままの手が震える。嬉しさで今にも走り出したい気分だった。というかすでに走り出していた。「うおおおおおおわぁぁぁぁぁああ!」とか奇声を上げながらベッドから飛び降り、部屋のドアを思い切り開け放つ。
「朝っぱらから叫ぶんじゃないよ」
「ごめんなさい」
ドアを開けたら、母さんからのおはよう代わりの鉄拳を頂いた。脳天にめり込む良い拳だ。何故、母さんが勇者に選ばれていないのか不思議に思ってしまう程まである。
「朝ごはん。もう出来てるから早く食べに来なさいよ」
そう言って母さんは台所のある一階へと降りて行った。確かに空腹を刺激するいい香りが、僕の部屋まで漂っている。今度は急がず、しかし軽い早足程度に、僕も台所の方へと向かっていった。
一階まで降りるとテーブルの上に、朝食がもう並べられていた。クルミパンに自家製野菜を使ったサラダ、それに母さん特製の日替わりスープが今日の朝食ようだ。同じメニューの朝食が二食、テーブル上で向かい合わせに並べられている。どうやら父さんは既に、飼育している家畜の管理に向かったらしい。
母さんと一緒に席に着く。
料理に使われた食材と、働き者である我が家の大黒柱にも感謝の念を込めつつ「いただきます」と母さんと声を揃えた。
「そういえばさ母さん」
「どうかしたのタクト」
「驚かないで聞いて欲しいんだ」
「アンタぐらいの年頃の子が、何言っても驚かないわよ」
カチャカチャカチャ…と食器とフォークやスプーンのぶつかり合う音が鮮明に聞こえる。
どうやら僕は、母さん相手に緊張しているらしい。柄にもない。母さんだぞ、家族だぞ。たとえ僕が勇者になったとしても受け入れてくれるさ。
「母さん、僕……」
「うん」
「勇者になったんだ!」
「うん」
カチャカチャカチャ……。
「母さん、僕勇者になったんだ!」
「うん」
カチャカチャカチャ……。
あれぇー?おかしいぞ。反応が薄すぎやしないかこれ。
「母さん、あの僕勇者に…」
「うんうん分かった」
「絶対信じてないでしょ!」
「そんな事はないわよ。勇者ってアレでしょ?毎年討神祭の為に七人選ばれるっていう」
「そうだよそれだよ……でも分かってるならなんで、僕が選ばれたとか聞かないの?」
「アンタねぇ…」
母さんがやれやれとばかりにため息をつく。そんな母さんの視線は呆れ半分、
「私の息子なんだから選ばれて当然じゃない」
後の半分は優しさでいっぱいだった。
「まぁ確かに、タクトが他の人より凄いかって聞かれると私も返答に困るけど」
「そこは困らないでほしかったな。息子の凄い所を一つで良いから考えてほしいな」
朝食も食べ終わり、食器を流し場まで運ぶ。自分の使用した食器はちゃんと自分で洗う。それが我が家のルール。多忙な時の父さんのみ、その適応外になったりするが。
袖を捲くって水を流しはじめる。十分に食器を水に浸した後、スポンジでゴシゴシと磨いていく。
今の季節は冬が過ぎ去ったばかりの春。外に出るとまだ冬の名残を感じる。水洗いをすると、冷たさが身に沁みるようだ。
水の冷たさを感じながら食器を洗っていると、母さんから声をかけられた。
「そういえばタクト。言うの忘れてた事があったわ」
「どうしたのさ母さん」
「今日、お昼過ぎでもいいからおつかいに行ってきてくれない?」
僕はそれに苦笑して頷く。
いくら勇者になったとしても、日常にそうそう変化はないらしい。
◆◆◆
お昼。朝に母さんから頼まれていたおつかいに出かける。
母さんから家を出る前に、買ってくる物をまとめたメモをたくされている。
えーとナニナニ………。
大根、人参、玉ねぎ、キャベツに牛肉……それにマンドラゴラか。マンドラゴラはこの村にはないわな。母さんには売り切れだったとでも伝えておこう。
家を歩いて数分、八百屋や肉屋などが集まる、村の市場に到着した。さて、まずは野菜を買い揃えておくか……。そう思って視線を八百屋に巡らせると、店の前に子供を発見した。
いや、よく見ると子供じゃない。あの後ろ姿はおそらく━━━━
「ルル姉?」
「んあ?なんだタクトかよ」
僕の友達であるルル姉だった。
ショートカットの黒髪にちょっとキツめのクリクリっとしたつり目が僕を見つめてくる。身長が明らかに同年代と比べて小さい。一つ年下の僕と比べて、男女の成長度合いの違いはあれど頭二つ分は確実に小さい。この村の人間でなければ、間違いなく子供と勘違いすることだろう。
「ルル姉もおつかいなの?」
「見りゃ分かんだろそんくらい。アタシだってもう十七歳だぞ。一人で買い物くらいいける」
口は悪いが根っこは良い人だ。それは長い付き合いで大体理解している。
そこでふと今朝の事を思い出す。ルル姉にも報告しておこう。僕が勇者になった事を。自慢する訳じゃないが、ルル姉に言わない理由も特にないので言っておこう。
「そういえばさルル姉。今朝驚く事があったんだよ」
「そうか、アタシにとってはどうでもいい事だな」
「これを聞いたら驚くだろうね」
「……ま、そこまで言うなら聞かせてもうおうじゃねぇか。その驚く事ってのを」
その言葉に頷いて、僕は首からさげておいた輝石を取り出す。
太陽の光を浴びる輝石は、今朝見た以上に光輝いていた。
「実は僕、勇者に……」
「それアタシも貰ったな今朝」
「…………は?」
言いかけていた言葉が途中で引っ込んだ。代わりに出たのは間抜けな「は?」のみ。
いや、ホントに「は?」なんだけど。
今ルル姉はなんて言ったんだ……?
