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出立
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その後、二週間ほどの時が流れて、ディアルトが前線に赴く日となった。
日程までにディアルトは大量の仕事をこなし、自分が王宮にいなくても事足りるように引き継ぎを終えていた。
城門の外には騎士団の騎馬隊が出発する準備をし、賑わっている。
戦地に赴く男たちの異様な熱気を前に、リリアンナは一人疎外感を受けていた。
「リリアンナ様、どうぞご心配なく。殿下はちゃんとお守りしますから」
「……ありがとうございます」
騎士の言葉にリリアンナは元気のない笑みを浮かべ、目は忙しく準備をしているディアルトを追っている。
自分の馬の背に荷を負わせた後、ディアルトは騎士団に混じって他の荷馬車への荷の積み込みを手伝っていた。
リリアンナもそれに混じろうとしたのだが、他の騎士たちによって「大丈夫ですから」と遠慮されてしまう。
結果物凄い歯がゆさを感じたリリアンナは、自分を足手まといのように感じていた。
「留守中のリリアンナ様のことは、私が殿下から一任されています」
そう言って微笑んだのは、例の若く美しいケインツだ。
彼は騎士団の精鋭と言っても、王都に常駐するメンバーなので戦地には行かないことになっている。
ディアルトもケインツ相手だと異性的魅力に不安がありつつも、実力者なのでリリアンナを任せた。
「……私は守ってもらわずとも大丈夫です」
風が吹き、リリアンナの前髪やポニーテール、スカートをなびかせて通り過ぎていった。
(せめて……。守護精霊に殿下を守るようお願いしたら……)
少しでもディアルトを守れるのなら、と思ってリリアンナは自分を守護している風の精霊に気持ちを集中させた。
だが彼女が何か願う前に、隣からグッと手を握られる。
「……何ですか? ケインツ」
邪魔をしないで欲しいと、やや非難を込めた目で隣に立つ騎士を見る。けれど彼は静かに首を振った。
「遠方からの精霊を使っての援助はなさらないようにと、殿下からのご命令です」
「それぐらい……」
「戦地は騎士や兵士たちが、武器だけではなく精霊の力も使って戦っています。白兵戦だけではなく、精霊の力がぶつかり合っています。その余波で、いつリリアンナ様の精霊が影響を受けるか分かりません。強すぎる力に干渉した時、術者はその場で昏倒する場合もあります。殿下はそのようなことを心配しておいでなのです」
「……こんな時まで……」
自分の心配ではなく、人のことばかり。
だからこそ、リリアンナは余計に心配してしまう。
戦地でディアルトが、窮地に陥っている騎士や兵士たちを助けて回る姿が用意に思い浮かぶ。その過程で、油断を突かれて何かされたらどうするのだろう。
「……殿下のバカ」
拳を握りしめ、小さく呟くリリアンナをケインツは優しく見つめる。
騎士団の誰もが憧れる白百合の君。
自分こそが彼女の相手になりたいと口では言いつつ、そうなれないのを誰だって分かっている。リリアンナの目にディアルトしか入っていないからこそ、騎士団たちは毎日バカのように浮かれられるのだ。
「亭主留守で元気がいいって言うじゃないですか。あれ? ちょっと違うかな」
「……私と殿下は夫婦ではありません」
二人が静かに会話をしていると、リリアンナの表情を読んだ誰かが「ケインツ! 泣かせるなよ!」と怒鳴った。
それを聞いて周囲がドッと沸き、ディアルトが焦ってリリアンナを確認する様子が、更に笑いを誘う。
死地を前に明るさを失わない男たちに、リリアンナは額に手をやって溜め息をついた。
「じゃあ、行ってくるよ。リリアンナ」
馬上のディアルトは、青空を背後に清々しい笑みを浮かべる。
これから戦地に行くとは思えない爽やかさだ。
「殿下、お気をつけて」
ディアルトの手の甲にキスをしようと、リリアンナが手を伸ばした時、彼がサッとバラを差し出した。
その数は四本。
ヒュウッと誰かが尻上がりの口笛を吹き、周囲が沸く。
「『死ぬまで愛の気持ちは変わらない』。はい、受け取って。リリアンナ」
「……もう。縁起が悪いです」
