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窮地――継承される意志1
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「……ほぉう」
第一声に剣呑な声を出したのは、カンヅェルだ。
「あいつ……。それに母上も……」
不機嫌なのを隠そうとせず、カンヅェルは獰猛に唸って茶器に手を伸ばす。だが先ほど中身を全部呷ってしまったのを思い出し、手を引っ込めた。
「……気分を入れ替えるため、お茶の用意を致しますね」
リリアンナが立ち上がり、それをディアルトが止める。
「君はこの話し合いに加わるべき人なんだから、侍女のような真似をしなくていい」
「では、殿下は私より上手にお茶を淹れられますか? 他の殿方は?」
リリアンナの言葉に、カンヅェルもアドナも沈黙する。
「できる人ができることをする。私はそれでいいと思っています。現在必要なのは、現状を打開するために必要な策。それを生み出すには、気持ちを切り替える熱いお茶と甘いお菓子だと思っております」
そう言うと、リリアンナは率先してお茶やお茶菓子の用意を始める。彼女を見ているディアルトを、カンヅェルが笑った。
「本当に、尻に敷かれているんですね」
「……まぁ、敷かれ甲斐のある尻ですが」
「お尻の話はよしてください」
自分の尻を気にしてか、お湯を沸かしているリリアンナが口を挟んでくる。
「アドナが今まで口を開けなかった理由は分かった。これから俺はお前を全面的にサポートする。今までそれほど王座への執着はなかったし、世継ぎや国のことにも興味がなかった。だがこれで気持ちが変わった。あんな瓢箪茄子(ひょうたんなすび)に、祖父より以前から続いているレアザ家の血を絶やして堪るか」
バリッとファイアナ特有の硬い菓子を噛み、カンヅェルの口元からボリッボリッという咀嚼音が聞こえる。
「カンヅェル様。ウィンドミドルも全面的に協力したいと思っています。ですがカンヅェル様は、この世にたった一人の肉親と敵対することになりますが、それでもいいのですか?」
図らずも、ディアルトは王都にいるソフィアを思い出していた。
ずっと敵国の王と思っていたカンヅェルも、自分と同じように身内の女性から命を狙われていた。
どうしてもその事実は、ディアルトに共感を持たせる。
「母親だろうが関係ありません。私はファイアナの王です。歴代の王と比べれば、まだ若くて未熟かもしれません。ですが正当な血縁を亡き者にしようとする愚か者には、相応の思いをしてもらわねばなりません。ディアルト様も同じでは?」
怒りのあまりギラギラと光るカンヅェルの目が、ディアルトに向けられる。
「……私も、叔母上に命を狙われ続けていました。優しい叔父上を思うあまり、表沙汰にはしたくないと思っていました。けれど『やる時はやる』。カンヅェル様のその姿勢は、私も見習うべきと感じました」
ディアルトも同じような目に遭っていたと知り、カンヅェルは軽く瞠目する。
「殿下、宜しいですか?」
そこに熱いお茶の準備を終わらせたリリアンナが、新しい茶器に紅茶を淹れ、全員の前に置いてゆく。
「恐れながら、私は王都を発つ前、報告の場で王妃陛下を糾弾して参りました。それを受け、カダン陛下も今までの暗殺未遂のことを表沙汰にされるおつもりです」
「ああ、それは聞いた」
なんとも勇ましく、側にいて心強い女性だと思う。
「王都に戻れば、私は殿下からお叱りを受けると覚悟しております。ですが、同時に殿下が王都に戻られた時、すべては殿下の御為に動いていると存じます」
最後に自分の席の前に茶器を置き、リリアンナは直立不動のまま言う。
