上 下
45 / 61

語られる過去1

しおりを挟む
 翌日ウィンドミドルの兵が見張る中、午前中にファイアナの兵が天幕を張る。
 爆発の罠など、何もおかしい素振りを見せないのを確認してから、両国の兵が見張りに立った。
 そして正午。
 衛兵が敬礼する中、先にディアルトとリリアンナ、騎士団長が到着した。やや遅れてカンヅェルとアドナ、そして宰相や臣下が数人着いた。
 和平の場だからと、それぞれ武器は別の場所に預けてある。
「あなたがディアルト王子か」
 不遜な態度をそのままに、カンヅェルは腕を組んだままの姿で笑う。
 ディアルトが会釈をする隣で、リリアンナもおつきの騎士として丁寧に頭を下げた。
 だがディアルトが会釈から姿勢を戻せば、カンヅェルが無遠慮な視線でリリアンナを見ているのに気付く。
(随分、思っていることや感情。色んなものを雄弁に語る視線だな)
 自分と同じ金色の目だが、含むものは似て非なるものだと感じた。
「はじめまして、カンヅェル様。私はウィンドミドル先王ウィリアの一人息子、ディアルトと申します。現国王陛下に代わり、和平のテーブルに着かせて頂きます」
 丁寧に頭を下げるディアルトを、カンヅェルは値踏みするような目で見る。
(フン……。鍛えてはあるが、精神は優男風だな。大方あの女の尻にでも引かれてるんじゃないのか? まぁ、あの女の尻なら気持ちよさそうだが)
 そこまで考えて、カンヅェルはまたリリアンナを見る。
 胸当ての上半分から見えている深い谷間や、ペチコートから出たスラリとした太腿。その上のしっかりとした腰のライン。
「カンヅェル様」
 視線でリリアンナを嬲っていたカンヅェルに、ディアルトが呼びかける。
 その声に顔を上げれば、ディアルトはカンヅェルが何を見ていたのか「分かってる」と言う目で微笑んでいた。
「天幕に入って、さっそく座りましょう」
 にこやかに天幕を示すディアルトに、カンヅェルは内心嗤った。
(喰えん男だな。この女に手を出したら、何をしてでも俺を殺す覚悟がある。とんだ狸だ)
 ディアルトの笑みを、カンヅェルは『黒い笑み』だと直感する。
(こいつは王の器だ。大事なもののためなら、笑顔で人の命を奪える。発言も考えてせねば、こちらが足をすくわれるな)
 思わぬ強敵の予感に、カンヅェルは知らずと笑っていた。
 やがて双方天幕に入り、用意されてあった席に着く。
 テーブルの中央に向かい合ってディアルトとカンヅェルが座る。ディアルトの両隣にリリアンナと騎士団長。カンヅェルの両脇にはアドナ将軍と宰相が座った。
「会談の前に食事を。俺が連れて来た料理長が腕をふるう」
 テーブルの側に調理台があり、両国の兵士が並んだ中で既に調理が行われていた。
「失礼ながら、確認させて頂きます」
 リリアンナが立ち上がり、調理台を見張っていた兵士と二、三会話をする。
 その姿を見て、カンヅェルは唇を片方もたげて笑う。
「いい女ですね」
「ええ。素晴らしい女性です」
 ディアルトも穏やかな表情のまま、カンヅェルの静かな挑発に応じる。
 一目見た時から男の直感で、カンヅェルがリリアンナに含んだ感情を持っているのが分かった。
 だが彼の見た目が派手だからと言って、そのまま粗野な人間かと思えば違う。獰猛な獣に似た瞳の奥に、如何に相手を効果的に追い詰めるかという狡猾な光がある。
「美しくて強くて……。スタイルもいい。ディアルト様もいい思いをされているのでは?」
「とんでもありません。いつもすげなく断られていますよ」
 リリアンナのことを『その気になれば、すぐ応える女』のように言われ、ディアルトは内心頬を引き攣らせていた。
 そこにリリアンナが席に戻り、微妙な沈黙になる。
「異常なしとのことでした。カンヅェル陛下の御前で、大変失礼致しました」
「いや? 気が済むまで調べてくれ。俺も交渉のテーブルで毒がまわったとなれば、寝覚めが悪い。俺は毒を盛るぐらいなら、正面から切りつけるタイプなのでな」
「はは、確かにそうお見受けします」
 その後、他愛のない話がなされ、横で調理が進んでゆく。
 交わされていた言葉は、主にリリアンナに関することだった。先ほどまでの内容の続きで、軽口にも似ている。
 本来ならリリアンナも自分を話題にされて、あまり快くは思わなかっただろう。
 だが今は大事な会談前なので、自分をネタに男性たちの会話がなされたとしても、特に構わなかった。
 それで会談前の大事な空気が保たれるのなら、何を言ってもいい。そう思っていたのだ。
「ファイアナの食事は、スパイシーな物が多いと聞きました。いい香りですね」
 運ばれてきた食事は、ディアルトが言う通り香辛料がたっぷり使われている。けれど見た目も美しく、暑い土地ならではの鮮やかな食用花も使われていた。
「両国の発展に」
 カンヅェルが酒の入ったグラスを掲げ、全員が同じようにグラスを掲げた。
 鼻に抜ける強い香りがあり、喉を通るとカァッと体が熱くなるような強い酒だ。けれど嚥下した後は軽やかでフルーティーな香りが突き抜け、爽快感がある。
「……美味しい」
 グラスから唇を離し、リリアンナが呟く。
「だろう? お前が望むなら、これから先の展開に寄っては破格で輸出してもいいが」
「ありがとうございます」
 雰囲気がいいのは、リリアンナのお陰。
 そう思ったディアルトは彼女に感謝しつつ、食事を始めた。
 全体的に味が濃く、舌にピリリとくる物もある。けれど舌休めにあっさりとした味の果物が挟まれ、口が辛くなってゆくことはない。
 砂漠ならではの味付けに精通した料理人ならではの、素晴らしいフルコースだ。
 ウィンドミドルでは滅多に食べられない火牛のステーキは、脂が乗っていて非常に美味だった。
 最後にカラフルなフルーツの盛り合わせで締めくくりになり、皆が幸せそうな顔になった後――。
「……では、茶でも飲みながら話を始めましょうか」
 カンヅェルが切り出し、ディアルトが頷く。
 食事中も会話は多くなかったが、そこから先の空気はピンと張り詰めてまったく別のものになる。
「仮に和平を結ぶのが目的として、ディアルト様はこの会談で何が必要だと感じられますか?」
 先手を打ったのはカンヅェルだ。
「双方、条件は同じかと思います。兵が死傷しているのも同じ、互いの国の先王が亡くなっているのも同じ。どちらかが下になり、不利な条件を負うことはないと思っています」
 それにディアルトも引かない。
「先に戦争をふっかけたのがこちらの国であっても?」
「……終戦後、この戦争で亡くなった遺族より申し立てがあれば、相応の謝罪を求めるでしょう。ですがファイアナより同じように謝罪要求があれば、我が国もできる限り対応するつもりです」
「ふん……」
 ――やはり喰えない。
 そう感じたカンヅェルは、ディアルトに手応えを感じてニヤリと笑う。
「さて、私が戦争の意義を見いだせなくなっても続けていたのは、互いの父の確執があるからです」
「……そうですね」
 ――きた。
 ディアルトは表情を崩さず、ゆるりと頷く。
「あの日何があったのか、ディアルト様は知りたくありませんか?」
「それは――。勿論」
 返事をし、ディアルトはチラリとアドナ将軍を見る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私の就職先はワケあり騎士様のメイド?!