これ以上ないほど大きな溜め息をつき、リリアンナは一応バラを受け取る。
「浮気したらお仕置きだからな? リリアンナ」
「私はただの護衛係です」
ディアルトの軽口に、リリアンナはいつものクールな態度で切り返す。
同時に彼がわざと『日常』の空気を作ってくれているのだと察し、逆に泣きたい気持ちになる。
「あと、無事に戻って来たら結婚のこと考えてくれよ?」
ディアルトの大きな声にリリアンナはカァッと赤面し、騎士たちが一斉にブーイングをする。
「考えるだけです」
半眼になって言ったあと、リリアンナはディアルトの手の甲に敬愛のキスをした。
「ご武運を」
嫉妬に混じった男達の声がし、その中からヤケクソ気味に「俺たちには勝利の女神がついているぞ!」と吠える声がある。
やがて隊列は動き出し、ディアルトはリリアンナの頭をポンポンと撫でてから、馬の腹を軽く蹴った。
「リリアンナ、いつも通りに過ごすんだよ。愛してる!」
最後にそう言うと、ディアルトは振り返らずに馬を進めていった。
先頭集団に続くように後続も動き出し、リリアンナはケインツに手を引かれ静かに後ずさる。
騎士団に恋人のいるレディたちもその場にいたが、その他のレディたちは運命に引き裂かれる王子と白百合の君の悲恋に涙ぐんでいた。
遠くの方にはシアナ、ロキア、アリカがいる。その側にカダンたち一家もいた。
ソフィアは隊列が動き出してすぐに踵を返し、慌てて侍女や賑やかしの貴族たちが後を追う。
王都の大通りを通ってゆく隊列を、リリアンナはいつまでも見送ろうと思った。
……のだが、キャアッと黄色い声が上がったかと思うと、レディたちに取り囲まれてしまった。
「リリアンナ様。これからわたくし達とお茶をしませんか?」
「お辛いでしょう? わたくし達と同じですわよね? 一緒にお喋りをして思いを晴らしましょう」
「リリアンナ様。恋人の無事を祈るおまじないがあるんです。一緒にしませんこと?」
どこまでも逞しいレディたちの熱気に、リリアンナは思わず笑みを零してしまう。
「……私で宜しいのなら、ご一緒しましょう」
女性向けの優しい笑みを浮かべると、またキャアッと声がする。
長身の彼女を取り囲むようにレディたちが集まるのを、ケインツは安心したように見守っていた。
日程までにディアルトは大量の仕事をこなし、自分が王宮にいなくても事足りるように引き継ぎを終えていた。
城門の外には騎士団の騎馬隊が出発する準備をし、賑わっている。
戦地に赴く男たちの異様な熱気を前に、リリアンナは一人疎外感を受けていた。
「リリアンナ様、どうぞご心配なく。殿下はちゃんとお守りしますから」
「……ありがとうございます」
騎士の言葉にリリアンナは元気のない笑みを浮かべ、目は忙しく準備をしているディアルトを追っている。
自分の馬の背に荷を負わせた後、ディアルトは騎士団に混じって他の荷馬車への荷の積み込みを手伝っていた。
リリアンナもそれに混じろうとしたのだが、他の騎士たちによって「大丈夫ですから」と遠慮されてしまう。
結果物凄い歯がゆさを感じたリリアンナは、自分を足手まといのように感じていた。
「留守中のリリアンナ様のことは、私が殿下から一任されています」
そう言って微笑んだのは、例の若く美しいケインツだ。
彼は騎士団の精鋭と言っても、王都に常駐するメンバーなので戦地には行かないことになっている。
ディアルトもケインツ相手だと異性的魅力に不安がありつつも、実力者なのでリリアンナを任せた。
「……私は守ってもらわずとも大丈夫です」
風が吹き、リリアンナの前髪やポニーテール、スカートをなびかせて通り過ぎていった。
(せめて……。守護精霊に殿下を守るようお願いしたら……)
少しでもディアルトを守れるのなら、と思ってリリアンナは自分を守護している風の精霊に気持ちを集中させた。
だが彼女が何か願う前に、隣からグッと手を握られる。
「……何ですか? ケインツ」
邪魔をしないで欲しいと、やや非難を込めた目で隣に立つ騎士を見る。けれど彼は静かに首を振った。
「遠方からの精霊を使っての援助はなさらないようにと、殿下からのご命令です」
「それぐらい……」