「殿下には私のような者がいます。ですから、きっとカンヅェル殿下にも同じく味方がいらっしゃると思うのです」
迷いなく真っ直ぐ告げるリリアンナに、カンヅェルが笑い出した。
「はは……はははは! ほんっとうに……。実にいい女ですね。私の側にも、リリアンナのような女性がいればいいのに」
「私も、リリアンナ殿のように心のままに動けたら、こんなに思い詰めていなかったかもしれません」
敵国の王と将軍の笑い声が聞こえる中、リリアンナは真っ直ぐディアルトを見つめて微笑んでいる。
とうとう、ディアルトも笑い出した。
「……は、ははっ。……仕方ないな。これから起こること全部、俺は享受するよ。けど、罰ではないが、リリアンナにもその側にいてもらうからね?」
「はい! 殿下」
二か国間の王の話し合いは、良い方向に向いた。
そして、粛正すべき対象もハッキリした。
「……ヘイゲスを呼んで、話を聞こうか」
カンヅェルが言い、立っていたリリアンナが動き出す。
「私が呼んで参ります」
すぐに命令に反応するリリアンナは、スタスタと天幕の入り口に向かって歩き出す。そして外にいる者たちを探し出した時だった。
――耳慣れた音を聞いた。
その音が『何』であるか確認する前に、リリアンナを守る風の精霊が障壁を張っていた。
パンッとリリアンナの目の前で矢が折れ、次々に矢の嵐が彼女を襲う。
「何者ですか! 和平の場でこのような……!」
声を上げ、ウィンドミドルの衛兵を探そうとすれば、視界のあちこちで自軍の緑色のマントをつけた兵が倒れていた。
何も知らされていなかったカンヅェルが、謀をしたとは考えにくい。
だとすれば――。
「ヘイゲス殿!」
天幕の影からリリアンナを集中的に狙う矢は、止む様子がない。
強力な障壁を張ったまま、リリアンナはすべての元凶であるヘイゲスを探すため進み出た。だがその場には、もう宰相の姿はないように思えた。
「リリアンナ!?」
天幕の中からディアルトの声がし、彼女は咄嗟に叫ぶ。
「殿下! 出られてはいけません! 罠です!」
リリアンナの障壁は、前方からの矢に備えていたため、彼女の注意は背後まで及ばなかった。
「っぐぅ!」
背中に衝撃と熱いものが走り、リリアンナはうめき声を上げる。
顔をしかめて振り向けば、背後にファイアナの刺客が三十人近く立っていた。全員黒い覆面で顔を隠し、手には抜き身の剣がある。
「殿下! そこでお待ちください!」
痛みに顔をしかめつつ、リリアンナはレイピアを突き出すような姿勢で腕を突き出した。同時に、目の前にいた男の胴に風穴が開く。
「リリアンナ!」
天幕から顔を出したディアルトが悲痛な声を上げ、預けたはずの武器を探す。
「お前ら! 何してる!」
そこにカンヅェルも姿を現し、アドナも現れた。
「陛下! お命頂戴致します!」
黒い装束を身に纏った男達が次々に現れ、アドナがカンヅェルを守るために躍り出た。
「っく……、ぅっ」
リリアンナは襲いかかる刺客たちを相手に、至近距離の風の攻撃を繰り出す。
だが彼女が有する大きな力は軍や要塞相手の力なので、小出しにする性質ではない。普段そのような緻密な使い方をしていなかったため、コントロールするには集中力が必要だ。
しかし集中するには背中に負った傷の痛みが邪魔をする。
おまけに丸腰のディアルトのことも、気になって仕方がない。
「アドナ将軍! お願いします! どうか殿下をお守りください!」
天幕から離れた所に立っているため、リリアンナは主の元で戦えない。
前面からは剣。背後からは弓矢。
幾らカンヅェルとアドナが強力な火の使い手であっても、自分とディアルトを巻き込みかねない距離で大きな力は振るえない。
おまけに四人の武器は、会談が始まる前に別の天幕に預けたままだ。
(何とかして殿下をお守りしないと!)