動きを急に止めた僕に、首を傾げつつルル姉は輝石を指差した。
「だからその輝石…っていうか証か。アタシも今朝貰ったんだよ」
「貰った……って誰から!?」
「誰って、そんなん神様しかいねぇだろ」
なんでもない事の様にルル姉は言う。
しかし、ルル姉も輝石を、この証を貰ったという事は━━━━
「じゃあ……もしかして、ルル姉も………」
「おう、そうだ」
大きく頷いてルル姉はニカッと笑った。
「アタシも勇者だ」
輝石を握りしめたままの手が震える。嬉しさで今にも走り出したい気分だった。というかすでに走り出していた。「うおおおおおおわぁぁぁぁぁああ!」とか奇声を上げながらベッドから飛び降り、部屋のドアを思い切り開け放つ。
「朝っぱらから叫ぶんじゃないよ」
「ごめんなさい」
ドアを開けたら、母さんからのおはよう代わりの鉄拳を頂いた。脳天にめり込む良い拳だ。何故、母さんが勇者に選ばれていないのか不思議に思ってしまう程まである。
「朝ごはん。もう出来てるから早く食べに来なさいよ」
そう言って母さんは台所のある一階へと降りて行った。確かに空腹を刺激するいい香りが、僕の部屋まで漂っている。今度は急がず、しかし軽い早足程度に、僕も台所の方へと向かっていった。
一階まで降りるとテーブルの上に、朝食がもう並べられていた。クルミパンに自家製野菜を使ったサラダ、それに母さん特製の日替わりスープが今日の朝食ようだ。同じメニューの朝食が二食、テーブル上で向かい合わせに並べられている。どうやら父さんは既に、飼育している家畜の管理に向かったらしい。
母さんと一緒に席に着く。
料理に使われた食材と、働き者である我が家の大黒柱にも感謝の念を込めつつ「いただきます」と母さんと声を揃えた。
「そういえばさ母さん」
「どうかしたのタクト」
「驚かないで聞いて欲しいんだ」
「アンタぐらいの年頃の子が、何言っても驚かないわよ」
カチャカチャカチャ…と食器とフォークやスプーンのぶつかり合う音が鮮明に聞こえる。
どうやら僕は、母さん相手に緊張しているらしい。柄にもない。母さんだぞ、家族だぞ。たとえ僕が勇者になったとしても受け入れてくれるさ。
「母さん、僕……」
「うん」
「勇者になったんだ!」
「うん」
カチャカチャカチャ……。
「母さん、僕勇者になったんだ!」
「うん」
カチャカチャカチャ……。
あれぇー?おかしいぞ。反応が薄すぎやしないかこれ。
「母さん、あの僕勇者に…」
「うんうん分かった」
「絶対信じてないでしょ!」
「そんな事はないわよ。勇者ってアレでしょ?毎年討神祭の為に七人選ばれるっていう」
「そうだよそれだよ……でも分かってるならなんで、僕が選ばれたとか聞かないの?」
「アンタねぇ…」
母さんがやれやれとばかりにため息をつく。そんな母さんの視線は呆れ半分、
「私の息子なんだから選ばれて当然じゃない」
後の半分は優しさでいっぱいだった。
「まぁ確かに、タクトが他の人より凄いかって聞かれると私も返答に困るけど」
「そこは困らないでほしかったな。息子の凄い所を一つで良いから考えてほしいな」
朝食も食べ終わり、食器を流し場まで運ぶ。自分の使用した食器はちゃんと自分で洗う。それが我が家のルール。多忙な時の父さんのみ、その適応外になったりするが。
袖を捲くって水を流しはじめる。十分に食器を水に浸した後、スポンジでゴシゴシと磨いていく。
今の季節は冬が過ぎ去ったばかりの春。外に出るとまだ冬の名残を感じる。水洗いをすると、冷たさが身に沁みるようだ。
水の冷たさを感じながら食器を洗っていると、母さんから声をかけられた。
「そういえばタクト。言うの忘れてた事があったわ」
「どうしたのさ母さん」
「今日、お昼過ぎでもいいからおつかいに行ってきてくれない?」
僕はそれに苦笑して頷く。
いくら勇者になったとしても、日常にそうそう変化はないらしい。
◆◆◆
お昼。朝に母さんから頼まれていたおつかいに出かける。
母さんから家を出る前に、買ってくる物をまとめたメモをたくされている。
えーとナニナニ………。
大根、人参、玉ねぎ、キャベツに牛肉……それにマンドラゴラか。マンドラゴラはこの村にはないわな。母さんには売り切れだったとでも伝えておこう。
家を歩いて数分、八百屋や肉屋などが集まる、村の市場に到着した。さて、まずは野菜を買い揃えておくか……。そう思って視線を八百屋に巡らせると、店の前に子供を発見した。
