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顕現する風の意志

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 翌朝、リリアンナは精霊の加護が強く、元気のある者を選んで出陣した。
 後陣にはリリアンナたちが失敗してもフォローできるように、控えがいる。だがリリアンナは、自分が成功するだろうことをほぼ確信していた。
 ディアルトから奪った風の意志を持っておきながら、自分が負けるということなどあり得ない。
「行って参ります」
 壕に渡してある橋までは馬に跨がって移動し、そこから先リリアンナはヒラリと馬から下りた。
 散歩するようにゆったりと歩きつつ、レイピアを無造作に抜く。
 彼女に従う騎士たち百五十名ほどは、鶴翼(かくよく)の陣に並んでいた。その面々は、いずれも剣技よりも精霊術士として優秀な者たち。
 リリアンナは自分が有する風の意志があれば、他の風の精霊も活発になることを見越した。自分が力をブーストする役割になり、剣技や白兵戦にもつれこむよりも、圧倒的な風の力で押すつもりだ。
 鶴翼の陣は、Vの字の形をしている。先頭の空いた場所にリリアンナがいて、彼女がまず切り込んで敵の数を大幅に減らす。それを鶴翼の陣の騎士たちが余すことなく取り込み、囲い込んで一網打尽にする計画だ。
「今日は風がありますね。幸いなことです」
 リリアンナのポニーテールは、追い風に揺れていた。
 それをリリアンナは、背後の砦にいるディアルトからの応援だと思い込む。
「しかし……。本当に鶴翼の底辺にいなくて大丈夫なんですか? 大将であるリリアンナ様が、切り込み役など……」
 すぐ背後にいた騎士に声をかけられ、リリアンナは涼やかに笑う。
「私が道を切り開きます。あなた達は、私が余した敵をお願いします」
 ヒュルッと緩い風が吹いたかと思うと、リリアンナは宙に浮いていた。
「全員、浮遊して準備を。武器に風を纏わせ、私の突撃に備えてください」
 遠くから、火の精霊が近づいてくるのが分かる。地平線の向こうから朝一番の突撃が行われ、次第にこちらに鬨の声までもが耳に入る。
 ゴクリ、と誰かの喉が鳴ったのが聞こえた気がした。
「安心してください。私は、殿下とあなた達に勝利を約束します」
 後方を振り返って微笑んだリリアンナは、この時全員にとって戦女神に見えたのかもしれない。
「――お供致します」
 誰かが言い、口々に「俺も」という声が聞こえる。
 それを耳にし、リリアンナはもう一度微笑んでから前を向いた。
「では――。ぶちかまします」
 見上げるほどの高さまで浮き上がったリリアンナの周囲に、風が集い竜巻状に螺旋を描いてゆく。
 そして敵の姿が二百メートル程まで近づいた頃――、リリアンナは腹の底から声を出した。
「突撃!!」
 声を上げると同時に、リリアンナはレイピアを突き出し、自身の体もろとも敵陣に突っ込んだ。
 今までの交戦にはなかった竜巻に、ファイアナの兵士は慌てふためき、悲鳴を上げながら天高い場所まで跳ね上げられた。
 横百メートルほどの横陣(おうじん)は崩され、端の方だけ地上に人が残っている。
「リリアンナ様に続けぇえ!」
 リリアンナ中隊と一時的に命名された隊の副隊長が、吠えた。
「おぉおっ!」
 皆声を上げ、鶴翼の陣を崩さずに進んでゆく。
 リリアンナが考案した戦略は、彼女の思う通りに運んだ。自然災害レベルの竜巻がファイアナの陣を瓦解させ、残る精鋭たちが徹底的にファイアナの兵たちを仕留めてゆく。
 最初にディアルトが心配した、リリアンナに人を殺させたくないということも、ほぼ杞憂に終わった。
 実際にリリアンナは剣で誰かを刺すことはなく、大いなる風の力を持って『人の塊』を吹き飛ばしている。
 その中に、高い場所から落ちて骨折なりする者はいようが、それだけで即死という事はまずないだろう。
 リリアンナが「人を殺した」という自覚をすることなく、敵の戦力は大きく削れる。
「まだまだぁっ!」
 上空高く飛んだリリアンナは、レイピアに高密度の竜巻を纏わせてからスゥッと息を吸い込み――思いきり解き放った。