リリアンナは歯を食いしばり、痛みに耐えながら目の前の敵を屠ってゆく。
赤い血が流れ、至近距離でファイアナの兵が絶命してゆくのを、彼女はどこか麻痺した感覚で見ていた。
音が遠くなり、すべてがスローモーションに思える。
ただディアルトを思い、焦燥感だけが心を支配していた時――。
ドッ、と背中に何かが当たり、倒れ込んできた。
「っ!?」
思わず振り向いた先、地に倒れたのは黒髪の青年。
その体には、数え切れないほどの矢が刺さっていた。
第一声に剣呑な声を出したのは、カンヅェルだ。
「あいつ……。それに母上も……」
不機嫌なのを隠そうとせず、カンヅェルは獰猛に唸って茶器に手を伸ばす。だが先ほど中身を全部呷ってしまったのを思い出し、手を引っ込めた。
「……気分を入れ替えるため、お茶の用意を致しますね」
リリアンナが立ち上がり、それをディアルトが止める。
「君はこの話し合いに加わるべき人なんだから、侍女のような真似をしなくていい」
「では、殿下は私より上手にお茶を淹れられますか? 他の殿方は?」
リリアンナの言葉に、カンヅェルもアドナも沈黙する。
「できる人ができることをする。私はそれでいいと思っています。現在必要なのは、現状を打開するために必要な策。それを生み出すには、気持ちを切り替える熱いお茶と甘いお菓子だと思っております」
そう言うと、リリアンナは率先してお茶やお茶菓子の用意を始める。彼女を見ているディアルトを、カンヅェルが笑った。
「本当に、尻に敷かれているんですね」
「……まぁ、敷かれ甲斐のある尻ですが」
「お尻の話はよしてください」
自分の尻を気にしてか、お湯を沸かしているリリアンナが口を挟んでくる。
「アドナが今まで口を開けなかった理由は分かった。これから俺はお前を全面的にサポートする。今までそれほど王座への執着はなかったし、世継ぎや国のことにも興味がなかった。だがこれで気持ちが変わった。あんな瓢箪茄子(ひょうたんなすび)に、祖父より以前から続いているレアザ家の血を絶やして堪るか」
バリッとファイアナ特有の硬い菓子を噛み、カンヅェルの口元からボリッボリッという咀嚼音が聞こえる。
「カンヅェル様。ウィンドミドルも全面的に協力したいと思っています。ですがカンヅェル様は、この世にたった一人の肉親と敵対することになりますが、それでもいいのですか?」
図らずも、ディアルトは王都にいるソフィアを思い出していた。
ずっと敵国の王と思っていたカンヅェルも、自分と同じように身内の女性から命を狙われていた。
どうしてもその事実は、ディアルトに共感を持たせる。
「母親だろうが関係ありません。私はファイアナの王です。歴代の王と比べれば、まだ若くて未熟かもしれません。ですが正当な血縁を亡き者にしようとする愚か者には、相応の思いをしてもらわねばなりません。ディアルト様も同じでは?」
怒りのあまりギラギラと光るカンヅェルの目が、ディアルトに向けられる。
「……私も、叔母上に命を狙われ続けていました。優しい叔父上を思うあまり、表沙汰にはしたくないと思っていました。けれど『やる時はやる』。カンヅェル様のその姿勢は、私も見習うべきと感じました」
ディアルトも同じような目に遭っていたと知り、カンヅェルは軽く瞠目する。
「殿下、宜しいですか?」
そこに熱いお茶の準備を終わらせたリリアンナが、新しい茶器に紅茶を淹れ、全員の前に置いてゆく。
「恐れながら、私は王都を発つ前、報告の場で王妃陛下を糾弾して参りました。それを受け、カダン陛下も今までの暗殺未遂のことを表沙汰にされるおつもりです」
「ああ、それは聞いた」
なんとも勇ましく、側にいて心強い女性だと思う。
「王都に戻れば、私は殿下からお叱りを受けると覚悟しております。ですが、同時に殿下が王都に戻られた時、すべては殿下の御為に動いていると存じます」
最後に自分の席の前に茶器を置き、リリアンナは直立不動のまま言う。
「殿下には私のような者がいます。ですから、きっとカンヅェル殿下にも同じく味方がいらっしゃると思うのです」
迷いなく真っ直ぐ告げるリリアンナに、カンヅェルが笑い出した。
