上 下
22 / 65

二人きりになれない蜜月

しおりを挟む
 翌日シャーロットが目を覚ますと、ギルバートの姿はなかった。

「あ……。だるい……」

 腰の重たさに顔をしかめ、ゆっくりと体を起こすとベッドサイドに書き置きがある。

『昨晩はよく頑張った。私は仕事があるので、先に屋敷を出る。気にしないでゆっくり過ごしなさい。目が覚めたらベルでアリスを呼ぶこと。ギルバート』

 結婚式の誓約書以外に、初めてギルバートの文字を見た。そしてそれは初めてシャーロットに宛てられたものだ。

 好きな人が自分宛にメモを残し、キュウッと胸が甘くなる。

 思わずシャーロットは書き置きを抱き締めてしまった。

「嬉しい……。このメモ取っておきたいわ」

 指先でギルバートの文字を追い、シャーロットの口元が幸せそうに笑う。

 それから言われた通りにベルを慣らしてアリスを呼ぶと、上手に動けないシャーロットを手伝ってソファに座らせてくれた。

「ありがとう、アリス」

「ギルバートさまは奥さまのお体を、もう少しお考えになられたほうがいいのでは……」

 天蓋の中の様子で昨晩のことを知られたと思うと、シャーロットも恥ずかしい。もちろんアリスを呼ぶのも躊躇われたのだが、シャーロット一人では何もできない。

「いま朝食を持って参りますね」
「あら、着替えないと」

「ギルバートさまからは、シャーロットさまをお寝間着のまま過ごさせるようにと仰せつかっています。立てなくなるほど攻めたから、無理はさせるなと。お腹がこなれましたら、腰などマッサージ致しますね」

「ありがとう、アリス」

「立てなくなるまで」のところをアリスに知られているのは、とても恥ずかしい。けれどこれが異性の執事だったら、シャーロットは本当に目も合わせられなかっただろう。

 この屋敷にも家令をはじめ男性の従者は多くいるが、シャーロットの身の回りについてはアリスに一任されている。

 彼女がこの二月宮の裏の番人であるというのもある意味本当だろうし、シャーロットとしても同性のアリスがいてくれるのは頼もしい。

 その後シャーロットはパンとスープを軽くとり、紅茶を飲みながらアリスと話す。

「今日はお屋敷の探検は控えますか? まだお体が辛そうですものね」

 ベッドメイクし直された上にシャーロットはうつ伏せになり、その腰をアリスが絶妙に揉みほぐしてくれる。

 彼女は脱臼を入れ直すこともできるそうだが、考えただけでも恐ろしい。

「アリスは医療にまで明るいのね」

「戦うということは、人体を知ることでもありますから」

 そう言ってアリスはシャーロットの華奢な体をもって、ここになんの筋肉があるとか、骨があると言う。

 自分の体に触れられて教えてもらうと、分かりやすい。

 筋肉などは男女によって違うものがついていると思っていたが、基本となる筋肉の名称はほぼ同じなのだという。

「男性と女性が、同じ筋肉や骨でできているって……不思議ね?」

「骨などは同じですが、骨格というものが異なります。例えば女性は丸い臀部を持つ骨盤がありますが、男性の腰は真っ直ぐです」

「まぁ、思ってみればそうね」

 ふと、シャーロットは昨晩のギルバートの肉体を思い出し赤面する。――と、彼のあの部分は一体どうなっているのだろう? と思った。

 恥ずかしいけれど、ギルバートに尋ねるよりはアリスに訊いた方がいいような気がする。

「ね……ねぇ、アリス。男性の……その。あそこって、骨があって筋肉がついているの?」

「あぁ」

 シャーロットが言いたいことを察したアリスは、こともなげに言う。

「男性の性器に骨などありませんよ。あの部分は血管が特に密集して集まっていて、興奮して血が集まると膨張するようになっているんです」

「そ……そうなのね」

 男性の神秘を知ってしまった、とシャーロットはドキドキしている。

「他にも何かございますか?」

 アリスに言われ、シャーロットは思案する。

 本当は閨事について知りたい気持ちもあるが、誰かに何か教わるよりも、ギルバートに直接教えてもらいたいと思う。

 その方が夫婦らしいと思ったのだ。

 代わりに、ここまで人体に詳しいアリスなら――と思って提案する。

「私に護身術を教えてもらえないかしら?」

 いい思いつきをしたというシャーロットに、アリスはクスクスと笑う。

「ギルバートさまにお聞きしてからですね。わたしの一任ではなんとも」

「そう……ね」

 それから他愛のない話が始まり、シャーロットは一日をゆっくりと過ごすのだった。





 王都の二月宮に留まるのは数日という話だった。

 だがギルバートの蜜月が終わった後に、アルトドルファー王国との会談が予定されている。それについてエドガー王自ら、ギルバートに計画を見てほしいという要求があった。

 結婚式を挙げる前に、会談にまつわる仕事は、ギルバートが計画をたててそれぞれ進行するよう言ってある。

 けれどお気に入りのギルバートの顔を見て、国王はすっかり「やはり我が国の英雄に、王都にいてもらわなくては」という気持ちになったらしい。

「すまない。すぐに城に戻ってまた君と二人きりになれると思っていたのだが……」

「いいえ、それがギルさまのお仕事ですもの」

 夕食後に二人は紅茶を飲み、今後のことについて話していた。

「わたしの父が十月堂の管理を担った時のように……。万が一のことがあってはいけませんから」

 琥珀色の液体に目を落とし、シャーロットは小さく笑う。

「あれは不幸が重なったことだ。警備は軍の管轄だが、十月堂という建物の管理はまた別のところにある。十月堂に入る者の身体検査を行うのは我々でも、催しそのものはアルバーン卿の責任になってしまう。私も軍側に非があると言ったのだが……」

 ギルバートが言うとおり、国で催す行事などはそれぞれ場所と警備とで責任者が異なる。

 政治のことに明るくないシャーロットでも、父が仕事のことを少し話すことから、それぐらいは知っていた。

「ギルさまがそのように仰る必要はありません。本当に……色々難しい問題があったのでしょうから」

 こうして気遣ってくれるのを思うと、ギルバートはやはり優しい。

「そうだわ。蜜月の間に実家に手紙を書くと約束したのです。明日、お茶でも飲みながらゆっくり認(したた)めたいと思います」

「そうするといい。アルバーン卿も私のような男に愛娘が嫁いで、心から心配しているだろうから」

「もう……」

 あくまで自分を『恐ろしい存在』と言うギルバートに、シャーロットは苦笑する。

 この優しい人が自分をこう思うようになってしまったのも、運命の悪戯なのだろう。

「わたしは……。ギルさまがお優しい方だということを、知っていますからね」

「…………」

 相変わらずその意見を曲げないシャーロットに、ギルバートは柔らかく微笑んだ。是とも非ともせず、無言で紅茶を飲む。

(この方はこういう方なんだわ)

 内心「もったいない」と思うが、ギルバートが自分を「優しい」と思わないのなら、他の人間がいる場所で声高に言うことはしない。

(ですが私は、ずっとそう思い続けますからね)

 心の中でそう呟いてから、シャーロットは別の話題を振った。



**
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

処理中です...