上 下
24 / 61

懊悩――再度の別れ

しおりを挟む
 翌日、ディアルトは中央宮殿に赴いた。
 リリアンナもいつものように甲冑を着けた姿で随行し、ディアルトの後ろに控える。
「前線は私が思っていたより、ずっと酷い状況でした。ファイアナは四大精霊の中で最も高い攻撃力を誇る、火の精霊に守護されています。その火力は言わずもがなで、負傷者は火傷や爆発の余波での被害が大きいです」
 謁見の間でディアルトは前線の様子を報告していた。
 出発を命じられた時のように、その場には王妃ソフィアと三人の王子と王女がいる。大臣や貴族たちに混じって、リリアンナの父ライアンもいた。
「火の精霊に一番効果のある水の精霊は、ウォーリナからの援軍しかいません。その多くは負傷者を癒やす治癒術士で、水の攻撃ができる術士まで及びません。ウォーリナとしても、王国にいる軍の多くを動かすのは不安なのでしょう」
 凛とした声は高い天井に響き、全員の耳を打つ。
 幾分やつれながらも、たっぷり休んだディアルトには気迫がある。
 明日にはまた死地へ戻らなければいけない。その前に、少しでも前線の状況を分かってもらい、何とか対策をと思っているのだ。
「我が風の国は、力の使いようによっては火の軍に効果的な勝ち方ができます。自然の風の向きを味方につけ、圧倒的な力があれば向かってくる火をすべて吹き返し、カウンターで全滅させることができます。いま足りないのは、その術士です。国内に駐屯させないといけない軍のことは分かっているつもりですが、もう少し前線に向かわせる術士を増やせないでしょうか?」
 要望を口にし、ディアルトはカダンを見つめる。
 王座に座っているカダンは、額に指先をやってしばらく考えていた。
 やがて、苦しそうに答える。
「言いたいことは分かるつもりだ。だが私も、この場ですぐに返事をすることはできない。軍会議を行い、各地の駐屯兵の数などをすり合わせ相談しなければいけない。今は……」
 本当ならカダンも頷き、ディアルトをもう死地に向かわせたくない。
 けれど王という存在は権限を持つ立場でありながら、様々なことを一人では決定できない。不可能ということではないが、それをしてしまえば「暴政」と言う者が現れる。
 苦悩する王を前に、ディアルトは爽やかな笑みを浮かべた。
「分かっております。どうぞお早いご決断を。それまで私たちは、前線で堪えていますから」
「自分たちは戦いながら耐え忍ぶから、その間に上の方で決めることを決めて欲しい」と、ディアルトは目で訴える。
 それにカダンが静かに、だが重々しく頷いた時――。
「殿下はまた前線に戻られるようで、わたくし感動で涙が出てしまいそうです」
 例の芝居がかった口調でソフィアが声を張り、謁見の間中の人間の視線を集めた。
「この戦争が終わるまで、殿下は責任を持って前線でのお役目を果たしてくださるとか。わたくしは殿下の国を思う気持ちに胸を打たれ、感動しております」
 ソフィアの言葉に、リリアンナは唇を噛んだ。
 誰もディアルトが戦争が終わるまで前線にいるなど、言っていない。
 ここでソフィアが余計なことを言えば、またディアルトの立場が悪くなってしまう。
(――そんなに。……そんなに殿下が疎ましいのですか? 王妃陛下)
 あまりの悔しさに、目の奥が熱くなって涙が零れそうだった。
 グッと握りしめた拳は震え、リリアンナは大理石の床に敷かれた赤い絨毯を見つめる。
 この場で大声を出し、思っていたことをすべて声にすれば良かったのかもしれない。
 ただ、あまりに忠臣すぎるリリアンナは、自分が声を上げることでディアルトの立場が悪くなることを恐れた。

 そして翌日、ディアルトは入れ替えの騎士たちと一緒に前線に戻っていった。
 去り際にリリアンナに九本のバラ――『いつも一緒にいよう』という想いを残して。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

転生ヒロインに国を荒らされました。それでも悪役令嬢(わたし)は生きてます。【完結】

古芭白あきら
恋愛
今日、私は40になる。この歳で初めて本当の恋を知った―― 聖女ミレーヌは王太子の婚約者として責務を全うしてきた。しかし、新たな聖女エリーの出現で、彼女の運命が大きく動き出す。 エリーは自分を乙女ゲームのヒロインだと言い、ミレーヌを『悪役令嬢』と決めつけ謂れのない罪を被せた。それを信じた婚約者から婚約破棄を言い渡されて投獄されてしまう。 愛していたはずの家族からも、共に『魔獣』を討伐してきた騎士達からも、そして守ってきた筈の民衆からも見放され、辺境の地リアフローデンへと追放されるミレーヌ。 だが意外にも追放先の辺境の地はミレーヌに対して優しく、その地に生きる人々ととの生活に慣れ親しんでいった。 ミレーヌはシスター・ミレとして辺境で心穏やかに過ごしていたが、彼女の耳に王都での不穏な噂が入ってくる。エリーの振る舞いに民達の不満が募っていたのだ。 聖女の聖務を放棄するエリーの奢侈、100年ぶりの魔王復活、異世界からの勇者召喚、そして勇者の失踪と度重なる王家の失政に対する民の怨嗟――次々と王都で問題が湧く。 一方、ミレの聖女としての力で辺境は平穏を保っていた。 その暮らしの中で、ミレは徐々に自分の『価値』と向き合っていく。 そんな中、ミレは黒い髪、黒い瞳の謎の青年と出会う。 この人を寄せ付けないエキゾチックな青年こそがミレの運命だった。 番外編『赤の魔女のフレチェリカ』『小さき聖女シエラ』完結です。 「小説家になろう」にも投稿しております。

処理中です...