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思いも寄らぬ縁談

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 両国の和平より三年後――現在。

「お前の婿が決まった」
「えっ?」

 父のアレクシスからそう告げられたのは、何も知らないシャーロットが趣味の刺繍をしていた時だった。

 プラチナブロンドのフワリとした髪が午後の日差しに煌めき、青緑色の目は不思議そうに父を見上げている。

 純真無垢なシャーロットは、つい先日二十一歳になったばかりだった。

 彼女の周りでは結婚が決まったという友人の話もあるので、なんら不思議なことはない。

「お父さま? わたし、まだお慕いする方もいないのですが……」

 果たして父はなんの勘違いをしているのだろう?

 シャーロットがそう思っても仕方がない。

 父のハンカチに家紋を模した刺繍をしていた手も、止まってしまっていた。

 こちらを見上げる可憐な娘を前に、父は己のふがいなさを感じる。そして決定してしまったことを、繰り返し告げるしかできない。

「お前の旦那さまとなるのは、元帥閣下のギルバート・ラッセル・ブラッドワース公爵。我がアルバーン伯爵家には……もったいないほどのお方だ」

 そう言いながらも、アレクシスの表情は苦い。

「元帥閣下……」

 シャーロットは政治に疎いただのレディなので、貴族たちの名前も社交界で挨拶をした相手ぐらいしか知らない。

 けれどブラッドワース公爵の名前は、シャーロットだって知っている。

 いや、このエルフィンストーン王国で、彼の名前を知らない者はいないと思う。

『死神元帥』、『隻眼の悪魔』または『血まみれの元帥』――。彼につきまとう二つ名は、そのように畏怖を込められたものが多い。

 また、三年前の『十月堂事件』で一躍英雄となった人物でもある。

 シャーロットも舞踏会で何度か、遠目にギルバートを見たことがある。

 少し長めの黒髪に、神秘的な金色の目。

 ただしその左目は、名誉の負傷ということで黒い眼帯に隠されていた。

 顔は整っていて、背も高く軍人らしく男らしい体つきをしている。

 それだけならレディたちが放っておかないかもしれないが、彼には人を遠ざけるような雰囲気がある。ほんの数年前まであった戦争で、血も涙もない作戦を決行したり、捕虜にも冷酷無比だった。――そんな噂がある。

 おまけに誰も、ギルバートが笑ったところを見たことがない。

 その結果、ギルバートに不快な思いをさせてしまった者は、あとから不運な目に遭うなど様々な噂が飛び交っていた。

「あの……、隻眼の元帥ですよね?」

「あぁ。今年で三十二になられるまだお若い身で、前元帥グローヴ閣下から元帥の座とブラッドワース公爵位を継がれた方だ。口数は少ないかもしれないが、この国への忠誠心は誰よりも強い」

「立派なお方なんですね」

 父がいまにも泣き出しそうな顔に見えて、シャーロットはハンカチを置くと立ち上がった。

「お父さま、わたし元帥閣下と結婚いたしますね」

 キュッと父の手を握り、シャーロットは笑ってみせる。

「シャーロット……」

「お父さまがそう仰るのなら、わたしは従うまでです。あっ、でも大丈夫ですよ? わたし意外に順応性が高いんです。お嫁にいってもきっと上手くやれます。無理をしているとかじゃないんです」

 春先の柔らかくなりつつある光を浴び、シャーロットはとろけるように笑う。

「すまない……。父を許してくれ」
「どうして謝るんですか?」

 うなだれるアレクシスの肩を、シャーロットは優しくなでる。

「わたし、お父さまのそういうお姿は見たくありません。それにわたしが不幸になると、決めないでくださいね?」

 おっとりとしたシャーロットは、アレクシスにとって天使のようだ。

「大丈夫です、お父さま。わたし幸せなお嫁さんになりますから」

 自分のこの先の運命が決まってしまったというのに、シャーロットは軽やかな微笑みを浮かべる。

 沈痛な面持ちのアレクシスは、どうしてこんなことになってしまったのか詰問しない娘に、ただただ頭を下げるだけだった。



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