上 下
47 / 61

語られる過去3

しおりを挟む
「……俺だって戦争を終わらせたい。その確執を払拭するためなら、重たい腰を上げて本物の王らしく振る舞ってもいいだろう。俺がその気になれば、お前も真実を語るのか?」
 その声は至って真面目だった。
 揶揄する色も含まない、父の死を不審がる一人の子からの純粋な言葉。
「……陛下が約束してくださるのなら、私は真実をお話し致します。私とて、望んで沈黙していた訳ではありません。この十三年、誰よりも真実を知りたかったであろう方々に、ずっと申し訳ない気持ちを抱いてきました」
 寡黙な男と思っていたアドナは、自らに沈黙の誓いを課していた。それが破られた今、彼はやっと真実を話そうという姿勢を取る。
「いいだろう。俺は何があってもお前の味方になると誓おう。ディアルト様、これは二国間の問題です。仮にこれから国際問題に発展する『何か』が生まれたとしても、真実を得るためにアドナの味方をすると誓ってくださいますか?」
「同意します。私も真実が知りたいです」
 ディアルトの言葉に、リリアンナも頷く。
 やがてアドナはお茶で唇を湿らせ、ゆっくり語り始めた。
「……十三年前も、今と同じように和平のテーブルが用意されていました。戦争が始まって数年が経ち、両国とも疲労を見せ始めていました。メレルギア陛下は領土拡大をと仰って戦争を続けていらっしゃいました。ですが和平のテーブルでは、ウィリア陛下が貿易や植林について様々な打開策を立ててくださいました。戦争の真っ最中だったというのに、ウィリア陛下は私たちファイアナの国土を心配し、学者たちと相談してくださっていたのです」
 自分の父を褒められ、ディアルトはほんの少し面映ゆそうな表情になる。またリリアンナも、その側にいつも母がいたのだと思うと誇らしくなる。
「メレルギア陛下はその案をいたく気に入られ、数日に渡る和平の会議は問題なく進んでいました。……ですが、一つ問題が起こりました」
 三人とも静かに話を聞き、ここからが話の核心なのだと緊張する。
 誰かの喉が静かに鳴ったのが、聞こえた気がした。
「数日を同じ場所で過ごす中、メレルギア陛下はリーズベット様に女性としての魅力を感じるようになられました」
 はぁ……とカンヅェルが息をつき、リリアンナは思わず額を押さえた。
 まさか自分たち三人がそこはかとなく醸し出している雰囲気が、十三年前に親の代でもなされていたとは思わなかったのだ。
「リーズベット様はウィリア陛下のお側を片時も離れませんでした。ですがほんの僅かな隙をついて、メレルギア陛下は彼女を口説かれていました。それにウィリア陛下が気付き、リーズベット様は国に夫がいる身だからと、やんわりと止められたのです」
 当時ディアルトは十三歳、リリアンナは八歳で王都にいた。
 それぞれの父と母が家を空けている間、寂しいながらも勉強や王族・貴族としての礼儀作法に身を費やしていた時――。
 リリアンナの母は隣国の王に迫られ、ディアルトの父に庇われていた。
「メレルギア陛下は、ファイアナの気質を濃くお持ちで、非常に激昂しやすい性格であらせられました。気に入った女性のことで水を差され、面白くないと思った気持ちは、和平にも陰りを見せました」
 三人とも、頭が痛い。
 まさか十三年前の痴情のもつれが、親が死ぬ発端になったとは。
「ですが事態はそう単純でもありません。原因がリーズベット様にあったとは言え、不機嫌になったメレルギア陛下を更にそそのかす存在がありました」
 そこでアドナは一回言葉を句切り、ほんの一瞬迷ってから名前を口にした。
「……宰相ヘイゲス殿です」
「……あいつか」
 先ほど、アドナが真実を話すことについて口を挟んでいた男を思い出し、カンヅェルが低く唸る。
「ヘイゲス殿はメレルギア陛下に、ウィリア陛下がよからぬことを企んでいると吹き込みました。懸命にファイアナの緑化を考えてくださっているウィリア陛下を、メレルギア陛下も最初は信じようとしていました。ですがそれよりも、口八丁のヘイゲス殿の言葉に……惑わされたと言った方がいいのか」
「……親父は単純な所があったからな」
 ハァ、と溜め息をつき、カンヅェルはお茶の残りを呷る。
「具体的に私がメレルギア陛下からお聞きしたのは、和平を結んで停戦した所に伏兵がなだれ込む。ウィリア陛下が提示した緑化計画に加わるウォーリナも、同盟国としてファイアナを攻撃するつもりだ、など。リーズベット様に関しましても、夫がいるのは嘘で自分の愛人にしたいがために嘘をついている……など」
 アドナの言葉にディアルトはテーブルの上に視線を落とし、リリアンナは思いきり唇を曲げた。
 言いがかりにも程がある。
「臣下の言葉を信じたメレルギア陛下は、一転して和平を断り始めました。リーズベット様へのアプローチも遠慮のないものになり……。彼女の身に女性としての危険が及んだ時、やむなくウィリア陛下がほんの少し風の力を使われました。それを発端に、王同士の真剣な力のぶつかり合いに……」
 眉間に刻む皺を深く、アドナは目を閉じる。
 思い出すのは、『あの日』の出来事――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたけど、お金を沢山貰ったんで独り身ライフを楽しもうとしたら、婚約者が追いかけてきた

