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終章 地下の虜囚
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「奴はどうしてる」
薄暗くかび臭い地下牢に足音がし、冷静なレックスの声が響く。
松明で照らされたそこは、地下にあるだけでなくより闇と影が濃いように思えた。
「変わりありません。水と食料は与えてあります」
「そうか」
兵士のいらえに短く頷いたレックスは、地下牢の最奥部で立ち止まる。
そこはグランヴェル城の地下牢だ。
コーネリアが囚われていた隠し扉の奥の部屋を、レックスが改造した場所である。
通常の地下牢と違って誰の目にも止まらないそこに、日に四回見張りの兵が交代し、重罪人を見張っている。
「おい」
およそ感情を伺わせないレックスが声を掛けたのは、手足を枷で繋がれた一人の男だ。
「ぅ……あ、……あぁ、ぁー……」
かつては美形だったろう顔も、伸びた髭に覆われ荒みきった目つきにより面影すらない。ぽっかりと空いた口の洞には、舌が存在していなかった。
話したくても話せない。そんな状況に置かれた男は、狂気の混じった凄まじい目でレックスを睨みつける。
「やる事がなくて暇だろう。お前は性欲旺盛で、女を取っ替え引っ替えしていたんだったか? それなら自慰でもしていたらどうだ?」
からかうレックスの言葉に、男は「ウゥーッ!」と一際はげしくうなり声を上げた。涎を垂らし、血走った目でレックスを凝視する。今にもつかみかかりそうだが、手足が封じられている上に鉄格子があるので届かない。
「……あぁ、済まない。お前の自慢の一物は切り落としたんだっけか」
レックスは心底申し訳ないという顔をして嗤い、見せつけるように自身の股間をポンポンと撫でてみせた。
「なぁ、俺はいい王だろ? お前みたいなクズでも、コーネリアを生かしておいてくれたから、その礼としてお前を生かしてやってるんだ」
その場にしゃがみこんだレックスは、男と目線を合わせクツクツと笑う。
「――まぁ、ただ。俺に嘘をついたその舌は抜かせてもらった。嘘つきは舌抜きの刑と決まっているしな? それに俺の妻を犯そうとし、身代わりになった侍女を酷い目に遭わせた礼は、薄汚い一物で贖ってもらった。妻と侍女だから、竿が二本なければ割に合わないんだがな?」
トントンと指で鉄格子を弾いているレックスは、頭の中で何かの音楽でも流れているのか、ご機嫌だ。
「まぁ、お前が退屈しないように、こうして時々顔を見に来てやるから安心しろ。自分が今までふんぞり返っていた地下にいるんだ。遠い北方の監獄に送られないだけ、まだマシだと思え」
かつてのグランヴェル城の主――ガイは、フーッフーッと荒い呼吸を繰り返し、目から涙を流していた。
「そんな顔をしても駄目だ。躾けられた犬は、主人に害なす者を許さないと決まっている」
立ち上がったレックスは、「ふーんふふふーん……」と軽やかな曲を鼻歌で歌う。手で鉄格子をタララッと撫で、一歩引いて極上の笑みを浮かべた。
「またコーネリアが素晴らしいピアノを聞かせてくれるようになったんだ。彼女の腕は一級品だな。本当に俺の妻はすばらしい」
およそ地下牢に似つかわしくない晴れやかな声を上げ、レックスは地下じゅうに響き渡るような拍手をした。
「お前にも聞かせてやりたいが、そうもいかないな。まぁ、ここでゆっくり自分の罪と向き合ってくれ。四年は持ってくれよ? それでないと意味がないんだから」
その四年という歳月をガイが理解したのかしていないのか――。それを確認する間も与えず、レックスは「さて、また仕事をしなければ」とゆっくり鉄格子の前を去って行く。
背後にくぐもったうなり声が聞こえた気がしたが、レックスは歯牙に掛けない。
コーネリアをここから救い出した時から、レックスの人生は光と希望に満ちあふれているのだ。
ここから出て階段を上がれば、光に溢れた世界で愛しい妻が笑ってくれている。
あぁ、なんて素晴らしい世界なんだろう。
絶望し命を奪い続けた地獄に比べ、この世界は天国だ。
