ゆうしゃのあゆみ

秋月 銀

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第一章 はじまりは村から

2 おそろい

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 神様から、勇者に選ばれた。その事にいまいち現実味を感じられなかったけれど、握りしめた輝石を見たら、今までの事が現実なんだと実感出来た。

 輝石を握りしめたままの手が震える。嬉しさで今にも走り出したい気分だった。というかすでに走り出していた。「うおおおおおおわぁぁぁぁぁああ!」とか奇声を上げながらベッドから飛び降り、部屋のドアを思い切り開け放つ。

 「朝っぱらから叫ぶんじゃないよ」
 「ごめんなさい」

 ドアを開けたら、母さんからのおはよう代わりの鉄拳を頂いた。脳天にめり込む良い拳だ。何故、母さんが勇者に選ばれていないのか不思議に思ってしまう程まである。

 「朝ごはん。もう出来てるから早く食べに来なさいよ」

 そう言って母さんは台所のある一階へと降りて行った。確かに空腹を刺激するいい香りが、僕の部屋まで漂っている。今度は急がず、しかし軽い早足程度に、僕も台所の方へと向かっていった。

 一階まで降りるとテーブルの上に、朝食がもう並べられていた。クルミパンに自家製野菜を使ったサラダ、それに母さん特製の日替わりスープが今日の朝食ようだ。同じメニューの朝食が二食、テーブル上で向かい合わせに並べられている。どうやら父さんは既に、飼育している家畜の管理に向かったらしい。

 母さんと一緒に席に着く。
 料理に使われた食材と、働き者である我が家の大黒柱にも感謝の念を込めつつ「いただきます」と母さんと声を揃えた。

 「そういえばさ母さん」
 「どうかしたのタクト」
 「驚かないで聞いて欲しいんだ」
 「アンタぐらいの年頃の子が、何言っても驚かないわよ」

 カチャカチャカチャ…と食器とフォークやスプーンのぶつかり合う音が鮮明に聞こえる。
 どうやら僕は、母さん相手に緊張しているらしい。柄にもない。母さんだぞ、家族だぞ。たとえ僕が勇者になったとしても受け入れてくれるさ。

 「母さん、僕……」
 「うん」


 「勇者になったんだ!」
 「うん」

 カチャカチャカチャ……。

 「母さん、僕勇者になったんだ!」
 「うん」

 カチャカチャカチャ……。
 あれぇー?おかしいぞ。反応が薄すぎやしないかこれ。
    
 「母さん、あの僕勇者に…」
 「うんうん分かった」
 「絶対信じてないでしょ!」
 「そんな事はないわよ。勇者ってアレでしょ?毎年討神祭の為に七人選ばれるっていう」
 「そうだよそれだよ……でも分かってるならなんで、僕が選ばれたとか聞かないの?」
 「アンタねぇ…」

 母さんがやれやれとばかりにため息をつく。そんな母さんの視線は呆れ半分、

 「私の息子なんだから選ばれて当然じゃない」

 後の半分は優しさでいっぱいだった。

 「まぁ確かに、タクトが他の人より凄いかって聞かれると私も返答に困るけど」
 「そこは困らないでほしかったな。息子の凄い所を一つで良いから考えてほしいな」

 朝食も食べ終わり、食器を流し場まで運ぶ。自分の使用した食器はちゃんと自分で洗う。それが我が家のルール。多忙な時の父さんのみ、その適応外になったりするが。
 袖を捲くって水を流しはじめる。十分に食器を水に浸した後、スポンジでゴシゴシと磨いていく。

 今の季節は冬が過ぎ去ったばかりの春。外に出るとまだ冬の名残を感じる。水洗いをすると、冷たさが身に沁みるようだ。

 水の冷たさを感じながら食器を洗っていると、母さんから声をかけられた。

 「そういえばタクト。言うの忘れてた事があったわ」
 「どうしたのさ母さん」
 「今日、お昼過ぎでもいいからおつかいに行ってきてくれない?」

 僕はそれに苦笑して頷く。
 いくら勇者になったとしても、日常にそうそう変化はないらしい。

◆◆◆

 お昼。朝に母さんから頼まれていたおつかいに出かける。

 母さんから家を出る前に、買ってくる物をまとめたメモをたくされている。
 えーとナニナニ………。
 大根、人参、玉ねぎ、キャベツに牛肉……それにマンドラゴラか。マンドラゴラはこの村にはないわな。母さんには売り切れだったとでも伝えておこう。

 家を歩いて数分、八百屋や肉屋などが集まる、村の市場に到着した。さて、まずは野菜を買い揃えておくか……。そう思って視線を八百屋に巡らせると、店の前に子供を発見した。
 いや、よく見ると子供じゃない。あの後ろ姿はおそらく━━━━

 「ルル姉?」
 「んあ?なんだタクトかよ」

 僕の友達であるルル姉だった。

 ショートカットの黒髪にちょっとキツめのクリクリっとしたつり目が僕を見つめてくる。身長が明らかに同年代と比べて小さい。一つ年下の僕と比べて、男女の成長度合いの違いはあれど頭二つ分は確実に小さい。この村の人間でなければ、間違いなく子供と勘違いすることだろう。

 「ルル姉もおつかいなの?」
 「見りゃ分かんだろそんくらい。アタシだってもう十七歳だぞ。一人で買い物くらいいける」

 口は悪いが根っこは良い人だ。それは長い付き合いで大体理解している。

 そこでふと今朝の事を思い出す。ルル姉にも報告しておこう。僕が勇者になった事を。自慢する訳じゃないが、ルル姉に言わない理由も特にないので言っておこう。

 「そういえばさルル姉。今朝驚く事があったんだよ」
 「そうか、アタシにとってはどうでもいい事だな」
 「これを聞いたら驚くだろうね」
 「……ま、そこまで言うなら聞かせてもうおうじゃねぇか。その驚く事ってのを」

 その言葉に頷いて、僕は首からさげておいた輝石を取り出す。
 太陽の光を浴びる輝石は、今朝見た以上に光輝いていた。

 「実は僕、勇者に……」
 「それアタシも貰ったな今朝」
 「…………は?」

 言いかけていた言葉が途中で引っ込んだ。代わりに出たのは間抜けな「は?」のみ。
 いや、ホントに「は?」なんだけど。
 今ルル姉はなんて言ったんだ……?

 動きを急に止めた僕に、首を傾げつつルル姉は輝石を指差した。

 「だからその輝石…っていうかか。アタシも今朝貰ったんだよ」
 「貰った……って誰から!?」
 「誰って、そんなんしかいねぇだろ」

 なんでもない事の様にルル姉は言う。
 しかし、ルル姉も輝石を、この証を貰ったという事は━━━━

 「じゃあ……もしかして、ルル姉も………」
 「おう、そうだ」

 大きく頷いてルル姉はニカッと笑った。



 「アタシも勇者だ」

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