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監獄で3
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それを哀れに思ったのか、シャーロットは言葉を続けた。
「……誰かを憎むことを頼りに生き続けるのは、辛いです。その憎しみが果たされたら……エリーゼさまは幸せになれますか? ギルさまやわたしを殺すことで、エリーゼさまもゴットフリートさまも……本当に幸せになれますか? 前を向いて意気揚々と、明るい未来を信じて歩けますか?」
跪いたシャーロットは、涙を流しているエリーゼの頬に手をやり、同じく涙を流していた。
「偽りでも、わたしはあなたとお話していて楽しかったです。あなたは魅力的な女性で、幸せになるべき人だと思いました。あなたに……、憎しみや罪を抱えながら生きてほしくないのです」
エリーゼの乱れた赤毛を優しく撫で、シャーロットは泣きながら笑ってみせた。
「……とんだ甘ちゃんね、あなた」
大声を出して憎しみを発散させたエリーゼは、疲れたように呟く。
「あなたのような人は、愛する人を殺されても一生甘いことを言っているのだろうな。憎しみからは何も生まれないとか……。相手にも事情があるとか……」
はぁ……と息をつき、ゴットフリートは苔の生えた石床を見る。
「その女の言葉で改心した訳じゃない。俺たちの憎しみはまだ続いている。……だがもう、こうなってしまっては計画も頓挫した」
ゴットフリートが呟き、のろのろと顔を上げてギルバートを睨む。
「……死神元帥。お前の目の傷は、俺の弟の生きた証だ。せいぜいその残った右目で、お前の大事な国や妻を守るといい」
「言われずとも、そのつもりだ」
なに一つ表情が変わらないままギルバートは言い、先ほどの書類をペラリとめくる。
「アルデンホフ伯爵令嬢、スローン伯爵との繋がりは?」
場が乱れたが、ギルバートは当初の目的を忘れていない。
エリーゼは溜息をつき、捨て鉢になって知っていることをすべて言う。
「わたくしたちの計画をどこかから聞きつけたのか、全身黒づくめの男が『ここを密かに使えばいい。普段使っている別邸は王都にあり、ここはたまに訪れるぐらいだから』とあの屋敷を紹介したわ」
「その者はスローン伯爵の命令で、と言ったのか?」
「……分からない。ただ、『女をさらったら必ずあの死神が現れるから、その時は女を盾にもろとも仕留めればいい』と……。それにこの屋敷を使えば、嫌でも家紋や身の上を知るものを目にするわ」
「それで、あれ……か」
昨晩ゴットフリートを捕らえた際、彼は腰に結わえた革袋に薬品の入った瓶を所持していた。医者にみせれば「こりゃいかん。死神でもコロリだ」との話だった。
仮にギルバートがゴットフリートを激情のまま殺していたとして、最後の力であの猛毒を肌に触れさせれば、共倒れになっていたかもしれない。
「毒はお前達が用意したのか? あんな強力なものを、隣国から持ち歩くとも思えない」
「……ここへ来て計画の進行と共に入手した。黒づくめの男からあの毒薬を受け取った」
「加えて、アルデンホフ伯爵令嬢。あなたはシャルの酒にも毒……もとい眠り薬を入れたな。その入手経路は?」
「……それも、同じ人から……」
「……決まりきったようなものだな」
目を細め、ギルバートはひとり呟く。
恐らくスローンが邪魔者であるギルバートを消すため、ゴットフリートとエリーゼたちの計画を知り、利用したのだろう。
そして貴族というものは己の保身のためなら、他のどんなものでもすぐさま切り捨てるトカゲのような性質を持っている。
実行犯であるエリーゼやゴットフリートのことなど知らないとシラを切られれば、それきりだ。ぐうの音も出ない証拠をそろえて、自白させるぐらいのことをしなければならない。
「バッハシュタイン。アルデンホフ伯爵令嬢。ベネディクトの死は覆せないが、死の真相を暴き、汚名を返上することはできるかもしれない」
「……本当か?」
ギルバートの声に、ゴットフリートとエリーゼの目に光が戻った。
「それにはお前達の協力が必要だ。騒ぎを起こした犯人として自国で裁きを受けるか、私たちに協力して『なかったこと』にされるか……。どっちがいい?」
「なかったこと」という言葉に、ハッとシャーロットがギルバートを見る。だが彼は『元帥』の顔のまま二人を見ているだけだった。
「……協力、するわ。ベニーの反逆者という汚名を返上できるなら……」
「俺もだ」
「取引成立だ」
ギルバートは立ち上がり、シャーロットの肩を抱く。
「ブレア、セドリック。計画の遂行のために、アルデンホフ伯爵令嬢のみ釈放。警護しつつ共に二月宮へ。残りの者は引き続きここに。ただし情報があれば聞くのみで、こちらからは何も手出しをしないこと」
「はっ!」
ギルバートの言葉にその場にいた軍関係者すべてが返事をし、エリーゼは手枷と足枷を取られた。
ゴットフリートはそのままだったが、エリーゼに向かって「頼むぞ」と強い視線を送る。
ブレアとセドリックに見張られて、エリーゼは二月宮へ向かう。
扉を開けた時、そこには玄関ホールをモップで磨いていたアリスがいた。
牢獄から無事に戻ってきたシャーロットを見て、アリスはまず破顔した。それから今回の首謀者であろう、身なりを乱したエリーゼを見て黒い笑顔を浮かべる。
パァンッとアリスの手の中でモップの柄が鳴り、作った可愛らしい高音でエリーゼを歓迎する。