「はは……はははは! ほんっとうに……。実にいい女ですね。私の側にも、リリアンナのような女性がいればいいのに」
「私も、リリアンナ殿のように心のままに動けたら、こんなに思い詰めていなかったかもしれません」
敵国の王と将軍の笑い声が聞こえる中、リリアンナは真っ直ぐディアルトを見つめて微笑んでいる。
とうとう、ディアルトも笑い出した。
「……は、ははっ。……仕方ないな。これから起こること全部、俺は享受するよ。けど、罰ではないが、リリアンナにもその側にいてもらうからね?」
「はい! 殿下」
二か国間の王の話し合いは、良い方向に向いた。
そして、粛正すべき対象もハッキリした。
「……ヘイゲスを呼んで、話を聞こうか」
カンヅェルが言い、立っていたリリアンナが動き出す。
「私が呼んで参ります」
すぐに命令に反応するリリアンナは、スタスタと天幕の入り口に向かって歩き出す。そして外にいる者たちを探し出した時だった。
――耳慣れた音を聞いた。
その音が『何』であるか確認する前に、リリアンナを守る風の精霊が障壁を張っていた。
パンッとリリアンナの目の前で矢が折れ、次々に矢の嵐が彼女を襲う。
「何者ですか! 和平の場でこのような……!」
声を上げ、ウィンドミドルの衛兵を探そうとすれば、視界のあちこちで自軍の緑色のマントをつけた兵が倒れていた。
何も知らされていなかったカンヅェルが、謀をしたとは考えにくい。
だとすれば――。
「ヘイゲス殿!」
天幕の影からリリアンナを集中的に狙う矢は、止む様子がない。
強力な障壁を張ったまま、リリアンナはすべての元凶であるヘイゲスを探すため進み出た。だがその場には、もう宰相の姿はないように思えた。
「リリアンナ!?」
天幕の中からディアルトの声がし、彼女は咄嗟に叫ぶ。
「殿下! 出られてはいけません! 罠です!」
リリアンナの障壁は、前方からの矢に備えていたため、彼女の注意は背後まで及ばなかった。
「っぐぅ!」
背中に衝撃と熱いものが走り、リリアンナはうめき声を上げる。
顔をしかめて振り向けば、背後にファイアナの刺客が三十人近く立っていた。全員黒い覆面で顔を隠し、手には抜き身の剣がある。
「殿下! そこでお待ちください!」
痛みに顔をしかめつつ、リリアンナはレイピアを突き出すような姿勢で腕を突き出した。同時に、目の前にいた男の胴に風穴が開く。
「リリアンナ!」
天幕から顔を出したディアルトが悲痛な声を上げ、預けたはずの武器を探す。
「お前ら! 何してる!」
そこにカンヅェルも姿を現し、アドナも現れた。
「陛下! お命頂戴致します!」
黒い装束を身に纏った男達が次々に現れ、アドナがカンヅェルを守るために躍り出た。
「っく……、ぅっ」
リリアンナは襲いかかる刺客たちを相手に、至近距離の風の攻撃を繰り出す。
だが彼女が有する大きな力は軍や要塞相手の力なので、小出しにする性質ではない。普段そのような緻密な使い方をしていなかったため、コントロールするには集中力が必要だ。
しかし集中するには背中に負った傷の痛みが邪魔をする。
おまけに丸腰のディアルトのことも、気になって仕方がない。
「アドナ将軍! お願いします! どうか殿下をお守りください!」
天幕から離れた所に立っているため、リリアンナは主の元で戦えない。
前面からは剣。背後からは弓矢。
幾らカンヅェルとアドナが強力な火の使い手であっても、自分とディアルトを巻き込みかねない距離で大きな力は振るえない。
おまけに四人の武器は、会談が始まる前に別の天幕に預けたままだ。
(何とかして殿下をお守りしないと!)
リリアンナは歯を食いしばり、痛みに耐えながら目の前の敵を屠ってゆく。
赤い血が流れ、至近距離でファイアナの兵が絶命してゆくのを、彼女はどこか麻痺した感覚で見ていた。
音が遠くなり、すべてがスローモーションに思える。
ただディアルトを思い、焦燥感だけが心を支配していた時――。
ドッ、と背中に何かが当たり、倒れ込んできた。
「っ!?」
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