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決戦前1

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 ファイアナが出してきた軍をあらかた片付け、初めて撤退まで追いやったリリアンナが戻ったのは、昼頃だった。
 彼女の帰還に、砦中の騎士と兵士が声を上げ、地が轟くほどの騒ぎになる。
「俺らの英雄だ!」
「英雄リーズベット様の娘は、やっぱり英雄だった!」
「俺たちには戦女神がついてるぞぉ!」
 皆が口々にリリアンナを褒め称える中、彼女は困ったように笑って手を振っていた。
 髪の一筋も傷を負った様子はなく、いつも通り美しい立ち姿なのがより士気を高める。
 砦の前まで戻ってきたリリアンナが馬から下りると、ドッと詰め寄った騎士たちが彼女を胴上げにした。
「ま……っ、待ってください! まだ戦に勝った訳では……っ」
 戸惑うリリアンナの言うことを聞かず、興奮状態の騎士たちは彼女を天高く放り投げる。彼女の体が戻って来た時、雲の上の存在のリリアンナに触れられるのも嬉しいのだろう。
「ちょ……っ、お前たち、やめるんだ! リリィは俺の……っ」
 屋上まで行ってリリアンナの勇士を眺めていたディアルトは、足を引きずっているため戻るのが遅かった。
 やっと砦前まで来られたかと思えば、リリアンナは既に狂乱と言ってもいいほどの渦中にいた。
「はぁー……。やれやれ……」
 ――誰にも触られたくないのに。
 そう思いつつも、ディアルトが「仕方がないか」と苦笑いしていた時――。
「凄い女性ですね」
 隣から声がし、ふと横を見るとウォーリナの治癒術士シェラが立っていた。
 リリアンナが彼女に嫉妬していたのを思い出し、ディアルトはシェラから一歩離れる。
「私も……あんな風に堂々として、光り輝く女性になってみたかったです。私にできるのは……、傷を癒やすことだけですから」
 一躍英雄となったリリアンナを見て、シェラは眩しそうに目を細める。
 それを聞いて、ディアルトはリリアンナの気持ちを考える。リリアンナもシェラと同じく、なれるものなら粛々としたレディになりたいと言うだろう。
 お互い、無い物ねだりなのだ。
「王子?」
 不思議そうな顔をするシェラに、ディアルトは微笑む。
「それ、リリアンナに直接言ってみたらどうだ? きっと彼女も似たようなことを考えているかもしれない」
「……そう、ですか?」
 視線の先ではリリアンナようやっと胴上げから解放され、捨て犬のような顔でこちらを見ている所だった。
「リリアンナ! おいで!」
 ディアルトが声をかけると、リリアンナは軽やかに走って主の元へ戻って来た。
「殿下、無事お役目を果たしました。これで明日の作戦も、受け入れてくださいますね?」
「分かったよ。それより今はちゃんと休みなさい。怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です」
 一通りディアルトと会話をし、リリアンナはシェラにペコリと頭を下げる。
「昨日の朝は、殿下を手厚く看病頂きありがとうございます。殿下の護衛として、厚く御礼申し上げます」
 シェラがディアルトの手を握っていたのを知っていながら、リリアンナはそれを抜きにして丁寧に礼を言う。
 そこから彼女の真っ直ぐな性格を見抜き、シェラは己の浅はかさが恥ずかしくなる。
「……いいえ。私こそきちんとご挨拶ができず、大変失礼致しました。私はウォーリナの治癒術士官、シェラと申します。あの時は大変失礼を……」
「殿下は膝の下が裂けていたとか。貴女がいなければ、今は歩くことすら叶わなかったと思います。心より感謝を」
 胸に手を当て、リリアンナはスッとシェラの前に跪いた。
「遠方から同盟国に駆けつけ、人数が少ないなか本当にご苦労様です。私には貴女のように傷を癒やすことはできません。ですから、心より貴女を尊敬申し上げます」
 美しい女騎士に跪かれ、金色の光彩が混じった目で見つめられる。
 ディアルトを意識していたはずのシェラは、自分の胸がトクンと甘く疼くのを感じてしまった。
「え? い、い、いえっ。と、とんでもない!」
 カァッと頬が熱くなり、シェラはペコペコと何度も頭を下げつつ砦の中に入ってしまった。
「……何だったのでしょう? 私、何か失礼なことを……?」
 急に砦の中に入ってしまったシェラの態度に、リリアンナは首を傾げる。
「ははっ。君は相変わらず、人たらしだな。さ、中に入ろう。またファイアナの陣が整ったら、見張りが教えてくれる。君はしっかり休んだ方がいい」
 ディアルトが砦に向かって歩き出すと、リリアンナも主の歩調に合わせる。
「足、まだ痛いですか?」
「ちょっとね。でも、きっとすぐ治るから大丈夫」
「そう仰るなら、あまり歩き回らない方がいいと存じます」
「戦地に来てまで塩対応はいいよ」
「すみません。いつもの通りお返事をしただけなのですが」
 いつものように会話をしている二人は、一変して活気に満ちた騎士や兵士たちから生暖かい視線を送られていた。

**

「姉上、大した英雄になりましたね」
 一休みして水を飲んでいるリリアンナの元に、ハキハキとした声の青年が現れた。
「リオン!」
 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、リリアンナは弟に抱きつく。
「昨日の朝到着したのに、どうして会えなかったのかしら? 元気だった?」
「俺は俺で、忙しかったんですよ。体調はまぁまぁです。栄養のある食事が恋しいですけどね」
 スラリと背の高い茶髪の青年は、サラリと髪を掻き上げて姉に答える。
 白兵戦の者たちと違って、リオンは術士として戦地に来ている。その服装もとても軽装で、シンプルな普段着と言っても差し支えない。
 十九歳だが長身一家なだけあり、身長は一八〇を越えていそうだ。けれどディアルトほど筋力はなく、痩身と言ってもいい。
 国にいれば、リリアンナを慕うレディたちから可愛がられすぎて、やや年上女性恐怖症の気もある。勿論、姉は除外だ。
「しかし殿下も、姉上が到着してご本心では安堵していらっしゃるでしょう」
 リリアンナたちが座っていた場所にリオンも混ざり、気軽な様子でディアルトに話しかける。
「まぁー……、なぁ。リリアンナはいい女だから、王都に一人にしていたら、いつ誰に口説かれるか分からない」
「殿下、私を誰にでも靡く女と思っていらしたのですか?」
 リリアンナがジロリとディアルトを睨み、「それなら呼び寄せてくださればいいのに」と愚痴を言う。
「いや、だがリオンだってリリアンナを呼ぶのは反対だっただろう?」
「そりゃそうですよ。幾ら脳筋でも、一応姉です。武勲で有名になるより、女として安寧に幸せを感じてほしいと父も俺も思っています」
「リオン。姉に向かって脳筋とはなによ」
「姉上、怒らないでください。姉上が本気で怒ったら、か弱い俺なんて瞬殺です」
 自分とリリアンナの筋力を並べ、あえて下位に立って攻撃を躱そうとするリオン。
 その『リリアンナの扱いを慣れている』姉弟の言い合いが可笑しくて、ディアルトは背中を丸めて笑い転げる。
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