「ようこそいらっしゃいませ、お客さま。このアリスが精一杯もてなさせていただきます」
**
「……誰かを憎むことを頼りに生き続けるのは、辛いです。その憎しみが果たされたら……エリーゼさまは幸せになれますか? ギルさまやわたしを殺すことで、エリーゼさまもゴットフリートさまも……本当に幸せになれますか? 前を向いて意気揚々と、明るい未来を信じて歩けますか?」
跪いたシャーロットは、涙を流しているエリーゼの頬に手をやり、同じく涙を流していた。
「偽りでも、わたしはあなたとお話していて楽しかったです。あなたは魅力的な女性で、幸せになるべき人だと思いました。あなたに……、憎しみや罪を抱えながら生きてほしくないのです」
エリーゼの乱れた赤毛を優しく撫で、シャーロットは泣きながら笑ってみせた。
「……とんだ甘ちゃんね、あなた」
大声を出して憎しみを発散させたエリーゼは、疲れたように呟く。
「あなたのような人は、愛する人を殺されても一生甘いことを言っているのだろうな。憎しみからは何も生まれないとか……。相手にも事情があるとか……」
はぁ……と息をつき、ゴットフリートは苔の生えた石床を見る。
「その女の言葉で改心した訳じゃない。俺たちの憎しみはまだ続いている。……だがもう、こうなってしまっては計画も頓挫した」
ゴットフリートが呟き、のろのろと顔を上げてギルバートを睨む。
「……死神元帥。お前の目の傷は、俺の弟の生きた証だ。せいぜいその残った右目で、お前の大事な国や妻を守るといい」
「言われずとも、そのつもりだ」
なに一つ表情が変わらないままギルバートは言い、先ほどの書類をペラリとめくる。
「アルデンホフ伯爵令嬢、スローン伯爵との繋がりは?」
場が乱れたが、ギルバートは当初の目的を忘れていない。
エリーゼは溜息をつき、捨て鉢になって知っていることをすべて言う。
「わたくしたちの計画をどこかから聞きつけたのか、全身黒づくめの男が『ここを密かに使えばいい。普段使っている別邸は王都にあり、ここはたまに訪れるぐらいだから』とあの屋敷を紹介したわ」
「その者はスローン伯爵の命令で、と言ったのか?」
「……分からない。ただ、『女をさらったら必ずあの死神が現れるから、その時は女を盾にもろとも仕留めればいい』と……。それにこの屋敷を使えば、嫌でも家紋や身の上を知るものを目にするわ」
「それで、あれ……か」
昨晩ゴットフリートを捕らえた際、彼は腰に結わえた革袋に薬品の入った瓶を所持していた。医者にみせれば「こりゃいかん。死神でもコロリだ」との話だった。
仮にギルバートがゴットフリートを激情のまま殺していたとして、最後の力であの猛毒を肌に触れさせれば、共倒れになっていたかもしれない。
「毒はお前達が用意したのか? あんな強力なものを、隣国から持ち歩くとも思えない」
「……ここへ来て計画の進行と共に入手した。黒づくめの男からあの毒薬を受け取った」
「加えて、アルデンホフ伯爵令嬢。あなたはシャルの酒にも毒……もとい眠り薬を入れたな。その入手経路は?」
「……それも、同じ人から……」
「……決まりきったようなものだな」
目を細め、ギルバートはひとり呟く。
恐らくスローンが邪魔者であるギルバートを消すため、ゴットフリートとエリーゼたちの計画を知り、利用したのだろう。
そして貴族というものは己の保身のためなら、他のどんなものでもすぐさま切り捨てるトカゲのような性質を持っている。
実行犯であるエリーゼやゴットフリートのことなど知らないとシラを切られれば、それきりだ。ぐうの音も出ない証拠をそろえて、自白させるぐらいのことをしなければならない。
「バッハシュタイン。アルデンホフ伯爵令嬢。ベネディクトの死は覆せないが、死の真相を暴き、汚名を返上することはできるかもしれない」
「……本当か?」
ギルバートの声に、ゴットフリートとエリーゼの目に光が戻った。
「それにはお前達の協力が必要だ。騒ぎを起こした犯人として自国で裁きを受けるか、私たちに協力して『なかったこと』にされるか……。どっちがいい?」
「なかったこと」という言葉に、ハッとシャーロットがギルバートを見る。だが彼は『元帥』の顔のまま二人を見ているだけだった。
「……協力、するわ。ベニーの反逆者という汚名を返上できるなら……」
「俺もだ」
「取引成立だ」
ギルバートは立ち上がり、シャーロットの肩を抱く。
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「はっ!」
ギルバートの言葉にその場にいた軍関係者すべてが返事をし、エリーゼは手枷と足枷を取られた。
ゴットフリートはそのままだったが、エリーゼに向かって「頼むぞ」と強い視線を送る。
ブレアとセドリックに見張られて、エリーゼは二月宮へ向かう。
扉を開けた時、そこには玄関ホールをモップで磨いていたアリスがいた。
牢獄から無事に戻ってきたシャーロットを見て、アリスはまず破顔した。それから今回の首謀者であろう、身なりを乱したエリーゼを見て黒い笑顔を浮かべる。
パァンッとアリスの手の中でモップの柄が鳴り、作った可愛らしい高音でエリーゼを歓迎する。
「ようこそいらっしゃいませ、お客さま。このアリスが精一杯もてなさせていただきます」
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