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ファイアナの王1

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「いい……、眺めですね」
 正午過ぎ、リリアンナはディアルトと共に砦の屋上にいた。眼下には魚鱗の陣に並んだ騎士、兵たちがいる。
「昨日の私の攻撃を受けて、敵は鶴翼の陣を取っています。恐らく私が中央から大技を使った時、底辺が左右に割れて被害を緩和するつもりなのでしょう。ならば、我々は彎月でいきます。相手が縦二列の衝軛(こうやく)の陣のようになった時、魚鱗で一気に貫きます」
 午前中、ファイアナは攻め込んでこなかった。
 リリアンナがいれば、敵が何の陣を組んでいるかまで見られる。だがそれは、敵陣にカンヅェルがいることを思えばこちらも同じ条件。
 それでもファイアナの陣形が鶴翼の陣のままというのは、こちらの思惑を知った上でのことか……。
 ディアルトとリリアンナは軍師とも相談したが、軍師もリリアンナの案に頷いた。
 現時点で敵陣が陣形を変えないということは、そのまま押し進んでくる可能性が強い。数万人規模の兵士が組む陣形を、ポンポン簡単には変えられないからだ。
「鶴翼の陣が崩れなかったとしても、私のスピードがあれば左右の陣の人数を減らすぐらいはできます」
 確信したリリアンナの言葉に、ディアルトと軍師も頷いた。
 陣の後方には遊撃隊を配置し、隙ができれば突撃してファイアナの王のもとまで辿り着けるよう、血路を開いてもらう予定だ。
 そのようにして決まった作戦は、兵士たちの士気を大いに上げていた。
 ただでさえリリアンナの昨日の戦いぶりは凄まじかった上に、一万近くの援軍が来てくれている。
 砦は一気に活気づき、援軍の代わりに王都へ戻ってゆく兵士たちも「これで大丈夫だ」という顔をしていた。
 リリアンナの視界には、砂塵に混じって黄色く光る太陽に、甲冑を反射させた兵たちがズラリと陣を取っているのが見える。
「勝ちます」
 そろそろ時間だと判断したリリアンナは、フワッと風の力で浮き上がるとディアルトに微笑みかけた。
「君に勝利を」
 ディアルトが手を差し伸べると、リリアンナは令嬢らしく手を重ねる。
 愛する主が自分の手甲に唇を落としたのを見て、リリアンナは勇気が百倍ほどになった気がした。
「殿下が必ず、『戦争を終わらせた名君』と呼ばれるよう尽力致します」
 決意を灯した目で不敵に微笑むと、リリアンナはそのまま陣形の先頭まで一気に飛んでいった。
「……リリィ」
 グングンと姿を小さくするリリアンナを目で追い、ディアルトは彼女を追うように手を伸ばす。
 呼び止めるように伸ばされた手は、触れるべき女性を失い――。もはや点のようになってしまった愛しい姿を、指先がそっと撫でる。
 彼女の支配下にある大気に触れた己の指先に、ディアルトは口づけた。
 まるでそうすることによって、彼女にキスをしているような気持ちになりながら――。
「リリィ、不甲斐ない男で済まない。どれだけ白兵戦に自信があっても、俺は君のように風の意志に選ばれていない。……君を守りたいと言っても……、叶わないのだろうな」
 屋上に一人残されたディアルトは、悔しげに呟く。
 彼がいつも温厚で飄々としてるとしても、力で好きな女より劣っているとなると、内心穏やかではない。
 ソフィア派の者以外で、ディアルトを馬鹿にする者はいない。ディアルトとて好きで精霊と縁がないことぐらい、みな当たり前に知っている。
 そのように周囲が優しいからこそ、ディアルトは時々一人悶々としてしまうのだ。
 リリアンナは力のことなど気にせずとも、自分を好きでいてくれている。
 それは分かっている。
 むしろ彼女が自分から風の意志を奪ったのであったら、その罪悪感で自分を想ってくれているなら嬉しい。――そんな歪んだ感情すら持ってしまう。
「でも俺は……。愛している女を、敵陣に突っ込ませるような男にだけはなりたくなかった」
 深く息を吸って、長く重たく吐き出す。
「くそ……」
 目の前に広がる砂塵舞う荒野を見て、ディアルトは一人毒づいた。


 陣形の上空で、リリアンナは仁王立ちになり敵陣を見据えていた。
 平時のディアルトが側にいたのなら、スカートの中身などを気にする所だ。けれどリリアンナも今ばかりは、下着を見られたぐらいで恥じらっていられない。
「動いた」
 風の精霊に監視させていた敵陣の動きを感じ、リリアンナは鋭く呟く。
(この一戦で、必ず戦争を終わらせる。そして殿下を王都に連れ戻し、王妃陛下はじめ皆に殿下が国王になることを認めて頂く……!)
 心の中でもう一度決意を確かめると、リリアンナはスゥッと息を吸い込み声を上げた。
「全軍、進め!」
 頭上にいた勝利の花の声を耳に、ウィンドミドルの歩兵、続いて騎馬が動き出す。
 リリアンナも軍の動きと共に上空を移動し、双方の距離が五百メートルほどになった頃、レイピアに風を纏わせ始めた。
 ドクン、ドクンと胸の奥で心臓が鳴り、ディアルトの勝利・戴冠のためと思うとプレッシャーで頭痛がする。
 けれど――。
「殿下が見てくださっている。無様な姿は見せられないわ」
 そう呟くと、リリアンナは息を吸い込み大気を震わせるほどの大声を上げた。
「殿下の御為(おんため)に! 王家の守護者イリス家のリリアンナ、参ります!」
 ドンッ! と空を蹴るようにして、リリアンナが飛んだ。
 あまりのスピードに、風の精霊が大気中にいる火の精霊との間に摩擦を起こし、火花が散った。白昼の流星のような姿に敵も味方もどよめく。
 直後、雷を伴った竜巻がファイアナの陣を襲い、悲鳴が飛び交った。

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