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反撃2

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 空気がビリッと震え、一瞬風が巻き起こったほどだ。
 その気迫に呑まれ、全員がリリアンナに注目した後、彼女が口を開く。
「王妃陛下こそ、我が主を愚弄しないで頂きましょうか! 今こそ国王陛下が王座に座しているものの、本来なら殿下がこの国を治めているはずでした! それをあなたが! 殿下には精霊の加護がないからと、反対したのではないですか!」
 あまりの迫力に、リリアンナのポニーテールがフワリと持ち上がり、スカートの裾までが風になびく。
「や……っ、やめなさい! 陛下の前で力を行使して、失礼だと思わないのですか!?」
 王家の人間とはいえ、ソフィアの持つ力はリリアンナに遠く及ばない。
 ソフィアにあるのは、煽動術と話術、策略と野心だけだ。
「失礼なのは貴女です! 私は殿下だけの命令を聞く、王家の守り手です! 先王陛下を私の母が守り、今の国王陛下は父が見守っています。そして王位継承権第一位の殿下は、私がお守りしています! イリス家は公爵家であれど、独立した力を持つ家です。イリス家の一族が王家から離反すれば、軍に関わる多くの者たちが離れます。この国は戦力を失い、直ちにファイアナの脅威にさらされるでしょう」
 それは既知のことだが、あまりにイリス家の面々が従順に王家を守っていたので、全員失念していた事実だ。
 ライアンの弟たちは全員騎士団や王宮の高位武官にいて、彼らを慕う者たちは大勢いる。いわば、イリス家は国家の武闘派そのものと言える。
 それらが部下である騎士団や武官たちを率いて離反するとなれば、想像するだけでゾッとする。
 規律が乱れるだけではなく、国を象る半分が崩壊する。
「お……っ、脅すのですか!? 王妃を脅すのですか!?」
 ソフィアが美しい顔を歪め、リリアンナを睨みつける。
 カダンは静かな面持ちで、ことの成り行きを見守っていた。王子たち――特に長男のバレルは、ある種の覚悟を持った顔をしている。
「殿下の御身に危険が及ぶようなら、私は世界を敵に回してでも殿下を守ります! たとえ王妃陛下であろうが、私は容赦致しません!」
 声を張り上げ、リリアンナは大臣たち、貴族たちを睨みつけるように見回した。
「あなた達もよく考えるといいでしょう! 本当に大事なのは己の保身なのか、それともこの国なのか! 歪められた政治の上に成り立つ一時的な安楽か、先王陛下より伝えられた正式な血筋か!」
 腰にあるレイピアを鞘ごと抜き、鐺(こじり)の部分でドンッと床を突いた。
 同時に風が巻き起こり、人々の髪や衣服をなびかせてゆく。
「私はこの戦争の勝利と、殿下の正式な継承を求めます! そのために、一刻も早い応援を前線に送って頂きたく存じます!」
 リリアンナの目は爛々と光り、彼女の周りに風の精霊の姿が可視できるほどだ。
 風の娘たちがリリアンナにまとわりつき、舞いながら加護している。その様子は、風の精霊の加護を得ている全員が目撃できる。
 唯一見られないのは、この場にいないディアルトだけだ。
 ソフィアは口をパクパクとさせて言葉を失い、人々もシンと静まりかえった。
 大臣たちの前列にいたライアンが進み出て、静かに口を開く。
「陛下、娘が場を乱し大変失礼致しました。ですが私の気持ちも娘と同じ所にあります。正直国王の座に関しましては、良い政治を行うのなら誰でも宜しい。しかしこの戦争だけは、終わらせなければなりません。先王陛下と共に散った我が妻の名誉にかけても、次の世代にまで長引かせてはいけない争いです」
 この国の英雄でもあったリーズベットが引き合いに出され、カダンの面持ちが変わる。
「私は世の父がそうであるように、子の幸せを願っています。息子を戦地から呼び戻し、娘には早く結婚して幸せになって欲しい。そのためには、戦争を終わらせなければなりません」
「子の幸せ……」
 ライアンの言葉にカダンは呟き、まず自分の子供のことを考えた。
 不自由させず育てたはずだ。だが教育はソフィアに一任してきた。
 子供が育ってゆく過程で、信頼を置く臣下から「王子殿下たちと王女殿下は、それぞれ進みたい道があるようです」と秘密裏に聞いた。
 果たしてよりよい高度な教育は、子のためなのか。
 子が本当にやりたいことをやらせるのが、親としてあるべき姿ではないのか。
 ある程度の教育をさせ、三人の子供はもう自分で様々なことを判断できる歳になっている。
 バレルが王座に興味がないのも知っているし、ナターシャが暇さえあれば絵筆を握っているのも知っている。オリオは「早く戦争が終わって、もっと便利な文化になるよう研究がしたい」とぼやいているのも分かっている。
「未来は、子供たちが握っています。我々がすべきは、今を平和な国にすることではありませんか?」
 ライアンの隣に、リーズベットが立っているような気がする。
 太陽のように明るい笑顔を持つ、国の英雄。
 強くカリスマ的な存在だった兄といつも一緒にいて、彼を守って戦死した美しい女性。
 ――かつて、彼女に憧れていた時代があった。
 そして目の前には、若い時の彼女そっくりのリリアンナがいる。
 愛しい人を救いたいと、彼女が全身全霊で叫んでいる。
 若い頃兄とリーズベットの死を前に何もできなかった自分に、今ならできることがある。
 カダンは静かに口を開いた。
「リリアンナの意見を取り入れよう。責任はすべて、私が持つ」
「陛下!」
 ソフィアの声に、カダンはやっと妻を見た。
「王妃の発言権を、しばらく剥奪する。君は少し好きにやりすぎた。私が大切にするのは、自分の子供たちだけではない。兄が残した正当な王の血を、私は守る役目がある。それに今は仮の王であったとしても、私は国を守る責任がある」
 今までまともに妻を見ようとしなかったせいか、自分の妻は美しいようでいてとても歪んだ顔をしていた。
 眉間に皺が寄り、目が釣り上がり、ギラギラとしている。
 結婚をした当時は、もっと大人しく魅力的な女性だったはずなのだが――。
「陛下、わたくしは……!」
「ソフィア。君には確認しなければならないことが沢山ある。私の耳にも入った、ディアルトの身に起きた数々の事故。ディアルトの食事に何かが混入し、体調を崩した何回かの出来事。それらの裏付けに、君にも立ち会ってもらう」
 今までは「自分の妻だから」と思って、決して見ようとしなかった『箱』の中身。
 カダンはやっとその蓋に手をかけ、汚物が詰まった中身を見る勇気を出した。
 それが王座に座っている自分の、恐らく最後の大仕事だ。
「陛下……」
 呆然としたソフィアを尻目に、カダンはライアンに告げる。
「イリス家のライアンに命じる。先の会議で妥当とした数の騎士と兵を、今すぐに前線に向かわせること。リリアンナはそれと共に前線に赴き、王子ディアルトを連れて戻ってくるように」
「はっ」
「はい!」
 王らしい威厳に満ちた声に、ライアンとリリアンナは同時に返事をして踵を鳴らした。
「すぐに向かいます!」
 リリアンナの声は、爽やかな風と共に謁見の間に響き渡った。そして彼女は荷物を持ち、ブーツの音を高らかにその場を去ってゆく。
 一陣の風が吹き抜けた後は、新しい空気に変わるのだ。
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