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夜会

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 蜜月の生活は、ほとんどが王都でのものになってしまった。

 けれどその方がアリスもいるのでありがたい。快活なアリスは毎日笑わせてくれて、シャーロットが知らないことも教えてくれる。

 また『あの日』以来、シャーロットはギルバートの前で護衛と仲良くしていると言わなくなった。

 また腰が立たなくなるほど攻められては堪らないし、ギルバートに悲しい思いをさせるのも本意ではない。嫉妬してくれる気持ちを嬉しいとは思っても、彼が愉快でないのは分かっている。

 シャーロットからは護衛に積極的に近付かなくなったが、彼らも原因については理解しているようだ。

 シャーロットと護衛とは、適度な距離を保ち接していた。

 蜜月だというのに毎日のように王宮に呼ばれることについては、ギルバートも閉口していた。だがそれが王命となれば、断ることもできない。

 代わりになるべく早くに仕事を終えては、夜になって熱烈にシャーロットを愛する生活を送っていた。

 骨までしゃぶりつくすようなその愛し方に、蜜月が終わる頃にはシャーロットもすっかり感じやすい体になってしまった。





 やがて蜜月が明け、ギルバートは正式に仕事に復帰する。

 けれど生活そのものは、あまり蜜月後半と変わらなかった。朝食を食べて屋敷を出て、昼食の頃に一度戻る。それからまた登城し、夕方には戻った。

 会談の準備は進み、蜜月が終わって二週間後ほどにになって、かつての敵国の王侯貴族がやってきた。

 国は歓迎モードで、両国の国旗が街道に交互に並ぶ。

 王都も活気づき、アルトドルファー王国の貴族や騎士たちに買い物をしてもらおうと、市場や店なども商品を増やしていた。

 シャーロットも、会談の日に行われる夜会のドレスを新調していた。

 アイボリーとピーコックグリーンの対比が美しいドレスは、ふんだんにレースやフリルがあしらわれている。

 そして夜会の日に合わせて、ギルバートにキスマークを控えるように言っていたのも功を奏して、シャーロットは綺麗な胸元で夜会に出ることができた。





 会談はハプニングもなく行われ、その夜に夜会が行われる。

 王宮のダンスホールに、着飾った両国の貴族たちが集い、自由に酒を飲んだりワルツを踊る。楽師たちが音楽を奏でるなか、貴族たちはどちらの国の者と関係なく、手を取り合っていた。

 何より両国の貴族たちの目を引いたのは、死神と名高い元帥が見事に踊ったことだ。

 自分の胸ほどまでしかない幼妻の手をとり、王族が踊ったあとに名誉の一番としてワルツを披露した。

 それまでギルバートはダンスを踊る必要性など感じず、夜会などがあっても一度も人前で踊ったことがなかった。

 それが周囲に「無骨者は踊れないのだ」という勝手な印象を与えていた。

 それが幼妻の手を取って完璧なワルツを踊ったものだから、場にいた両国の王家が夢中になってしまった。

 貴族たちの中にはまだギルバートを怖がる者がいて、彼に踊ってほしいというレディもいない。

 やがてギルバートとシャーロットは王族の会話の席に呼ばれ、水煙管の煙がくゆるなか両国の未来を語る笑い声に包まれる。

 はじめのうちシャーロットはギルバートの隣でニコニコ笑っていたのだが、英雄として覚えのいいギルバートに夢中な王女殿下たちに押されてしまった。

 両国の王女たちは、ギルバートが死神と呼ばれていることにあまり頓着がないようだった。そこは貴族の娘たちと違い、耳に入る情報が違うのだろうか?

 前屈みになってギルバートの話を聞く姿勢に、シャーロットは何やら自分が彼の隣に座り続けているのが申し訳なくなる。

 そのうち「疲れたので休んでいます」と中座することにした。

 シャーロットが腰を上げた途端、獲物に狙いを定めたように王女たちが席を詰めてくる。

「シャル、大丈夫か?」

 ギルバートはとても心配そうな顔をしてシャーロットを気遣うが、彼女としては英雄を独り占めしている方が申し訳ない。

「ええ、大丈夫です。護衛のお二人と一緒にいますから、どうぞご心配なく」

 中座する非礼に深々とお辞儀をし、シャーロットは奥の席から去ってゆく。

 ギルバートはそれを追いたい気持ちで一杯だが、英雄を褒めそやす国王や、彼に憧れる王子や王女たち。やんごとなき人々に囲まれてはその輪を抜け出せない。

 結果的に、シャーロットは護衛をつけられて壁の花になっていたのだ。

「シャンパン……飲まれません、よね。お仕事中ですものね」

 そっと側に立つセドリックに話しかけると、彼は苦笑する。

「はい、任務中です」

 そう言われてしまっては、これ以上彼らになれなれしく話しかけるのも悪い。それにギルバートが見ていたら、またお仕置きをされてしまうかもしれない。

 目の前のダンスホールを眺めていると、綺麗なレディたちのドレス姿が見られるので、流行なども分かる。それはそれで、壁の花になっている楽しみでもある。

(このまま、ギルさまがお手すきになるまで待っていましょう)

 そう思って、手に持っていたシャンパンの残りを飲んでしまった時だった。

「ブラッドワース公爵夫人でございますか?」

 ワインレッドのドレスを身に纏った女性が近づいてきて、シャーロットにお辞儀をし微笑みかけた。

「はい。あなたは……?」

 お辞儀をし返し、シャーロットはきょとんと目を瞬かせる。

 女性は赤毛にブルーアイが美しいひとで、やや勝ち気そうだが整った顔立ちだ。

 シャーロットの知る限り、エルフィンストーン王国の社交界でこの女性を見たことはない気がする。

 だとすると、アルトドルファー王国の淑女ということになるが……。

「わたくしはアルトドルファー王国のアルデンホフ伯爵の娘、エリーゼと申します」

「まぁ、ご丁寧に。わたしはブラッドワース公爵夫人シャーロットですわ」

 誰かに向かって、『ブラッドワース公爵夫人』と名乗れるのが嬉しい。

 相手がレディということもあり、シャーロットは溢れんばかりの笑顔で挨拶をした。

 声をかけてきたのが男性だったら、護衛の二人はギルバートの嫉妬を考えやんわりとシャーロットを守り相手を断っただろう。

 だが相手はレディなので、少し離れて女性同士の会話を優先させる。

「時の英雄ギルバートさまが奥方さまを娶られたと知り、どのような女性なのか興味津々だったのです。あのお方は、アルトドルファー王国にとっても和平をもたらした方ですから」

 エリーゼは、とても感じのいい女性だった。遠方の国の流行を取り入れた、水玉模様のペチコートがまたお洒落だ。

 スッと整った美貌に、顎につけぼくろをしているのも、流行を追っている女性という感じがする。

 顎につけぼくろがついているのは、確か「私は慎み深い女性です」というアピールだ。

 シャーロットも流行を追いたい気持ちはあるが、元帥の妻といういかめしい立場になってしまった以上、男性にアピールする必要はなくなった。
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