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監獄で2

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「つまり……。スローン伯爵はカールソン侯爵の後ろ盾があり、カールソン侯爵はなぜか隣国のアルデンホフ伯爵令嬢と婚姻する関係があった……。が、令嬢の想い人は死んだバッハシュタインである、と」

「スローン伯爵のところは、男子に恵まれず令嬢が大勢いらっしゃいます。社交界に出すにも、『花の簪はともかく、ドレスやアクセサリーの工面にきりがない』と夫人が嘆いていたと……。むかし母がお話を聞いたと言っていました」

「ふむ……。『花の簪はともかく』というのは? レディの花簪なら、ドレス・アクセサリーと同じ扱いと思うが」

「ええ。ギルさまもご存知かと思いますが、スローン伯爵の領地は緑が多い土地です。王侯貴族の城や邸宅を飾るお花や、服飾に加工されるお花なども伯爵領地の物が多いです。農作物も豊かですし、伯爵も世界各地から取り寄せた植物を特別な温室で育てていらっしゃるのだとか」

「植物……か」

 呟いて、ギルバートは腕を組む。

「植物に造詣が深いのなら、毒を持つ植物や精製法を知っていてもおかしくないな」

 ポツリと呟くギルバートを、シャーロットは大きな目でじっと見ている。

 スローン伯爵はいま王都外の別邸に連行して軟禁し、聞き込みをしている。

 大貴族であるカールソン侯爵の後ろ盾があるのなら、スローンが伯爵ながら宮廷で大きな顔をしているのも頷ける。

 現在、部下の報告では「ただ屋敷を利用されただけ、自分は被害者だ」と言っているようだが、どうにもそれも嘘くさい。

 そしてギルバートはもう一人、いま話題になっていない人物の名前を調書に書き調べさせていた。

 アルトドルファー王国の財務大臣、ダフネル。

 こちらも最後まで和平に反対していた人物だ。財務大臣というだけあり、どうしてもあの砂金を自国の富にしたかったのだろう。

 和平反対派のスローンとカールソン。そしてダフネル。
 ここまできて、ダフネルが関係ないとは言いがたい。

 しかし決定打がない。

「あら……?」

 が、そこでまたシャーロットが呟いた。

「どうした?」

「その……ダフネルというのは、アルトドルファーの財務大臣さまですよね?」

 自分が考えていた名前がシャーロットの口から出て、ギルバートは反応する。

「あぁ、知っているのか?」

「いえ……。わたしはあまり隣国のことには明るくありません。ですが、スローン伯爵のご長女が、ダフネル大臣のもとに……内縁の妻として嫁いだと」

「愛人か」

「…………」

 身も蓋もない言い方に、シャーロットは言葉を返せない。

「……アルデンホフ伯爵令嬢に話を聞くか」

 そう言ってギルバートは立ち上がり、シャーロットも立ち上がった。

 正直、いつわりでも仲良く話をしたエリーゼに顔を合わせるのは気まずい。
 けれど、シャーロットはエリーゼよりもギルバートのほうが大事だ。そしてギルバートの仕事は、国に関わるものだ。

(……心を鬼にしなければ)

 そう思い、シャーロットはぐっと唇を真一文字にした。




「……何よ」

 エリーゼは夜会のドレスそのままの姿だった。

 恐らく身体検査はされたのだろうが、彼女は燃え上がる怒りをそのままにこちらを睨みつけている。

 それほどの気概があるのなら、女性としての尊厳を冒すようなことはなかったのだろう。それにシャーロットはホッとした。

 隣にはゴットフリートがいて、どうやら主犯の二人のみ呼ばれたようだ。

「アルデンホフ伯爵令嬢。あなたとカールソン侯爵との話を、話してほしい」

 椅子に座り、ギルバートは悠然と脚を組んだ。シャーロットはその側に立ち、不安そうにエリーゼを見ている。

「別に……。お父さまから結婚しなさいと言われただけよ。あんなおじさん……。しかもつい数年前まで敵だった国の知らない貴族なんかと、結婚できるものですか」

「どうしてだ? 貴族の娘なら、財のある貴族と結婚できるなら本望だろう」

「何を言っているの!? おぞましい! あなた同じ国なのにあの男を見たことがないの!? でっぷり太って脂臭くて、あの禿げ頭に女性がキスをしているのを見て、おぞましさのあまり鳥肌が立ったわ!」

「……なるほど」

「それに! わたくしはベニーを愛しているの! あなたが殺したベニーを!」

 涙混じりにエリーゼは叫び、射殺すほどの勢いでギルバートを睨みつける。その声に同意して、ゴットフリートもギルバートを睨んでいた。

「……私はあの男が罪を犯すのを止めただけだ。あとのことは知らない」

「嘘よ! ベニーはあなたが送った毒を、むりやり飲まされたのよ!」

 十月堂事件の直後、ベネディクトが一時的に入れられていたのはエルフィンストーン王国の牢獄だった。

 ギルバートの部下がきっちりと見張っていたはずだが……。彼は毒を呷ってしまった。

 空になった小瓶は証拠物として押収されたが、小瓶には家紋も何もなく、素朴な素焼きのものだった。

 毒は医者に分析させたところ、貴族が自害に使うカンタレラだということが分かった。

 貴族のみ持つことが許される毒を、誰が与えたか――?

 それは軍内部の秘密になり、ベネディクトが毒を呷ったという情報は公開されたが、それがカンタレラだということは公表されていない。

「いい身分だな! 人をたくさん殺しておいて、人の大事な弟を奪っておいて、『英雄』だなんて言われるのだから!」

 ゴットフリートの目はギラギラと光っていた。それにエリーゼが同調し、矛先をシャーロットに向ける。

「あなただって同族よ! どうせ公爵という身分に惹かれて結婚したんでしょう? わたくしは違うわ! わたくしはカールソン侯爵がお金を持っていても、真実の愛を選ぶ! あなたみたいに爵位と財産目当てに嫁ぐものですか!」

「わたしは!」

 我慢しきれず、シャーロットは声を張り上げていた。
 自分のことはなんと言われてもいい。でも、ギルバートのことを悪く言われるのは許せない。

「わたしは軍人の妻としての覚悟があります。今回さらわれたことだって、この身が汚されるのなら毒を呷る覚悟がありました。夫以外の男性に肌を見られ、触れられ、その羞恥に堪えていまここに立っています! そのわたしがお慕いしたのは、片目を差し出してでも陛下をお守りしようとした真の英雄です!」

 しとやかで可愛らしいイメージのあるシャーロットが激情を見せ、その場にいた全員が息を呑んだ。

「あなたは……あなただっていつ戦場で死ぬか分からない、騎士を恋人に持っていたのでしょう? 恋は……いつまでも恋じゃないんです。少女は恋を経て嫁ぎ、愛を知ります。夢見たままでは、死の覚悟などできません! 人は……いつか死ぬのです!」

 絞り出すようなシャーロットの声に、その場がシンとする。
 ハァ……と息をついて、シャーロットは静かな声で続けた。

「……わたしも、ギルさまも、いつか死にます。エリーゼさま、あなたも。ギルさまが『英雄』と呼ばれるまで命を奪った方々も、すべて一人一人の人生がありました。戦争がなくても病気や事故、いつ死が訪れるか分かりません。わたしたちはその絶対的なものに対して、覚悟しなければならないのです。……毎日が楽しいと無邪気に笑っていられるのは……、両親と家に守られた少女時代だけなのです」

「…………」

 シャーロットの言葉を聞いて、二人はしばらく黙っていた。やがてエリーゼの青い目に涙が浮かび、頬を伝って冷たい石の床に落ちる。
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