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夫の傷跡

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 チューリップが咲き始めた季節、二人は大聖堂で式を挙げた。

 シャーロットのためにウエディングドレスとヴェールが用意され、ブーケやリングも上等なものだ。

 バージンロードの赤い絨毯の上に、シャーロットのドレスの裾が一定のリズムで引きずられる。マリアヴェールの裾は、着飾ったヴェールガールが持ってくれた。

 白百合のブーケを持ったシャーロットを待ち受けるのは、軍の正装に身を包んだギルバート。

 黒い軍帽に黒いマントつきの軍服。金の飾緒に略綬。腰に剣を下げた彼は、どこからどう見ても『軍人』だ。

 睨んでいなくても鋭い眼光も、隠された片目も、彼が人から避けられる原因だ。

 けれどそれごと愛そうと、シャーロットは思う。

 ステンドグラスから七色の光が差し込む聖堂で、二人は夫婦の誓いを交わし、指輪を交換した。

「もう引き返せないからな」

 キスを交わす前、ギルバートはそう呟く。

「引き返すつもりなど、ありません」

 幸せそうに目を細めたあと、シャーロットはそっと目蓋を閉じる。

 彼女のふっくらとした頬を撫でてから、ギルバートは優しく唇を重ねた。

 柔らかな唇が重なり、ギルバートは何度かシャーロットの唇をついばむ。

 優しいキスにシャーロットは気持ちがフワフワし、自分が幸せになるのだと信じて疑わなかった。




 住居をブラッドワース城に移したシャーロットは、寝室でもじもじとプラチナブロンドをいじり回していた。

 用意された絹のネグリジェは、襟や袖、裾にふんだんにレースが使われ贅沢だ。

 そのトロリとした布地を下から押し上げたシャーロットの胸元は、年齢の割にふっくらとしている。

 いままで異性とまともに付き合ったことがなく、個人的な手紙のやり取りもない。

 いつか舞踏会で出会った人といい仲に……と思っていたが、父から夫になる人物を告げられるのは、意外でもあった。

「でも、結果的に幸せになれるならいいじゃない」

 そう言える自分が、少し誇らしい。

 自分は与えられた道に文句を言うのではなく、受け入れてそのなかに幸せを見いだそうとしている。

 それは自分が、少し大人に近づけた証拠の気がした。

「わたしはギルバートさまを愛して、幸せになるんだわ」

 思いを言葉にすると、それが実現するのではと思った。

 そのようにして時間を過ごしていると、コンコンと寝室のドアがノックされギルバートが姿を現した。

「はっ、はいっ!」

 思わず背筋が伸び、次にシャーロットは、初めて見るギルバートのくつろいだ格好に目が釘付けになった。

 カッチリした軍服か、貴族という姿しか今まで見ていない。そのためガウン一枚という非常にゆったりとした姿は意外だ。

 ガウンの下は、夜着としての薄いトラウザーズを穿いている。けれど上半身が裸であることは、ガウンの胸元を見れば分かった。

「…………」

 これから自分はギルバートと夫婦の営みをするのだと思うと、嫌でも緊張する。

「よ、宜しくお願い致します。ギルバートさま」

 ペコリと頭を下げるシャーロットに、ベッドの上に座ったギルバートは少し黙る。

「……あの……?」

 ギルバートは思慮深い人で、しばしば沈黙のなかで何か考えている。

 短い付き合いのなかでそれぐらいは掴んでいるものの、彼の思考を読むなど無理だ。

「夫婦になったのだから、ギルバートさまとかしこまらなくていい」

 が、かけられた言葉は意外なものだった。

「え……と。それは、もっと砕けた呼び方を……してもいいということですか?」

 シャーロットの問いに、ギルバートは静かに頷き僅かに微笑む。

「シャル」
「あ……」

 愛称で呼ばれ、シャーロットの胸の奥がキュウンッと甘く疼いた。

 初めて男性にときめき、夫から愛称で呼ばれるという『特別』に、涙ぐみそうになる。

「で……では。……ギル……さま」

「ふふ、『さま』はどうしてもついてしまうのか」

 ほんの少しギルバートの表情が柔らかくなり、シャーロットは夫が見せる新しい顔に夢中だ。

「シャル」

 また呟いて、ギルバートは大きな手で彼女の頬を撫でる。

 それからふと真面目な顔になると、正面からシャーロットを見つめた。

「シャル。これから私は眼帯を外す。夜寝る時と入浴の時だけ外すことにしている。左目は醜い傷跡があり、君を怖がらせるかもしれない。顔に醜い傷のある夫を、君は恐ろしいと思うかもしれない」

 当たり前のことだが、黒い眼帯の下には隠さなければならない理由がある。それはシャーロットも理解していた。

「恐れたりしません。ギルさまが陛下や国を守った証なのですから」

 真面目な顔で答えると、やや少し躊躇ってからギルバートは手を後頭部にまわし、眼帯の結び目を解いた。

「…………」

 ――覚悟していたよりも、ギルバートの傷は深い。

 左目の周辺は赤黒くなり、僅かに開いた目は白目のところが真っ赤になっていた。

 片目をかけてまで平和を守ったのだと思うと、彼の崇高な精神に胸がギュッと鷲づかみにされる。

 自然と手が震え、目に涙が浮かんでいた。

「……ほんの少しだけ……。力を入れませんから、撫でてもいいですか?」

「あぁ」

 シャーロットの言葉に、ギルバートは黙って目を閉じた。

 ほっそりとした手がギルバートの右頬に触れ、包む。それから震える指先がそっと左の目蓋に触れた。

「――――」

 それがギルバートを興奮させることを、シャーロットは知らない。

 ギルバートが恥部のように思っているそこを、シャーロットは指先で優しく撫でる。

「……愛しい……です。この国を、大義をもって捧げられたギルさまの左目が……。こんなにも愛しい……」

 聖者の聖痕に触れたかのように、シャーロットは感動して泣いていた。

 そしてギルバートの両頬を包み、そっと赤黒くなった目蓋にキスを落とす。

「……怖くないのか?」
「わたしの、誇りです」

 英雄の前で、シャーロットは心からの笑みを浮かべた。

 その傷をつけられた時、彼がなにを思ったのかは想像するしかできない。けれどこの名誉の傷ごと、自分はこの優しい夫に一生添い遂げる。

 改めてシャーロットは自らにそう誓ったのだった。
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