椿谷あずる
恋愛
婚約破棄されてしまった公爵令嬢エイミー。彼女は手切金を片手に、独り身ライフを楽しもうとしていた。けれどその矢先、自分を捨てたはずの婚約者アレンが復縁したいと追いかけてきたのだ。あっさり手のひらを返したアレン。彼の存在に身の危険を感じたエイミーは、彼から身を守るため用心棒探しを始めた。彼女が案内人として紹介されたのはドライな青年トリュスだった。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
 前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】王命婚により月に一度閨事を受け入れる妻になっていました

ユユ
恋愛
目覚めたら、貴族を題材にした 漫画のような世界だった。 まさか、死んで別世界の人になるって いうやつですか? はい?夫がいる!? 異性と付き合ったことのない私に!? え?王命婚姻?子を産め!? 異性と交際したことも エッチをしたこともなく、 ひたすら庶民レストランで働いていた 私に貴族の妻は無理なので さっさと子を産んで 自由になろうと思います。 * 作り話です * 5万字未満 * 完結保証付き

推しの継母になるためならば、喜んで偽装結婚いたします!

藍上イオタ
恋愛
【第二部スタート】 「ブリギッド・グリンブルスティ! あなたはクビよ!!」   ブリギッドの雇い主の妻カット夫人が金切り声をあげ、彼女に手紙と小箱を突き出した。  ブリギッドは、不倫のえん罪で家庭教師をクビになったのだ。 (セクハラの証拠もあるし、違約金をもらって、推しに課金しよう!)  ブリギッドはウキウキとその場をあとにした。  じつは、ブリギッドは転生者だ。  前世、30代で過労死してしまった小学校教員だったブリギッドは、生前読んでいたweb小説の没落令嬢(モブ)に転生していた。  しかし、彼女の推しは孤児院出身の悪役。  愛を知らないまま大人になってしまうと、悪役として主人公に殺されてしまうのだ。 「推しの命は私が守る! 悪役になんかさせない!」  推しを養子にしようと奮闘するが、未婚では養母になれないとわかり、推しの住環境を守るため、課金とオタクグッズで孤児院を盛り上げていたのだ。  不倫えん罪で、家庭教師をクビになってしまったブリギッドのもとに、「恋をしない鉄壁侯爵」から推しの養父母になるために偽装結婚しないかという提案が。  断る理由なんかない! 喜び勇んで偽装結婚するブリギッド。  すると、推しから懐かれ、さらには「妻としては愛せない」と言っていた、鉄壁侯爵から溺愛されることに……。  オタクと教員の知識を使って奮闘する、育児&ファンタジーです。 題名変更しました(旧:転生没落令嬢が推しの継母になりました) 応援ありがとうございます! 2024/7/29 第二部スタートしました。 誤字誤用のご指摘ありがとうございます! とても助かっております。 時間があるときに直したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

宝石精霊に溺愛されていますが、主の命令を聞いてくれません

真風月花
恋愛
嘘でしょう? 王女であるわたくしが婚約を破棄されるだなんて。身分違いの婚約者から、あろうことか慰謝料代わりに宝石を投げつけられたアフタル。だがその宝石には精霊が宿っていて、アフタルに「俺を選べ」と主従関係を命じる。ちゃんと命令を聞いてくれない、強引な精霊にふりまわされるアフタルが、腐敗した王家を立て直す。

処理中です...