47 / 65
自白1
しおりを挟む
ギルバートはシャーロットとエリーゼを二月宮に送り、二人の身柄をアリスと護衛に任せた。
その後、改めて監獄に向かう。
少し前までゴットフリートたちが入れられていた尋問室に、スローンは立派な服のまま意気消沈として座っている。その格好が身ぎれいなだけに、周囲の殺風景さに相まってアンバランスだ。
「さて……、知っていることを話してもらおうか」
スローンの目の前に座ったギルバートは、手ずから紅茶を注いだ。
「……また私に自白剤を飲ませるつもりなんですか?」
自分自身が育てていた植物に裏切られたスローンは、お茶を見ると怯えた様子を見せた。
「私も同じ物を飲むから安心しろ。この茶には何も入っていない。卿が私を信用できないというのなら、飲まなくてもいい」
どこか据えた匂いがする場所だというのに、ギルバートは優雅に紅茶を飲んでみせた。
「よくこんな場所で茶が飲めますな……」
疲れ切ったスローンが辛うじて嫌味を言うが、ギルバートには通用しない。
「戦争中は、前線で怪我人がいたり消毒薬の匂いが立ちこめるなか食事をしていた。死体の十や二十を目の前にして、その後に肉を食べられるようでなければ軍人など務まらない」
「…………」
目の前に死体が積み重なっている場を想像したのか、スローンは喉の奥で「ぐぅ」と低く呻いた。
「そんな私は噂通りの冷酷な死神だから、卿が素直に取り調べに応じてくれなければ、荒っぽい手段をとるかもしれない」
「う……噂は……。勝手に尾鰭背鰭がついたもので……」
ギルバートに関する悪い噂が流れた発端は、スローンその人だ。
「噂などどうでもいい。私は陛下やその周囲の評価さえ正当に頂ければ、他の人間にどう思われようが関係ない。それよりも、手っ取り早く卿の悪巧みを吐いてもらおうか」
悠然としたギルバートを目の前にすると、もうこれ以上自分が何をしても事態は上向かない気がする。
抗って逃げようとしても、どこまでも『地獄の番犬』が追いかけてくるのだろう。
はぁ……と溜息をつき、スローンはやけくそ気味に紅茶を呷った。
それからポツリポツリと話し出した。
「……前元帥グローヴ殿は、私とカールソン卿の繋がりや、隣国のダフネル殿との金脈を見抜いた。私たちの一派が和平に反対しているから、一向に戦争は終わらないのだと強請り立ててきた」
「――だから母もろとも消したのか」という言葉を、ギルバートは堪える。
「あのままでは私たちの立場が危うくなる。だから……、カールソン卿とダフネル殿に言われ、私はグローヴ殿に黙ってもらおうとした。ブラッドワースの馬丁頭たちが仕事終わりに酒を飲みに出た時を狙った」
ご丁寧に馬丁たちから狙った周到さに、ギルバートは隻眼を細める。
「私の部下である女間者を動かし、酒場で酒に体調を崩す薬を入れた。あの者たちが一つの壷から酒を分けて飲んでいたことは、あらかじめ調べて知っていた。体調を崩す者、持ちこたえる者がいて人手不足になった時、私の部下を紛れさせた。馬たちの餌に紛れさせたのは、パッシフローラだ。幻覚作用が出た馬たちは……グローヴ殿と奥方を乗せたまま谷に落ちた」
取調室に、シン……と重たい沈黙が落ちる。
同席している部下たちも、微動だにしなかった。
彼らにとっても、前元帥グローヴは良い上官だった。それが志半ばにして事故死したと聞き、嘆き悲しんでいた者たちは事の真相を知りたがっていたのだ。
部下たちの静かな怒りが、音もなくスローンを包んでいる。
それを感じたのか、スローンはあれほど疑っていた紅茶をさらに飲んだ。ティーカップを持つ手は震え、ティーカップとソーサーがカチカチと小さな音を立てている。
「次は十月堂事件について、吐いてもらおう」
ギルバートは冷静に話を促し、スローンは舌で唇を濡らし話しだす。
「ベネディクト・フォン・バッハシュタインを脅したのは、実質的にはダフネル殿になる。ダフネル殿は『エリーゼ嬢がカールソン卿の愛人になる』という話をあの騎士に教え、そうさせたくなければ調印式で騒ぎを起こしてぶち壊しにするよう要求された」