**

「陛下! 我が軍が一方的に押されています!」
 天幕に駆け込んできた兵士の報告に、カンヅェルは「だろうなぁ」と鷹揚に頷いた。
「あれはきっと風の意志だ。ビシバシ感じる。きっと昨日移動中に俺を探ってきた、ウィンドミドルの女だろう」
「女?」
 カンヅェルの言葉に、天幕にいた参謀や、ガッシリとした体つきの将軍アドナが王を見る。
「遠い場所から風の精霊を飛ばして、砂漠で移動中の俺の所まで精神を飛ばしてきた。一瞬意識体が見えたが、いい女だった。……だが、今の王家の第一王女……か? あれとは姿が違う」
 敵国でも、カンヅェルはウィンドミドル王家の人間を、絵姿で知っている。
 その王宮画家も人物を精緻に描く有名な画家で、国王カダンと王妃、そして三人の王子と王女の詳細まで分かった。
 先王の時代の絵姿は、王子がまだ十代半ばくらいのものを知っている。
「あの女は……。先王の一家の護衛の女に……似ていたな。金髪のどえらい美人だ」
 今は三十歳とは言え、カンヅェルが即位したのは十七歳の時だ。
 先王の死は突然だったので、王子時代に他の王家にあまり興味がなくても仕方がない。
「それは恐らく……、ウィンドミドルの英雄リーズベットの娘でしょう」
 口を挟んだのは、アドナ将軍だった。
 現在四十二歳の彼は、十三年前に両国の王が死んだあの場の生き証人だ。顔の半分や体のあちこちに酷い火傷の跡があるが、今でも将軍職をきっちりこなしている。
「あぁ、リリアンナとかいう娘か」
 ふぅん、とご機嫌に笑い、カンヅェルは長い脚を組み替える。
「今日あの娘の戦力を見て、明日は俺が出てやる」
「へっ、陛下!?」
 驚愕する臣下たちを尻目に、アドナだけが渋面で王を制する。
「なりません。先王陛下のことをお忘れですか? 陛下にお世継ぎがいらっしゃらない今、陛下は大事な御身であることを、お忘れなきよう」
「アドナは頭が固いな……。ちょっとぐらい、いいだろう。火の意志と風の意志、どっちが強いかぶつかり合うだけだ。相手の力量を見れば、すぐに引き上げる」
「陛下」
「はいはい。俺はちょっと横になる。腹が減ったら呼ぶから、その時来てくれ」
 作戦本部の天幕にフラリとやってきたカンヅェルだったが、ファイアナ特有の赤い織物でできた羽織をなびかせ、またフラリと立ち去ってしまった。
「まったく陛下は……」
 カンヅェルの気配が遠くなった頃、臣下の一人が嘆息する。
「先王陛下は侵略に関して異様な執着を持っていたが、今の陛下は正直どちらでもいいというお心が見え隠れしていらっしゃる」
「私もそう感じる。無意味な戦なら、早く終わらせてくれれば兵も無駄に死なせずに済むのに」
「そうは言っても、先王陛下のご息子として仇を討ちたいというお気持ちもあるのかもしれない」
 臣下の一人がそう言い、チラリとアドナを見る。
『あの場』で唯一生き残ったというのに、アドナは何があったのかということを語ろうとしない。
 今まで軍会議でも散々議題になり、アドナは窮地に追いやられた。けれど彼が真実を語ることは、今日までないのだった。
「……今日は怪我人が大勢出るでしょう。準備をするよう部下に言ってきます」
 アドナも静かに言い、天幕を出て行った。
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