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囚われの新妻

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 寒さを覚えてシャーロットは目を覚ました。

 鼻腔に入るのは、嗅ぎ慣れない『他人』の匂い。

 口の中はアルコールが残っていて苦みがあり、同時に喉に絡む甘い味があった。それがどうにも喉を渇かせる。

 やけに暗いと思えば、目隠しをされていた。
 両手は自由にならず、手首から肘までがっちり結ばれているようだった。脚も同様で、膝から下が動かない。

 不自由な手をもぞもぞと動かして確かめれば、ドレスを脱がされて上半身はコルセットのみという姿だった。下半身のパニエは外され、すり合わせた太腿は露わになっている。

「いや……っ」

 淑女としてありえない姿に、シャーロットは思わず声をあげ暴れかけた。

「お目覚めか? 公爵夫人」

 声がしてハッとしても、シャーロットは目隠しをされていて相手が分からない。

 ただ声で相手が男性だということは分かった。

 加えて足音が微かに複数聞こえ、この場にいるのが一人ではないのも察する。

 おまけに肌を晒した無防備な姿なので、それを男性に見られているとなると羞恥で死にたくなる。

「あんたも災難だな。あの死神に嫁いだばかりに、こんな目に遭うんだから」

 その一言で、シャーロットは犯人がギルバートを恨む者たちだと直感した。

 思い浮かぶのは、王宮でギルバートの姿を見て目をそらしヒソヒソと言っていた者たち。それに謁見の間でギルバートに敵意を隠さなかった、スローンという貴族。

 だがシャーロットが知らないだけで、他にもギルバートをよく思わない者はいるのだろう。
 けれどそのすべてが不確かで、誰が黒幕と決めつけるのは早計だ。

 実行犯たちも目隠しの向こうにいて、特定できない。だが注意すれば、何かが分かるはず――。

「何者です。卑劣な行いはやめて、わたしを自由にしなさい」

 震える声だが気丈に振る舞えたのは、シャーロットが伯爵令嬢として誇り高く育てられたからだ。そして何より、エルフィンストーン王国元帥の妻という誇りがある。

「っはは! そんな裸同然の姿で、よく啖呵がきれるな」

「よく見れば細身だがいーい体してるじゃねぇか。その体で毎晩あの死神を慰めてるのか?」

「死神に喜んで抱かれてるんだったら、人間の俺たちの相手ぐらい容易いよなぁ?」

「……っ」

 話が最悪な方向に転がり、シャーロットは身をすくませた。

 このままでは、この身を汚されてしまうかもしれない――。

 それだけは、あってはならないことだ。

 肘を折り曲げて唇に指を触れさせれば、婚約指輪に結婚指輪。そして十二の誕生日の時に父から贈られた指輪がちゃんとついていた。

 犯人がギルバートに復讐する目的で、強盗など物取りの犯行でなかったのが幸いした。

(――いざとなれば、お父さまから頂いた毒薬を使えばいい)

 目隠しの下、シャーロットの翡翠色の目は覚悟を決めて目の前の闇を見据えている。

 指輪のヒヤリとした感触を確認し、背筋にも同じく冷たいものが走った。

 もちろん死ぬのは怖い。

 自害用の毒は、なるべく苦しまないものが選ばれてある。それでも死が甘く柔らかなものだと思っていない。

 けれど死の苦しみよりも――。ギルバートに嫁いでおきながら、彼だけに捧げた身が汚されるほうが恐ろしい。

(わたしだって……貴族の娘です。死に際ぐらいは自身で選びます。エルフィンストーン王国の英雄の妻を……甘く見ないでください)

「急に大人しくなったなぁ?」
「…………」

 覚悟はできたが、今すぐ死ぬ必要はない。

 自分にできる最良の方法は、なるべく時間を稼いで助けを待つこと。

(ギルさま。あなたが必ずわたしを見つけてくださるのを、信じています……!)

 シャーロットは今までギルバートの軍人としての姿を知らない。

 彼の功績や国王から気に入られていることを知っていても、実際戦闘している姿や戦場で部下に指示を飛ばしている姿を見たことがない。

 けれど、心の底に動かぬ確信があった。

 夫は必ず自分を助けてくれる。
 ならば、自分はその間に妻としてできることをしなければ。

 武器は自害用の毒のみ。

 あとはどう機転をきかせるか――。

 男たちを怖がるそぶりをしつつ、シャーロットは必死になって時間を稼ぐ方法を考えていた。



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