いや、よく見ると子供じゃない。あの後ろ姿はおそらく━━━━
「ルル姉?」
「んあ?なんだタクトかよ」
僕の友達であるルル姉だった。
ショートカットの黒髪にちょっとキツめのクリクリっとしたつり目が僕を見つめてくる。身長が明らかに同年代と比べて小さい。一つ年下の僕と比べて、男女の成長度合いの違いはあれど頭二つ分は確実に小さい。この村の人間でなければ、間違いなく子供と勘違いすることだろう。
「ルル姉もおつかいなの?」
「見りゃ分かんだろそんくらい。アタシだってもう十七歳だぞ。一人で買い物くらいいける」
口は悪いが根っこは良い人だ。それは長い付き合いで大体理解している。
そこでふと今朝の事を思い出す。ルル姉にも報告しておこう。僕が勇者になった事を。自慢する訳じゃないが、ルル姉に言わない理由も特にないので言っておこう。
「そういえばさルル姉。今朝驚く事があったんだよ」
「そうか、アタシにとってはどうでもいい事だな」
「これを聞いたら驚くだろうね」
「……ま、そこまで言うなら聞かせてもうおうじゃねぇか。その驚く事ってのを」
その言葉に頷いて、僕は首からさげておいた輝石を取り出す。
太陽の光を浴びる輝石は、今朝見た以上に光輝いていた。
「実は僕、勇者に……」
「それアタシも貰ったな今朝」
「…………は?」
言いかけていた言葉が途中で引っ込んだ。代わりに出たのは間抜けな「は?」のみ。
いや、ホントに「は?」なんだけど。
今ルル姉はなんて言ったんだ……?
動きを急に止めた僕に、首を傾げつつルル姉は輝石を指差した。
「だからその輝石…っていうか証か。アタシも今朝貰ったんだよ」
「貰った……って誰から!?」
「誰って、そんなん神様しかいねぇだろ」
なんでもない事の様にルル姉は言う。
しかし、ルル姉も輝石を、この証を貰ったという事は━━━━
「じゃあ……もしかして、ルル姉も………」
「おう、そうだ」
大きく頷いてルル姉はニカッと笑った。
「アタシも勇者だ」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
無法の街-アストルムクロニカ-(挿し絵有り)
くまのこ
ファンタジー
かつて高度な魔法文明を誇り、その力で世界全てを手中に収めようとした「アルカナム魔導帝国」。
だが、ある時、一夜にして帝都は壊滅し、支配者を失った帝国の栄華は突然の終焉を迎えた。
瓦礫の山と化した帝都跡は長らく忌み地の如く放置されていた。
しかし、近年になって、帝都跡から発掘される、現代では再現不可能と言われる高度な魔法技術を用いた「魔導絡繰り」が、高値で取引されるようになっている。
物によっては黄金よりも価値があると言われる「魔導絡繰り」を求める者たちが、帝都跡周辺に集まり、やがて、そこには「街」が生まれた。
どの国の支配も受けない「街」は自由ではあったが、人々を守る「法」もまた存在しない「無法の街」でもあった。
そんな「無法の街」に降り立った一人の世間知らずな少年は、当然の如く有り金を毟られ空腹を抱えていた。
そこに現れた不思議な男女の助けを得て、彼は「無法の街」で生き抜く力を磨いていく。
※「アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-」の数世代後の時代を舞台にしています※
※サブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※
※この物語の舞台になっている惑星は、重力や大気の組成、気候条件、太陽にあたる恒星の周囲を公転しているとか月にあたる衛星があるなど、諸々が地球とほぼ同じと考えていただいて問題ありません。また、人間以外に生息している動植物なども、特に記載がない限り、地球上にいるものと同じだと思ってください※
※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※
※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※
※あくまで御伽話です※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる