怖いもののなり損ない

雲晴夏木

文字の大きさ
上 下
23 / 25
八人目「後輩の怪談でとばっちりを受けたんだ」

気づけば正面に青年が座っていて

しおりを挟む
 ハッと我に返ったあなたは、周囲が暗いことに驚いた。暗く静かな上に、ひんやりと寒い。寒さがあなたの頭をも冷やし、ここが『純喫茶・生熟り』であることを思い出させる。
 あなたの記憶は『純喫茶・生熟り』に入店したところで途切れている。見回せば、あなたは自分がいつもの席に着いているとわかった。しかしほかのテーブルに座る客は一人もおらず、カウンターにも人はいない。店内はあなた一人きりであるかのようにしんと静かだ。

 ――居眠りでもしたのだろうか。

 眠った覚えはない。かといって、遅い時間に入店した覚えもない。閉店時間が過ぎたのならば、マスターもあなたに一声かけるはずだ。
 何が起きたんだろうと首を捻りながらもう一度自分のテーブルへ顔を向け、あなたは跳び上がるほど驚いた。
 正面に、青年が座っていたのだ。
 向かいに腰掛ける青年は、居眠りでもしてるような姿勢でうつむいている。薄青のパーカーは雨にでも降られたのか、肩がしっとりと濡れている。
 この青年は、いつの間に正面に座ったのか。あなたは未だ状況が飲み込めず、寝息を立てるでもなくうつむいている青年を凝視した。
 眠っていた人が起きるような身じろぎの後、青年はゆっくりと顔を上げた。暗い顔だった。落ち込んでいるといったわけではない。暗いもの、重いものを背負い込んだような、忌避したいものばかりを抱えたような、そんな顔だった。
 カビの生えたような重いため息が、青年の口から「ああ」と漏れる。

「すんません、相席してもらって……」

 相席と言われ、あなたはほっとした。混乱して見えていなかっただけなのだと、幽霊ではないのだと思えるからだ。
 あなたは青年に、なぜ周囲がこんなにも暗いのかを尋ねた。恥ずかしながらなぜここにいるのかも覚えていないと付け加えると、青年は口の端を微かに吊り上げた。

「そりゃあ、暗くもなりますよ」

 口の端で笑いながら、青年は暗い声で続ける。

「やな女のせいで、あんな目に遭ったんだから……」

 ぼそぼそ低い声で呟いて、青年は目を伏せた。青年は己のことを〝暗い〟と勘違いしたらしい。あなたは慌てて、店のことであって青年のことを言ったわけではないと弁明した。あなたの弁解に、青年は伏せた目を上げると「なぁんだ」と気の抜けた声を出した。

「それなら、電気系の何かが故障したんでしょ……。大体そうなんすよ、こういうときは」

 青年は「オバケのくせに」と、吐き捨てるように付け加えた。青年の『オバケ』という単語に、あなたはつい反応してしまった。
 怖がるどころか身を乗り出したあなたを見て、青年はきょとんと目を瞬かせた。

「……オバケの話とか、平気ですかね」

 恐る恐るといった声に、あなたは平気どころかと今日も鞄に忍ばせておいた本を見せた。あなたが取り出した本を見て、青年は暗さの吹き飛んだ顔でふっと笑った。しかしその明るさも束の間。青年はまたすぐ陰鬱な顔に戻った。

「じゃあ……聞いてもらおうかな。後悔しないでくださいよ? 俺は、後悔しましたから」

 ぼそりぼそりと低い声で、青年は「完全なとばっちりなんですけどね」と話し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が 要所要所の事件の連続で主人公は自殺未遂するは性格が変わって行くわ だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

夜嵐

村井 彰
ホラー
修学旅行で訪れた沖縄の夜。しかし今晩は生憎の嵐だった。 吹き荒れる風に閉じ込められ、この様子では明日も到底思い出作りどころではないだろう。そんな淀んだ空気の中、不意に友人の一人が声をあげる。 「怪談話をしないか?」 唐突とも言える提案だったが、非日常の雰囲気に、あるいは退屈に後押しされて、友人達は誘われるように集まった。 そうして語られる、それぞれの奇妙な物語。それらが最後に呼び寄せるものは……

狼の仮面

YHQ337IC
ホラー
【監督】狼の仮面 ~狼出没中。あなたは無事生き延びられるか!?狼パニックムービー 狼のマスクを被った人間が狼を装って人を襲い金品を奪うという事件が起こった。被害にあった人間は全員死亡している。警察だけでは対応できないと判断が下され、政府は対策に乗り出した。しかしいくら待っても狼が現れる気配はない。これは政府が秘密裏に狼の駆除を行っていたのだ。 そんな中、とある男がネットオークションで狼に変身する薬を落札してしまう。…という映画が起こす怪事件。

悪夢のエロオスガキわからせ性教育

蓮實長治
ホラー
もし、学校の性教育の内容が下手なエロ・コンテンツより過激なモノになったとしたら……その時、エロ・コンテンツは商売として成り立つのか? エロ用語がかなり出て来るのでR15にしてますが、実用性は期待しないで下さい。 あくまで「世の中はマシになっている……らしいが、その原因は悪夢のような事態」と云う不条理モノです。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」に同じモノを投稿しています。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

実録「不思議な話」

ジェイエム
ホラー
怖いというより、少し不思議な体験ーーぐらいの話です。

処理中です...