「カールソン卿に、アルデンホフ伯爵令嬢を紹介したのも卿だな?」
「……そうだ。私はありとあらゆる情報を通じて、エルフィンストーンだけでなく周辺国の美しい令嬢や夫人たちの話を得ている。ある家が美しい娘を妻として欲しいと私に相談をすれば、それを叶えてやることができる。……代わりに私は礼を受け取っていた。カールソン卿はとにかく見目のいい令嬢を求めていた。最近は『従順な娘は飽きたので、多少気の強い娘もいい』という要求だった」
「ベネディクト・フォン・バッハシュタインが要求通りに十月堂事件を起こした後、アルデンホフ伯爵令嬢はどうなる予定だった?」
ギルバートの問いに、スローンは視線を外し低く答える。
「……予定通りにカールソン卿の元へ行くはず、だった」
また空気がシン……とし、書記官がペンを走らせる音だけが響く。
「地下牢に使いを向かわせたな?」
「……エリーゼ嬢が言う『黒衣の男』は、私の家の『なんでも屋』だ。奴は特徴のない顔をしているから、顔を晒していても人に覚えられない。中肉中背の体で声も印象に残らない。そいつにカンタレラを持たせ、バッハシュタインを始末した」
「それだけじゃないな? 牢の見張りをしていた私の部下も、『うっかり』としか言いようのない消え方をした」
ギルバートの言葉に、尋問室全体が怒気を孕む。
当たり前にその空気に怯えるが、開き直ったスローンはもう何も隠すつもりはないらしい
その後、改めて監獄に向かう。
少し前までゴットフリートたちが入れられていた尋問室に、スローンは立派な服のまま意気消沈として座っている。その格好が身ぎれいなだけに、周囲の殺風景さに相まってアンバランスだ。
「さて……、知っていることを話してもらおうか」
スローンの目の前に座ったギルバートは、手ずから紅茶を注いだ。
「……また私に自白剤を飲ませるつもりなんですか?」
自分自身が育てていた植物に裏切られたスローンは、お茶を見ると怯えた様子を見せた。
「私も同じ物を飲むから安心しろ。この茶には何も入っていない。卿が私を信用できないというのなら、飲まなくてもいい」
どこか据えた匂いがする場所だというのに、ギルバートは優雅に紅茶を飲んでみせた。
「よくこんな場所で茶が飲めますな……」
疲れ切ったスローンが辛うじて嫌味を言うが、ギルバートには通用しない。
「戦争中は、前線で怪我人がいたり消毒薬の匂いが立ちこめるなか食事をしていた。死体の十や二十を目の前にして、その後に肉を食べられるようでなければ軍人など務まらない」
「…………」
目の前に死体が積み重なっている場を想像したのか、スローンは喉の奥で「ぐぅ」と低く呻いた。
「そんな私は噂通りの冷酷な死神だから、卿が素直に取り調べに応じてくれなければ、荒っぽい手段をとるかもしれない」
「う……噂は……。勝手に尾鰭背鰭がついたもので……」
ギルバートに関する悪い噂が流れた発端は、スローンその人だ。
「噂などどうでもいい。私は陛下やその周囲の評価さえ正当に頂ければ、他の人間にどう思われようが関係ない。それよりも、手っ取り早く卿の悪巧みを吐いてもらおうか」
悠然としたギルバートを目の前にすると、もうこれ以上自分が何をしても事態は上向かない気がする。
抗って逃げようとしても、どこまでも『地獄の番犬』が追いかけてくるのだろう。
はぁ……と溜息をつき、スローンはやけくそ気味に紅茶を呷った。
それからポツリポツリと話し出した。
「……前元帥グローヴ殿は、私とカールソン卿の繋がりや、隣国のダフネル殿との金脈を見抜いた。私たちの一派が和平に反対しているから、一向に戦争は終わらないのだと強請り立ててきた」
「――だから母もろとも消したのか」という言葉を、ギルバートは堪える。
「あのままでは私たちの立場が危うくなる。だから……、カールソン卿とダフネル殿に言われ、私はグローヴ殿に黙ってもらおうとした。ブラッドワースの馬丁頭たちが仕事終わりに酒を飲みに出た時を狙った」