「戦地は騎士や兵士たちが、武器だけではなく精霊の力も使って戦っています。白兵戦だけではなく、精霊の力がぶつかり合っています。その余波で、いつリリアンナ様の精霊が影響を受けるか分かりません。強すぎる力に干渉した時、術者はその場で昏倒する場合もあります。殿下はそのようなことを心配しておいでなのです」
「……こんな時まで……」
自分の心配ではなく、人のことばかり。
だからこそ、リリアンナは余計に心配してしまう。
戦地でディアルトが、窮地に陥っている騎士や兵士たちを助けて回る姿が用意に思い浮かぶ。その過程で、油断を突かれて何かされたらどうするのだろう。
「……殿下のバカ」
拳を握りしめ、小さく呟くリリアンナをケインツは優しく見つめる。
騎士団の誰もが憧れる白百合の君。
自分こそが彼女の相手になりたいと口では言いつつ、そうなれないのを誰だって分かっている。リリアンナの目にディアルトしか入っていないからこそ、騎士団たちは毎日バカのように浮かれられるのだ。
「亭主留守で元気がいいって言うじゃないですか。あれ? ちょっと違うかな」
「……私と殿下は夫婦ではありません」
二人が静かに会話をしていると、リリアンナの表情を読んだ誰かが「ケインツ! 泣かせるなよ!」と怒鳴った。
それを聞いて周囲がドッと沸き、ディアルトが焦ってリリアンナを確認する様子が、更に笑いを誘う。
死地を前に明るさを失わない男たちに、リリアンナは額に手をやって溜め息をついた。
「じゃあ、行ってくるよ。リリアンナ」
馬上のディアルトは、青空を背後に清々しい笑みを浮かべる。
これから戦地に行くとは思えない爽やかさだ。
「殿下、お気をつけて」
ディアルトの手の甲にキスをしようと、リリアンナが手を伸ばした時、彼がサッとバラを差し出した。
その数は四本。
ヒュウッと誰かが尻上がりの口笛を吹き、周囲が沸く。
「『死ぬまで愛の気持ちは変わらない』。はい、受け取って。リリアンナ」
「……もう。縁起が悪いです」
これ以上ないほど大きな溜め息をつき、リリアンナは一応バラを受け取る。
「浮気したらお仕置きだからな? リリアンナ」
「私はただの護衛係です」
ディアルトの軽口に、リリアンナはいつものクールな態度で切り返す。
同時に彼がわざと『日常』の空気を作ってくれているのだと察し、逆に泣きたい気持ちになる。
「あと、無事に戻って来たら結婚のこと考えてくれよ?」
ディアルトの大きな声にリリアンナはカァッと赤面し、騎士たちが一斉にブーイングをする。
「考えるだけです」
半眼になって言ったあと、リリアンナはディアルトの手の甲に敬愛のキスをした。
「ご武運を」
嫉妬に混じった男達の声がし、その中からヤケクソ気味に「俺たちには勝利の女神がついているぞ!」と吠える声がある。
やがて隊列は動き出し、ディアルトはリリアンナの頭をポンポンと撫でてから、馬の腹を軽く蹴った。
「リリアンナ、いつも通りに過ごすんだよ。愛してる!」
最後にそう言うと、ディアルトは振り返らずに馬を進めていった。
先頭集団に続くように後続も動き出し、リリアンナはケインツに手を引かれ静かに後ずさる。
騎士団に恋人のいるレディたちもその場にいたが、その他のレディたちは運命に引き裂かれる王子と白百合の君の悲恋に涙ぐんでいた。
遠くの方にはシアナ、ロキア、アリカがいる。その側にカダンたち一家もいた。
ソフィアは隊列が動き出してすぐに踵を返し、慌てて侍女や賑やかしの貴族たちが後を追う。
王都の大通りを通ってゆく隊列を、リリアンナはいつまでも見送ろうと思った。
……のだが、キャアッと黄色い声が上がったかと思うと、レディたちに取り囲まれてしまった。
「リリアンナ様。これからわたくし達とお茶をしませんか?」
「お辛いでしょう? わたくし達と同じですわよね? 一緒にお喋りをして思いを晴らしましょう」
「リリアンナ様。恋人の無事を祈るおまじないがあるんです。一緒にしませんこと?」
どこまでも逞しいレディたちの熱気に、リリアンナは思わず笑みを零してしまう。
「……私で宜しいのなら、ご一緒しましょう」
女性向けの優しい笑みを浮かべると、またキャアッと声がする。
長身の彼女を取り囲むようにレディたちが集まるのを、ケインツは安心したように見守っていた。
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