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星空の告白1
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「では、応援部隊の本陣が到着するまでは、私が稼ぎます」
リリアンナのゴリ押しに、ディアルトは手で額を押さえてしかめっ面をしていた。
勿論ディアルトの手前、騎士団長をはじめ作戦本部の面々も、最初は反対していた。しかしリリアンナの意見も正しいと言えば正しい。
いわく、本陣が辿り着いて総力戦になるまでは、元気で力が有り余っているリリアンナが出て、他の騎士や兵士たちを温存しておくべきと言うのだ。
リリアンナが文字通り一人だけ戦場に出るのではなく、彼女が選んだ者たちが陣を組む。
総力戦の時もリリアンナは自分が一番に切り込むつもりでいて、その予行練習として明日戦っておきたいと言うのだ。
「だからリリアンナ。それは君の負担が大きすぎる」
「殿下は私を何だと思っておられるのですか! お飾りの護衛と思えば大間違いです!」
ディアルトが意見しても、一度王妃の前で歯向かう勇気を得たリリアンナは強い。
彼女の中で何が弾けたのか分からないディアルトは、困惑するだけだ。
「いいですか? 私は疲弊した一個師団を優に上回る力を持っています。それを使わないでおくのは、我ながら宝の持ち腐れかと」
「リリアンナ。君が強いは知っているが、あまり過信すると身の破滅になるぞ」
首を振るディアルトに、逆にリリアンナがかぶりを振る。
「……いいえ。過信ではありません。私は力を解放すれば、本当にそれぐらいの力を持っているのです」
「だとしたらそれは……。王の器になる規模じゃないか」
誰かが呟いた言葉に、リリアンナはこれ以上ない真剣な顔で地図を睨んでいた。
「……殿下。どうか私を信じてください。私はあなたに勝利をお約束します」
押し殺した声に、ディアルトは手を組んで額につけた。フー……と長く重たい溜め息をつき、しばらく沈黙する。
その場にいる他の者たちも、リリアンナを信じていいのか分からない様子だった。
「……駄目だった時に備えて、控えの部隊を用意する。君が無茶をしないように、俺も同行する。これが条件だ」
低い声で言ったディアルトに、今度はリリアンナが渋面になった。
「殿下は砦にいらしてください」
「リリアンナ」
「……足手まといです」
シン……と水を打ったように場が静まりかえり、気まずい空気になる。
ディアルトは唇を曲げ、何かを堪えるような表情で地図を睨み――息をついた。
「……これでもし戦局が危うくなるなら、許さない。君はもう二度と前線に出さないし、王都に戻す」
「……仰せのままに」
リリアンナもディアルトのことを「足手まとい」など、言いたくなかった。
だがディアルトの過保護があれば、この戦いに勝てないことが分かっていた。
たとえディアルトを傷つけ、一時的に信頼を損ねても、この作戦を成功させ、総力戦に繋げなければいけない。
「では、私と共に戦うメンバーを選ばせてください」
リリアンナが言い、騎士団長が部下に元気な団員を集めるよう命令が下った。
**
「……怒っていますか?」
夕食をとった後、ディアルトは無言で砦の外に出た。
リリアンナもそれに続き、少し足を引きずっている主を気遣う。
砂漠の土地に近い国境は荒野が続き、時折土地に適した植物が生えているのみだ。頭上には星空が広がり、真っ黒なビロードにダイヤモンドを零したように見える。
あの後、共に戦うメンバーを選んだリリアンナは、彼らに明日の作戦を伝えていた。それから夕食をとった後の今である。
「……まぁ、情けないなとは思うよ」
昼間の作戦室での険しさはどこかに、ディアルトは穏やかに笑う。
薄暗いなか浮かび上がる、ディアルトのシルエットが愛しい。精悍な横顔を見て、リリアンナは申し訳なさで泣き出しそうになった。
「すみません」
「……いいよ。だが、怪我をして戻って来たら絶対に許さない」
「王都に戻しますか?」
「ああ。戻して大人しくさせて。俺が戻ったら結婚する」
「……もう」
変わらない気持ちに、リリアンナは目に浮かんだ涙をそっと拭った。
ディアルトの足がズッ……ズッ……と地面をこする音が、やけに耳に響く。昼間の戦いの気配はどこかに、夜は静かだ。
乾いた空気の中、人が大勢いる戦場だというのに、どこかこの世界には自分たち二人だけのような感じがする。
「殿下、どこに向かわれるのですか?」
「もう少し」
リリアンナの問いに答えず、ディアルトは足をひきずって歩き続ける。
荷馬車が置いてある場所を通り過ぎた先、点々と白い花が咲いていた。
「……はぁ」
歩くのが辛かったのか、ディアルトは立ち止まって息をつく。
それからリリアンナを振り向いて、笑顔を浮かべた。
「この土地を、君に捧げたい」
「え?」
ディアルトの手が示す先は、一面の荒野に咲く白い花。とても強い匂いがした。
リリアンナはその花の名前を知らない。
「いつものバラが間に合わないからね。荒野に咲く、野バラだ。丁度時期で、この場に三百六十五本あることを願うよ」
「ふ……ふふっ。殿下、こんな時になってまで……」