ご丁寧に馬丁たちから狙った周到さに、ギルバートは隻眼を細める。
「私の部下である女間者を動かし、酒場で酒に体調を崩す薬を入れた。あの者たちが一つの壷から酒を分けて飲んでいたことは、あらかじめ調べて知っていた。体調を崩す者、持ちこたえる者がいて人手不足になった時、私の部下を紛れさせた。馬たちの餌に紛れさせたのは、パッシフローラだ。幻覚作用が出た馬たちは……グローヴ殿と奥方を乗せたまま谷に落ちた」
取調室に、シン……と重たい沈黙が落ちる。
同席している部下たちも、微動だにしなかった。
彼らにとっても、前元帥グローヴは良い上官だった。それが志半ばにして事故死したと聞き、嘆き悲しんでいた者たちは事の真相を知りたがっていたのだ。
部下たちの静かな怒りが、音もなくスローンを包んでいる。
それを感じたのか、スローンはあれほど疑っていた紅茶をさらに飲んだ。ティーカップを持つ手は震え、ティーカップとソーサーがカチカチと小さな音を立てている。
「次は十月堂事件について、吐いてもらおう」
ギルバートは冷静に話を促し、スローンは舌で唇を濡らし話しだす。
「ベネディクト・フォン・バッハシュタインを脅したのは、実質的にはダフネル殿になる。ダフネル殿は『エリーゼ嬢がカールソン卿の愛人になる』という話をあの騎士に教え、そうさせたくなければ調印式で騒ぎを起こしてぶち壊しにするよう要求された」
「カールソン卿に、アルデンホフ伯爵令嬢を紹介したのも卿だな?」
「……そうだ。私はありとあらゆる情報を通じて、エルフィンストーンだけでなく周辺国の美しい令嬢や夫人たちの話を得ている。ある家が美しい娘を妻として欲しいと私に相談をすれば、それを叶えてやることができる。……代わりに私は礼を受け取っていた。カールソン卿はとにかく見目のいい令嬢を求めていた。最近は『従順な娘は飽きたので、多少気の強い娘もいい』という要求だった」
「ベネディクト・フォン・バッハシュタインが要求通りに十月堂事件を起こした後、アルデンホフ伯爵令嬢はどうなる予定だった?」
ギルバートの問いに、スローンは視線を外し低く答える。
「……予定通りにカールソン卿の元へ行くはず、だった」
また空気がシン……とし、書記官がペンを走らせる音だけが響く。
「地下牢に使いを向かわせたな?」
「……エリーゼ嬢が言う『黒衣の男』は、私の家の『なんでも屋』だ。奴は特徴のない顔をしているから、顔を晒していても人に覚えられない。中肉中背の体で声も印象に残らない。そいつにカンタレラを持たせ、バッハシュタインを始末した」
「それだけじゃないな? 牢の見張りをしていた私の部下も、『うっかり』としか言いようのない消え方をした」
ギルバートの言葉に、尋問室全体が怒気を孕む。
当たり前にその空気に怯えるが、開き直ったスローンはもう何も隠すつもりはないらしい
1
お気に入りに追加
1,137
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
獅子の最愛〜獣人団長の執着〜
水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。
目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。
女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。
素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。
謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は…
ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる