28 / 65
囚われの新妻
しおりを挟む
寒さを覚えてシャーロットは目を覚ました。
鼻腔に入るのは、嗅ぎ慣れない『他人』の匂い。
口の中はアルコールが残っていて苦みがあり、同時に喉に絡む甘い味があった。それがどうにも喉を渇かせる。
やけに暗いと思えば、目隠しをされていた。
両手は自由にならず、手首から肘までがっちり結ばれているようだった。脚も同様で、膝から下が動かない。
不自由な手をもぞもぞと動かして確かめれば、ドレスを脱がされて上半身はコルセットのみという姿だった。下半身のパニエは外され、すり合わせた太腿は露わになっている。
「いや……っ」
淑女としてありえない姿に、シャーロットは思わず声をあげ暴れかけた。
「お目覚めか? 公爵夫人」
声がしてハッとしても、シャーロットは目隠しをされていて相手が分からない。
ただ声で相手が男性だということは分かった。
加えて足音が微かに複数聞こえ、この場にいるのが一人ではないのも察する。
おまけに肌を晒した無防備な姿なので、それを男性に見られているとなると羞恥で死にたくなる。
「あんたも災難だな。あの死神に嫁いだばかりに、こんな目に遭うんだから」
その一言で、シャーロットは犯人がギルバートを恨む者たちだと直感した。
思い浮かぶのは、王宮でギルバートの姿を見て目をそらしヒソヒソと言っていた者たち。それに謁見の間でギルバートに敵意を隠さなかった、スローンという貴族。
だがシャーロットが知らないだけで、他にもギルバートをよく思わない者はいるのだろう。
けれどそのすべてが不確かで、誰が黒幕と決めつけるのは早計だ。
実行犯たちも目隠しの向こうにいて、特定できない。だが注意すれば、何かが分かるはず――。
「何者です。卑劣な行いはやめて、わたしを自由にしなさい」
震える声だが気丈に振る舞えたのは、シャーロットが伯爵令嬢として誇り高く育てられたからだ。そして何より、エルフィンストーン王国元帥の妻という誇りがある。
「っはは! そんな裸同然の姿で、よく啖呵がきれるな」
「よく見れば細身だがいーい体してるじゃねぇか。その体で毎晩あの死神を慰めてるのか?」
「死神に喜んで抱かれてるんだったら、人間の俺たちの相手ぐらい容易いよなぁ?」
「……っ」
話が最悪な方向に転がり、シャーロットは身をすくませた。
このままでは、この身を汚されてしまうかもしれない――。
それだけは、あってはならないことだ。
肘を折り曲げて唇に指を触れさせれば、婚約指輪に結婚指輪。そして十二の誕生日の時に父から贈られた指輪がちゃんとついていた。
犯人がギルバートに復讐する目的で、強盗など物取りの犯行でなかったのが幸いした。
(――いざとなれば、お父さまから頂いた毒薬を使えばいい)
目隠しの下、シャーロットの翡翠色の目は覚悟を決めて目の前の闇を見据えている。
指輪のヒヤリとした感触を確認し、背筋にも同じく冷たいものが走った。
もちろん死ぬのは怖い。
自害用の毒は、なるべく苦しまないものが選ばれてある。それでも死が甘く柔らかなものだと思っていない。
けれど死の苦しみよりも――。ギルバートに嫁いでおきながら、彼だけに捧げた身が汚されるほうが恐ろしい。
(わたしだって……貴族の娘です。死に際ぐらいは自身で選びます。エルフィンストーン王国の英雄の妻を……甘く見ないでください)
「急に大人しくなったなぁ?」
「…………」
覚悟はできたが、今すぐ死ぬ必要はない。
自分にできる最良の方法は、なるべく時間を稼いで助けを待つこと。
(ギルさま。あなたが必ずわたしを見つけてくださるのを、信じています……!)
