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消えた新妻1

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 バルコニーの外、大きなマロニエの枝がたわんでいた。

 夜の闇に隠れて何か円筒状のものが空中を渡り、それがマロニエの木までたどり着くと、複数人の男がそれを受け取る。

 そのあとバルコニーの窓を閉めて、人影がロープを伝いマロニエの木に渡った。

 人影が身軽に着地すると、ロープや滑車が回収される。

 そして荷馬車が静かに発進し、車輪が石畳を回る音が夜の静寂に響いた。

 巻かれた絨毯の中には、毛布にくるまれ縛られたシャーロットが、何も気付かずスゥスゥと眠っている。

 周囲にはカモフラージュか、空の酒瓶や樽などが置かれてあった。

「こんな夜更けに何者だ?」

 王宮を出る際、明かりを手にした軍隊に荷馬車は止められる。

 男たちは商人風の姿をし、それぞれ慌てることなく打ち合わせていた言葉を口にした。

「王宮に出入りしている者です。空いた瓶や樽を回収してまさぁ。あとはやんごとなき貴族さまのゲロがついた絨毯とか……」

「……通れ」

 チラッと荷馬車の中身を確認し、軍の男は荷馬車を通した。

 夜の王都を荷馬車は静かに、だが怪しまれない程度の速度で進んでゆく。やがて大通りを抜けると、同じような荷馬車がどこからともなく集まってきた。

 王都そのものを抜ける時は、王都のすぐ近隣にある街の名を言い、そこの商人だと名乗る。

 そうやってシャーロットを乗せた馬車は王都を抜け、軍の目が届かなくなってからは、全速力で街道を走り出した。






 やれ英雄だ、十月堂での武勇を……と散々まつり立てられたあと、ぐったりとしたギルバートが解放されたのは、夜も更けてからだった。

 ダンスホールには相変わらず酒を飲んでは享楽のままに踊り、隅の方でおしゃべりをして……。という貴族たちがいる。

 始まった頃より人数が減ったように感じたのは、それぞれハンティングが成功したのだろうか。

(私の妻に限って、それは許されないがな)

 髪をかき上げ、一つ息をついて気持ちを切り替えると、ギルバートはシャーロットを探し始めた。

 まさかずっと壁の花として立っている訳はなく、どこかの部屋で休んでいるのだろうという検討はついていた。

 グルリとダンスホールを見回していると、壁ぞいを歩くようにしてブレアが足早に近づいてくる。

「閣下、お勤めご苦労様です」
「シャルは?」

「隣国の令嬢に誘われ、お二人で談話室に向かわれました」

「まだ戻っていないのか?」

 男と一緒でないと知り安堵したが、だからといって見ず知らずの女性と二人きりでいいかと言われれば、それも違う。

「談話室の外にセドリックを立たせてあります」

「案内を」
「はっ」

 談話室の場所については、ブレアの部下を一度向かわせて確認しておいた。

 廊下を進んでゆくと、ドアの前でビシッと立っているセドリックの姿がある。

「セドリック」
「閣下」

 踵を鳴らしてセドリックが敬礼し、ギルバートから「敬礼はいい」と言われると、すぐに両手を後ろに脚を肩幅に開く。

「シャルはこの部屋か?」
「はっ」

 その返事に、ギルバートは革手袋を脱いでドアをノックした。

「失礼。シャーロットを迎えに来た」

 よく通る声で部屋の中に呼びかけても、返事はない。シンとしたいらえにギルバートは目を眇め、ブレアとセドリックは顔を見合わせる。

「レディ、失礼します」

 問答無用でギルバートはドアを開き、隻眼が部屋の中をあらためる。

 テーブルの上にある二人分の飲みあと。部屋に特に乱れた様子はなく、ベッドには――。

「……嘘だろ」

 背後でセドリックが蒼白になり、思わずそう呟いていた。

 ベッドには確かに誰かが寝ていた形跡があったが、そこには誰の姿もない。

「…………」

 ギルバートは、自分の心が急激に冷え、冴え冴えとしてゆくのを感じていた。

 もうシャーロットを迎えに行く浮ついた気持ちはなく、戦場にいるかのような触れれば切れるような気迫がある。
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