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語られる過去3
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「……俺だって戦争を終わらせたい。その確執を払拭するためなら、重たい腰を上げて本物の王らしく振る舞ってもいいだろう。俺がその気になれば、お前も真実を語るのか?」
その声は至って真面目だった。
揶揄する色も含まない、父の死を不審がる一人の子からの純粋な言葉。
「……陛下が約束してくださるのなら、私は真実をお話し致します。私とて、望んで沈黙していた訳ではありません。この十三年、誰よりも真実を知りたかったであろう方々に、ずっと申し訳ない気持ちを抱いてきました」
寡黙な男と思っていたアドナは、自らに沈黙の誓いを課していた。それが破られた今、彼はやっと真実を話そうという姿勢を取る。
「いいだろう。俺は何があってもお前の味方になると誓おう。ディアルト様、これは二国間の問題です。仮にこれから国際問題に発展する『何か』が生まれたとしても、真実を得るためにアドナの味方をすると誓ってくださいますか?」
「同意します。私も真実が知りたいです」
ディアルトの言葉に、リリアンナも頷く。
やがてアドナはお茶で唇を湿らせ、ゆっくり語り始めた。
「……十三年前も、今と同じように和平のテーブルが用意されていました。戦争が始まって数年が経ち、両国とも疲労を見せ始めていました。メレルギア陛下は領土拡大をと仰って戦争を続けていらっしゃいました。ですが和平のテーブルでは、ウィリア陛下が貿易や植林について様々な打開策を立ててくださいました。戦争の真っ最中だったというのに、ウィリア陛下は私たちファイアナの国土を心配し、学者たちと相談してくださっていたのです」
自分の父を褒められ、ディアルトはほんの少し面映ゆそうな表情になる。またリリアンナも、その側にいつも母がいたのだと思うと誇らしくなる。
「メレルギア陛下はその案をいたく気に入られ、数日に渡る和平の会議は問題なく進んでいました。……ですが、一つ問題が起こりました」
三人とも静かに話を聞き、ここからが話の核心なのだと緊張する。
誰かの喉が静かに鳴ったのが、聞こえた気がした。
「数日を同じ場所で過ごす中、メレルギア陛下はリーズベット様に女性としての魅力を感じるようになられました」
はぁ……とカンヅェルが息をつき、リリアンナは思わず額を押さえた。
まさか自分たち三人がそこはかとなく醸し出している雰囲気が、十三年前に親の代でもなされていたとは思わなかったのだ。
「リーズベット様はウィリア陛下のお側を片時も離れませんでした。ですがほんの僅かな隙をついて、メレルギア陛下は彼女を口説かれていました。それにウィリア陛下が気付き、リーズベット様は国に夫がいる身だからと、やんわりと止められたのです」
当時ディアルトは十三歳、リリアンナは八歳で王都にいた。
それぞれの父と母が家を空けている間、寂しいながらも勉強や王族・貴族としての礼儀作法に身を費やしていた時――。
リリアンナの母は隣国の王に迫られ、ディアルトの父に庇われていた。
「メレルギア陛下は、ファイアナの気質を濃くお持ちで、非常に激昂しやすい性格であらせられました。気に入った女性のことで水を差され、面白くないと思った気持ちは、和平にも陰りを見せました」
三人とも、頭が痛い。
まさか十三年前の痴情のもつれが、親が死ぬ発端になったとは。
「ですが事態はそう単純でもありません。原因がリーズベット様にあったとは言え、不機嫌になったメレルギア陛下を更にそそのかす存在がありました」
そこでアドナは一回言葉を句切り、ほんの一瞬迷ってから名前を口にした。
「……宰相ヘイゲス殿です」
「……あいつか」
先ほど、アドナが真実を話すことについて口を挟んでいた男を思い出し、カンヅェルが低く唸る。
「ヘイゲス殿はメレルギア陛下に、ウィリア陛下がよからぬことを企んでいると吹き込みました。懸命にファイアナの緑化を考えてくださっているウィリア陛下を、メレルギア陛下も最初は信じようとしていました。ですがそれよりも、口八丁のヘイゲス殿の言葉に……惑わされたと言った方がいいのか」
「……親父は単純な所があったからな」
ハァ、と溜め息をつき、カンヅェルはお茶の残りを呷る。
「具体的に私がメレルギア陛下からお聞きしたのは、和平を結んで停戦した所に伏兵がなだれ込む。ウィリア陛下が提示した緑化計画に加わるウォーリナも、同盟国としてファイアナを攻撃するつもりだ、など。リーズベット様に関しましても、夫がいるのは嘘で自分の愛人にしたいがために嘘をついている……など」
アドナの言葉にディアルトはテーブルの上に視線を落とし、リリアンナは思いきり唇を曲げた。
言いがかりにも程がある。
「臣下の言葉を信じたメレルギア陛下は、一転して和平を断り始めました。リーズベット様へのアプローチも遠慮のないものになり……。彼女の身に女性としての危険が及んだ時、やむなくウィリア陛下がほんの少し風の力を使われました。それを発端に、王同士の真剣な力のぶつかり合いに……」