シャーロットは今までギルバートの軍人としての姿を知らない。
彼の功績や国王から気に入られていることを知っていても、実際戦闘している姿や戦場で部下に指示を飛ばしている姿を見たことがない。
けれど、心の底に動かぬ確信があった。
夫は必ず自分を助けてくれる。
ならば、自分はその間に妻としてできることをしなければ。
武器は自害用の毒のみ。
あとはどう機転をきかせるか――。
男たちを怖がるそぶりをしつつ、シャーロットは必死になって時間を稼ぐ方法を考えていた。
**
鼻腔に入るのは、嗅ぎ慣れない『他人』の匂い。
口の中はアルコールが残っていて苦みがあり、同時に喉に絡む甘い味があった。それがどうにも喉を渇かせる。
やけに暗いと思えば、目隠しをされていた。
両手は自由にならず、手首から肘までがっちり結ばれているようだった。脚も同様で、膝から下が動かない。
不自由な手をもぞもぞと動かして確かめれば、ドレスを脱がされて上半身はコルセットのみという姿だった。下半身のパニエは外され、すり合わせた太腿は露わになっている。
「いや……っ」
淑女としてありえない姿に、シャーロットは思わず声をあげ暴れかけた。
「お目覚めか? 公爵夫人」
声がしてハッとしても、シャーロットは目隠しをされていて相手が分からない。
ただ声で相手が男性だということは分かった。
加えて足音が微かに複数聞こえ、この場にいるのが一人ではないのも察する。
おまけに肌を晒した無防備な姿なので、それを男性に見られているとなると羞恥で死にたくなる。
「あんたも災難だな。あの死神に嫁いだばかりに、こんな目に遭うんだから」
その一言で、シャーロットは犯人がギルバートを恨む者たちだと直感した。
思い浮かぶのは、王宮でギルバートの姿を見て目をそらしヒソヒソと言っていた者たち。それに謁見の間でギルバートに敵意を隠さなかった、スローンという貴族。
だがシャーロットが知らないだけで、他にもギルバートをよく思わない者はいるのだろう。
けれどそのすべてが不確かで、誰が黒幕と決めつけるのは早計だ。
実行犯たちも目隠しの向こうにいて、特定できない。だが注意すれば、何かが分かるはず――。
「何者です。卑劣な行いはやめて、わたしを自由にしなさい」
震える声だが気丈に振る舞えたのは、シャーロットが伯爵令嬢として誇り高く育てられたからだ。そして何より、エルフィンストーン王国元帥の妻という誇りがある。
「っはは! そんな裸同然の姿で、よく啖呵がきれるな」
「よく見れば細身だがいーい体してるじゃねぇか。その体で毎晩あの死神を慰めてるのか?」
「死神に喜んで抱かれてるんだったら、人間の俺たちの相手ぐらい容易いよなぁ?」
「……っ」
話が最悪な方向に転がり、シャーロットは身をすくませた。
このままでは、この身を汚されてしまうかもしれない――。
それだけは、あってはならないことだ。
肘を折り曲げて唇に指を触れさせれば、婚約指輪に結婚指輪。そして十二の誕生日の時に父から贈られた指輪がちゃんとついていた。
犯人がギルバートに復讐する目的で、強盗など物取りの犯行でなかったのが幸いした。
(――いざとなれば、お父さまから頂いた毒薬を使えばいい)
目隠しの下、シャーロットの翡翠色の目は覚悟を決めて目の前の闇を見据えている。
指輪のヒヤリとした感触を確認し、背筋にも同じく冷たいものが走った。
もちろん死ぬのは怖い。
自害用の毒は、なるべく苦しまないものが選ばれてある。それでも死が甘く柔らかなものだと思っていない。
けれど死の苦しみよりも――。ギルバートに嫁いでおきながら、彼だけに捧げた身が汚されるほうが恐ろしい。
(わたしだって……貴族の娘です。死に際ぐらいは自身で選びます。エルフィンストーン王国の英雄の妻を……甘く見ないでください)
「急に大人しくなったなぁ?」
「…………」
覚悟はできたが、今すぐ死ぬ必要はない。
自分にできる最良の方法は、なるべく時間を稼いで助けを待つこと。
(ギルさま。あなたが必ずわたしを見つけてくださるのを、信じています……!)
シャーロットは今までギルバートの軍人としての姿を知らない。
彼の功績や国王から気に入られていることを知っていても、実際戦闘している姿や戦場で部下に指示を飛ばしている姿を見たことがない。
けれど、心の底に動かぬ確信があった。
夫は必ず自分を助けてくれる。
ならば、自分はその間に妻としてできることをしなければ。
武器は自害用の毒のみ。
あとはどう機転をきかせるか――。
男たちを怖がるそぶりをしつつ、シャーロットは必死になって時間を稼ぐ方法を考えていた。
**
2
お気に入りに追加
1,137
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
獅子の最愛〜獣人団長の執着〜
水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。
目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。
女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。
素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。
謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は…
ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる