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1章

化粧水

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 テーブルに椿油の入った竹の筒などを置いていた。奥に立って、座るニーバンに接客する姿勢。
 マームがうやうやしく木製の風呂桶をテーブルへ置く。温めたコーセンスイだが、温泉水と思えば良い。
「魔法の化粧水で軽く手を洗えば、すべすべ肌になりますから」
 アカリーヌは、右の掌で左手を撫でるようにする。直接自分の手を洗うわけにいかない。
「ちょっと匂うか。ふーん。それで綺麗に」
 アカリーヌの顔を見て、納得したようにうなずく。綺麗な肌は、これのせいだと思ったのだろう。まともに顔を見るのは子供みたいだが、下心は感じられない。
(正直な人だね)
 もっとも、アカリーヌの肌がきめ細かいのは化粧水というか、温泉水のせいではない。
「軽く洗うだけです。それから、リン波を送る念力のコツを教えましょう」
 リンパマッサージのやりかただが、男性には分からないらしい。
「リン波。私にもできるのか?」
「はい。しばらくは化粧水に手を浸してもらえば実感できます」
「こうか」
 ニーバンが両手を風呂桶へ入れた。
「温かい。む。ぬるぬるするが」
「はい。肌を滑らかにしているところです。これからリン波を送る方法を教えましょう。指を一本ずつ包むようにマッサージします」
 アカリーヌは自分の左手の中指を右手の人差し指と親指で包んで、回しながら指先まで、軽く摩るように上げる。
「これだな。滑らかな肌触りだ。私の指と思えない」
 ちょっと不器用で、すぽすぽ、指を引き抜くような手つきだが、男性はそれぐらいで良いのだろうか。
「両方の指を終えたら、化粧水から手を出してください。椿油で潤いを与えましょう」
「女みたいだな。男にも必要か?」
 ニーバンは両手を風呂桶からだすと、水を切るように、ぶらっぶらっと振る。
「こらっ。跳ねるでしょ」
 弟へいうみたいになる。
「可愛いじゃん」
 何かを面白がって笑い、悪びれないニーバン。顔の筋肉がよく動くから、表情は豊かだと言われているアカリーヌ。

 もう少しは丁寧に話せると言いたい。
「だから、違いますのことよ」
 何々、ちょっと間違えたか。やはり貴族風に喋るのは唇が動かしにくい。もう普通でいい。
「気を取り直して、と。掌と甲の化粧水を手首の方へ摩るようにふき取って」
「これも、すべすべだ。見違える」
「乾燥しますから。椿油を少々つけます。それを両手に伸ばすようにしてくださいね」
 アカリーヌは竹筒に入った椿油を、ニーバンの掌へ垂らす。
「こうか。へえー。あれか。女は、いつもこうしているのか?」
「肌の手入れが大切なの。お化粧も大変らしいのよ」
「アカリーヌはすっぴんみたいだが、化粧しないのか」
「普段はしませんよ。魔法の化粧水を使うのも、たまにでいいぐらい」
 ほかの女性は分からないが、未だ自然なかたちで潤いの肌を保っていると感じている。
(それより、そんなに親しかったかな、上下関係も不明だ)
 そういえば、どこの爵位と関わるのか聞いてないが、貴族同志の会話は舌がこそばゆい。だから、身近に感じさせる。

 ニーバンも、やはり気になることは知りたいらしい。
「その、化粧水とやらは、いくらする。竜の目の涙とはちがうのか」
「椿油もお付けして、ひと樽5マニーです。数に限りがございますので」
 いつもの台詞。100均みたいに1マニーで買えるものが多いこの市場では高いが、貴族の関係者がついでに買うときがある。ほんと、たまに売れる。商売としては成り立ってない。
「化粧品としては安いな。王都の5分の一の値段だ」
 相場は知っているような口ぶり。田舎を旅する、変人ではないらしい。きれいになった手をすり合わせて感心しているようす。

 竜の目の涙を欲しがる理由も聞きたい。
「元がただなの。竜の涙は裏庭に湧いてますから」
「湧いている? なるほど。そのリン波に秘密があるのだな」
 身を乗り出すが化粧水よりマッサージに興味を持ったようだ。探し物へ拘ってないのか。ちょっと引いてから、ニーバンをみつめる。
「正直に教えたからさ。竜の目の涙が、なぜ必要なの?」
 なにか納得したように、姿勢も正して座るニーバン。
「正直でまっすぐな女だ。いや、私も秘密ではない。ある人の本心が知りたくてな」
 竜の目の涙が、隠し事を話してしまう効果があるのを知っているらしい。

 前のイケスカナイ王国を壊滅させた魔法の水を飲んだ伯爵や王の側近たちが己の欲望や横領など、酔ったような口調で饒舌に喋り始めて対立。内戦へと発展した。侯爵家だったアトゥカラが勝利して、いまのアトゥカラ王国が成立したのだ。
 相手の気持ちと言えば恋愛関係かもしれない。
「ある人。男も女も心の奥は隠しているからね」
「へえ」感心したような、秘密を知ったような笑顔をみせるニーバン。
「子供と思ったら大人みたいなことを言う」
「いろいろあるのよ」
 八歳のころ、ロリコン子爵へ誘拐されそうになり、蹴飛ばして逃げた。だから男性は警戒もしているが、いまは話すことでもない。
「恋の相談なら、魔女様にお願いしてみる。相手の隠し事だから、知らないほうがいいけどねー」
 それにニーバンは手を首を横に振る。
「恋とは違うんだ。うーん。いまは証拠もないから喋られない」
 噂や憶測は喋らない質らしい。話し相手としてなら仲良くもできる。
(やはり男は狼なのよ。優しい言葉をつかってもエゲツナイことを考えているはず)
 男性と友達付き合いはするが、深い仲を避けて、十八歳になった。マームがいつも付き添うのが安心もさせていた。
「魔女様と言うと、あれか。森の妖精だな」
 そのように言う地域もあるらしいが、答えは聞かないニーバン。
「スマフォーと呼ばれる集団だったらしい。男は森の奥に住んでてな、魔女たちが魔法で人里へ近づく」
 アカリーヌが会っている魔女も、スマフォーと名乗っているが、固有名詞ではない。古代史に記されているのは、魔王エーアイとスマフォーたちが戦い、世界に小王国ができてしまったということ。ニーバンはスマフォーたちとも会っていて、詳しいらしい。アカリーヌの知らない、よその魔女のことも興味のある話題だった。




 




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