逢坂莉未
恋愛
・断罪途中の悪役令嬢に付き添っていた私は、男共が数人がかりで糾弾する様にブチギレた瞬間、前世とこの世界が乙女ゲームだということを知った。 ・とりあえずムカついたので自分の婚約者の腹にグーパンした後会場を逃げ出した。 ・家に帰ると憤怒の父親がいて大喧嘩の末、啖呵を切って家出。 ・街に出たもののトラブル続きでなぜか騎士様の家に連れていかれ、話の流れでメイドをする羽目に! もうこなったらとことんやってやるわ! ※小説家になろうにも同時投稿しています。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

目覚めたら、婚約破棄をされた公爵令嬢になっていた

ねむ太朗
恋愛
刺殺された杏奈は黄泉で目覚め、悪魔に出会った。 悪魔は杏奈を別の世界の少女として、生きさせてくれると言う。 杏奈は悪魔と契約をし、16歳で亡くなった少女ローサフェミリア・オルブライト公爵令嬢として、続きの人生を生きる事となった。 ローサフェミリアの記憶を見てみると、婚約破棄をされて自殺をした事が分かり……

【完結】転生したらモブ顔の癖にと隠語で罵られていたので婚約破棄します。

佐倉えび
恋愛
義妹と婚約者の浮気現場を見てしまい、そのショックから前世を思い出したニコル。 そのおかげで婚約者がやたらと口にする『モブ顔』という言葉の意味を理解した。 平凡な、どこにでもいる、印象に残らない、その他大勢の顔で、フェリクス様のお目汚しとなったこと、心よりお詫び申し上げますわ――

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

ざまぁ系ヒロインに転生したけど、悪役令嬢と仲良くなったので、隣国に亡命して健全生活目指します!

彩世幻夜
恋愛
あれ、もしかしてここ、乙女ゲーの世界? 私ヒロイン? いや、むしろここ二次小説の世界じゃない? 私、ざまぁされる悪役ヒロインじゃ……! いやいや、冗談じゃないよ! 攻略対象はクズ男ばかりだし、悪役令嬢達とは親友になっちゃったし……、 ここは仲良くエスケープしちゃいましょう!

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

処理中です...