眉間に刻む皺を深く、アドナは目を閉じる。
思い出すのは、『あの日』の出来事――。
その声は至って真面目だった。
揶揄する色も含まない、父の死を不審がる一人の子からの純粋な言葉。
「……陛下が約束してくださるのなら、私は真実をお話し致します。私とて、望んで沈黙していた訳ではありません。この十三年、誰よりも真実を知りたかったであろう方々に、ずっと申し訳ない気持ちを抱いてきました」
寡黙な男と思っていたアドナは、自らに沈黙の誓いを課していた。それが破られた今、彼はやっと真実を話そうという姿勢を取る。
「いいだろう。俺は何があってもお前の味方になると誓おう。ディアルト様、これは二国間の問題です。仮にこれから国際問題に発展する『何か』が生まれたとしても、真実を得るためにアドナの味方をすると誓ってくださいますか?」
「同意します。私も真実が知りたいです」
ディアルトの言葉に、リリアンナも頷く。
やがてアドナはお茶で唇を湿らせ、ゆっくり語り始めた。
「……十三年前も、今と同じように和平のテーブルが用意されていました。戦争が始まって数年が経ち、両国とも疲労を見せ始めていました。メレルギア陛下は領土拡大をと仰って戦争を続けていらっしゃいました。ですが和平のテーブルでは、ウィリア陛下が貿易や植林について様々な打開策を立ててくださいました。戦争の真っ最中だったというのに、ウィリア陛下は私たちファイアナの国土を心配し、学者たちと相談してくださっていたのです」
自分の父を褒められ、ディアルトはほんの少し面映ゆそうな表情になる。またリリアンナも、その側にいつも母がいたのだと思うと誇らしくなる。
「メレルギア陛下はその案をいたく気に入られ、数日に渡る和平の会議は問題なく進んでいました。……ですが、一つ問題が起こりました」
三人とも静かに話を聞き、ここからが話の核心なのだと緊張する。
誰かの喉が静かに鳴ったのが、聞こえた気がした。
「数日を同じ場所で過ごす中、メレルギア陛下はリーズベット様に女性としての魅力を感じるようになられました」
はぁ……とカンヅェルが息をつき、リリアンナは思わず額を押さえた。
まさか自分たち三人がそこはかとなく醸し出している雰囲気が、十三年前に親の代でもなされていたとは思わなかったのだ。
「リーズベット様はウィリア陛下のお側を片時も離れませんでした。ですがほんの僅かな隙をついて、メレルギア陛下は彼女を口説かれていました。それにウィリア陛下が気付き、リーズベット様は国に夫がいる身だからと、やんわりと止められたのです」
当時ディアルトは十三歳、リリアンナは八歳で王都にいた。
それぞれの父と母が家を空けている間、寂しいながらも勉強や王族・貴族としての礼儀作法に身を費やしていた時――。
リリアンナの母は隣国の王に迫られ、ディアルトの父に庇われていた。
「メレルギア陛下は、ファイアナの気質を濃くお持ちで、非常に激昂しやすい性格であらせられました。気に入った女性のことで水を差され、面白くないと思った気持ちは、和平にも陰りを見せました」
三人とも、頭が痛い。
まさか十三年前の痴情のもつれが、親が死ぬ発端になったとは。
「ですが事態はそう単純でもありません。原因がリーズベット様にあったとは言え、不機嫌になったメレルギア陛下を更にそそのかす存在がありました」
そこでアドナは一回言葉を句切り、ほんの一瞬迷ってから名前を口にした。
「……宰相ヘイゲス殿です」
「……あいつか」
先ほど、アドナが真実を話すことについて口を挟んでいた男を思い出し、カンヅェルが低く唸る。
「ヘイゲス殿はメレルギア陛下に、ウィリア陛下がよからぬことを企んでいると吹き込みました。懸命にファイアナの緑化を考えてくださっているウィリア陛下を、メレルギア陛下も最初は信じようとしていました。ですがそれよりも、口八丁のヘイゲス殿の言葉に……惑わされたと言った方がいいのか」
「……親父は単純な所があったからな」
ハァ、と溜め息をつき、カンヅェルはお茶の残りを呷る。
「具体的に私がメレルギア陛下からお聞きしたのは、和平を結んで停戦した所に伏兵がなだれ込む。ウィリア陛下が提示した緑化計画に加わるウォーリナも、同盟国としてファイアナを攻撃するつもりだ、など。リーズベット様に関しましても、夫がいるのは嘘で自分の愛人にしたいがために嘘をついている……など」
アドナの言葉にディアルトはテーブルの上に視線を落とし、リリアンナは思いきり唇を曲げた。
言いがかりにも程がある。
「臣下の言葉を信じたメレルギア陛下は、一転して和平を断り始めました。リーズベット様へのアプローチも遠慮のないものになり……。彼女の身に女性としての危険が及んだ時、やむなくウィリア陛下がほんの少し風の力を使われました。それを発端に、王同士の真剣な力のぶつかり合いに……」
眉間に刻む皺を深く、アドナは目を閉じる。
思い出すのは、『あの日』の出来事――。
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