すべてを手にした覇王は至上の歓喜に包まれ、誰にともなく笑い声を漏らしてゆっくりと隠し通路の階段を上がっていった。
完
薄暗くかび臭い地下牢に足音がし、冷静なレックスの声が響く。
松明で照らされたそこは、地下にあるだけでなくより闇と影が濃いように思えた。
「変わりありません。水と食料は与えてあります」
「そうか」
兵士のいらえに短く頷いたレックスは、地下牢の最奥部で立ち止まる。
そこはグランヴェル城の地下牢だ。
コーネリアが囚われていた隠し扉の奥の部屋を、レックスが改造した場所である。
通常の地下牢と違って誰の目にも止まらないそこに、日に四回見張りの兵が交代し、重罪人を見張っている。
「おい」
およそ感情を伺わせないレックスが声を掛けたのは、手足を枷で繋がれた一人の男だ。
「ぅ……あ、……あぁ、ぁー……」
かつては美形だったろう顔も、伸びた髭に覆われ荒みきった目つきにより面影すらない。ぽっかりと空いた口の洞には、舌が存在していなかった。
話したくても話せない。そんな状況に置かれた男は、狂気の混じった凄まじい目でレックスを睨みつける。
「やる事がなくて暇だろう。お前は性欲旺盛で、女を取っ替え引っ替えしていたんだったか? それなら自慰でもしていたらどうだ?」
からかうレックスの言葉に、男は「ウゥーッ!」と一際はげしくうなり声を上げた。涎を垂らし、血走った目でレックスを凝視する。今にもつかみかかりそうだが、手足が封じられている上に鉄格子があるので届かない。
「……あぁ、済まない。お前の自慢の一物は切り落としたんだっけか」
レックスは心底申し訳ないという顔をして嗤い、見せつけるように自身の股間をポンポンと撫でてみせた。
「なぁ、俺はいい王だろ? お前みたいなクズでも、コーネリアを生かしておいてくれたから、その礼としてお前を生かしてやってるんだ」
その場にしゃがみこんだレックスは、男と目線を合わせクツクツと笑う。
「――まぁ、ただ。俺に嘘をついたその舌は抜かせてもらった。嘘つきは舌抜きの刑と決まっているしな? それに俺の妻を犯そうとし、身代わりになった侍女を酷い目に遭わせた礼は、薄汚い一物で贖ってもらった。妻と侍女だから、竿が二本なければ割に合わないんだがな?」
トントンと指で鉄格子を弾いているレックスは、頭の中で何かの音楽でも流れているのか、ご機嫌だ。
「まぁ、お前が退屈しないように、こうして時々顔を見に来てやるから安心しろ。自分が今までふんぞり返っていた地下にいるんだ。遠い北方の監獄に送られないだけ、まだマシだと思え」
かつてのグランヴェル城の主――ガイは、フーッフーッと荒い呼吸を繰り返し、目から涙を流していた。
「そんな顔をしても駄目だ。躾けられた犬は、主人に害なす者を許さないと決まっている」
立ち上がったレックスは、「ふーんふふふーん……」と軽やかな曲を鼻歌で歌う。手で鉄格子をタララッと撫で、一歩引いて極上の笑みを浮かべた。
「またコーネリアが素晴らしいピアノを聞かせてくれるようになったんだ。彼女の腕は一級品だな。本当に俺の妻はすばらしい」
およそ地下牢に似つかわしくない晴れやかな声を上げ、レックスは地下じゅうに響き渡るような拍手をした。
「お前にも聞かせてやりたいが、そうもいかないな。まぁ、ここでゆっくり自分の罪と向き合ってくれ。四年は持ってくれよ? それでないと意味がないんだから」
その四年という歳月をガイが理解したのかしていないのか――。それを確認する間も与えず、レックスは「さて、また仕事をしなければ」とゆっくり鉄格子の前を去って行く。
背後にくぐもったうなり声が聞こえた気がしたが、レックスは歯牙に掛けない。
コーネリアをここから救い出した時から、レックスの人生は光と希望に満ちあふれているのだ。
ここから出て階段を上がれば、光に溢れた世界で愛しい妻が笑ってくれている。
あぁ、なんて素晴らしい世界なんだろう。
絶望し命を奪い続けた地獄に比べ、この世界は天国だ。
すべてを手にした覇王は至上の歓喜に包まれ、誰にともなく笑い声を漏らしてゆっくりと隠し通路の階段を上がっていった。
完
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臣桜