戦場に来てまでリリアンナにバラを捧げたいというディアルトの徹底した気持ちに、呆れた彼女は思わず笑い出していた。
リリアンナのゴリ押しに、ディアルトは手で額を押さえてしかめっ面をしていた。
勿論ディアルトの手前、騎士団長をはじめ作戦本部の面々も、最初は反対していた。しかしリリアンナの意見も正しいと言えば正しい。
いわく、本陣が辿り着いて総力戦になるまでは、元気で力が有り余っているリリアンナが出て、他の騎士や兵士たちを温存しておくべきと言うのだ。
リリアンナが文字通り一人だけ戦場に出るのではなく、彼女が選んだ者たちが陣を組む。
総力戦の時もリリアンナは自分が一番に切り込むつもりでいて、その予行練習として明日戦っておきたいと言うのだ。
「だからリリアンナ。それは君の負担が大きすぎる」
「殿下は私を何だと思っておられるのですか! お飾りの護衛と思えば大間違いです!」
ディアルトが意見しても、一度王妃の前で歯向かう勇気を得たリリアンナは強い。
彼女の中で何が弾けたのか分からないディアルトは、困惑するだけだ。
「いいですか? 私は疲弊した一個師団を優に上回る力を持っています。それを使わないでおくのは、我ながら宝の持ち腐れかと」
「リリアンナ。君が強いは知っているが、あまり過信すると身の破滅になるぞ」
首を振るディアルトに、逆にリリアンナがかぶりを振る。
「……いいえ。過信ではありません。私は力を解放すれば、本当にそれぐらいの力を持っているのです」
「だとしたらそれは……。王の器になる規模じゃないか」
誰かが呟いた言葉に、リリアンナはこれ以上ない真剣な顔で地図を睨んでいた。
「……殿下。どうか私を信じてください。私はあなたに勝利をお約束します」
押し殺した声に、ディアルトは手を組んで額につけた。フー……と長く重たい溜め息をつき、しばらく沈黙する。
その場にいる他の者たちも、リリアンナを信じていいのか分からない様子だった。
「……駄目だった時に備えて、控えの部隊を用意する。君が無茶をしないように、俺も同行する。これが条件だ」
低い声で言ったディアルトに、今度はリリアンナが渋面になった。
「殿下は砦にいらしてください」
「リリアンナ」
「……足手まといです」
シン……と水を打ったように場が静まりかえり、気まずい空気になる。
ディアルトは唇を曲げ、何かを堪えるような表情で地図を睨み――息をついた。
「……これでもし戦局が危うくなるなら、許さない。君はもう二度と前線に出さないし、王都に戻す」
「……仰せのままに」
リリアンナもディアルトのことを「足手まとい」など、言いたくなかった。
だがディアルトの過保護があれば、この戦いに勝てないことが分かっていた。
たとえディアルトを傷つけ、一時的に信頼を損ねても、この作戦を成功させ、総力戦に繋げなければいけない。
「では、私と共に戦うメンバーを選ばせてください」
リリアンナが言い、騎士団長が部下に元気な団員を集めるよう命令が下った。
**
「……怒っていますか?」
夕食をとった後、ディアルトは無言で砦の外に出た。
リリアンナもそれに続き、少し足を引きずっている主を気遣う。
砂漠の土地に近い国境は荒野が続き、時折土地に適した植物が生えているのみだ。頭上には星空が広がり、真っ黒なビロードにダイヤモンドを零したように見える。
あの後、共に戦うメンバーを選んだリリアンナは、彼らに明日の作戦を伝えていた。それから夕食をとった後の今である。
「……まぁ、情けないなとは思うよ」
昼間の作戦室での険しさはどこかに、ディアルトは穏やかに笑う。
薄暗いなか浮かび上がる、ディアルトのシルエットが愛しい。精悍な横顔を見て、リリアンナは申し訳なさで泣き出しそうになった。
「すみません」
「……いいよ。だが、怪我をして戻って来たら絶対に許さない」
「王都に戻しますか?」
「ああ。戻して大人しくさせて。俺が戻ったら結婚する」
「……もう」
変わらない気持ちに、リリアンナは目に浮かんだ涙をそっと拭った。
ディアルトの足がズッ……ズッ……と地面をこする音が、やけに耳に響く。昼間の戦いの気配はどこかに、夜は静かだ。
乾いた空気の中、人が大勢いる戦場だというのに、どこかこの世界には自分たち二人だけのような感じがする。
「殿下、どこに向かわれるのですか?」
「もう少し」
リリアンナの問いに答えず、ディアルトは足をひきずって歩き続ける。
荷馬車が置いてある場所を通り過ぎた先、点々と白い花が咲いていた。
「……はぁ」
歩くのが辛かったのか、ディアルトは立ち止まって息をつく。
それからリリアンナを振り向いて、笑顔を浮かべた。
「この土地を、君に捧げたい」
「え?」
ディアルトの手が示す先は、一面の荒野に咲く白い花。とても強い匂いがした。
リリアンナはその花の名前を知らない。
「いつものバラが間に合わないからね。荒野に咲く、野バラだ。丁度時期で、この場に三百六十五本あることを願うよ」
「ふ……ふふっ。殿下、こんな時になってまで……」
戦場に来てまでリリアンナにバラを捧げたいというディアルトの徹底した気持ちに、呆れた彼女は思わず笑い出していた。
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