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修羅の道を歩く王太子2
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「……そいつを捕らえろ。追って沙汰を出す。城にラドフォードの国旗を揚げ、戦争の終結を宣言しておけ」
「はっ!」
この王座の間まで押し切るのに血を吸った剣を腰に戻し、レックスは虚ろな表情のまま廊下を歩いて行く。
背後から狂ったようなガイの哄笑が聞こえ、「一生あの姫を探し続けるがいい」とまた呪いが聞こえたが、それもやがて遠くなった。
城内のあちこちで連合軍がグランヴェルの騎士たちに降伏を勧め、また部屋に隠れていた貴族やガイの身内などを引っ立ててくる。
それらに気を取られる事なく、レックスは気がつけば城の端にある塔に登っていた。
窓ガラスのないそこは風がビュウビュウと通っており、グランヴェルの兵の代わりに連合軍の兵士が立っていた。
「……少しここで一人にさせてくれないか」
「は」
覇気を失ったレックスを気遣いつつも、兵士は階段を下りてゆく。
強風に黒髪をなぶらせ、レックスは肥沃なグランヴェルの国土を見下ろした。
城を中心に円形に城下街が広がり、赤レンガでできた四角い家の街並みは故郷にないものだ。川が街を通って緩やかに蛇行し、遠くへいくにつれ細くなってゆく。街が終わり兵やや遠い場所に森の黒っぽい影が見える。
こんな空虚な気持ちだというのに、空は晴れ渡り雲が日差しを浴びて金色に輝いていた。
「コーネリア」
婚約者の名前を口に出せば、吹き荒ぶ風に攫われてあっという間に消えてなくなる。
「……お前が、遠い。どこにいるのかすらも分からない。……だが、生きてるだろう? お前は綺麗で儚い外見をしているが、意外と図太くてしっかり者だ。どこかでちゃんと生きていると……信じて……。……なぁ、コーネリア。お前は俺の飼い主なんだから……」
頼りない声で婚約者に話しかけ、レックスは窓辺に腕を置きそこに顔を埋めた。
「……ネイサン。……俺を裏切ったのか?」
ビュオオオ……と風が吹くなか、レックスは友に語りかける。
いまジョナサンはラドフォードを父ダスティンと共に支えている。レックスがコーネリアを救い出し戻って来るのを待つと言っていたが……。どうして共にグランヴェルへ来なかったのかという疑問もあった。
ジョナサンが一番、誘拐されたシンシアを心配していただろうに。
「……二人が生きていると分かったら、お前が命惜しさに二人を引き渡したと露見するからか? それで俺が『お前は魂の兄弟だ』と言って渡した指輪を、外したのか?」
澄んだ空気を肺一杯に吸い込みながら、レックスは暗い目でこの場にいない友に語りかける。
「……お前が、俺からコーネリアを奪った張本人だったのか……?」
地の底を這うような声で呟いてから、レックスは胸の奥で自分を殺した。
彼の胸中がどす黒くなっているように、彼の剣の柄につけられている飾り紐は、長年の戦争による摩耗、血を吸った事でとても汚れていた。
ジョナサンから渡されたコーネリア作の飾り紐を、レックスは後生大事に持ち歩いていたのだ。
バンクロフトの風習――妻から飾り紐を渡された夫は、何があっても妻の元へ辿り着くという考えを信じて、レックスはそれがどれだけ汚れちぎれてしまっても大事にし続けた。
**
「レイ殿下! よくぞ勝利されました! これで……ぎゃあっ!」
ラドフォード城に戻り、レックスを出迎えに来たジョナサンを、彼は一刀のもとに斬り捨てる。
悲鳴を上げ倒れ込んだジョナサンの胸に足を乗せ、感情をすべて失った目が友〝だった者〟を見下ろす。
「答えろ。お前は俺を裏切ったのか? 自分の命惜しさにコーネリアとシンシアを売ったのか?」
レックスと騎士たちを出迎え歓声を上げていた貴族たちは、皆静まりかえってその様子を見守っている。
城内でもレックスとその忠臣であるジョナサンは公認のもので、まさかジョナサンが不忠を犯すと誰も考えなかった。
口元に手を当て真っ青な顔になっている貴婦人や、「信じられない」という顔をする貴族。それらの注目を一身に浴びたまま、ジョナサンは苦痛で顔を歪め唇を震わせる。
「……も……しわけ、……ございま……」
「気がつけば指輪をしていなかったのも、そのせいか」
レックスの青い目は絶望し、かつての生き生きとした光はどこかへ消えていた。
ジョナサンはそんな主を見て悲しげに目を細め――、もう一度呟く。
「……言い訳は、……致しません。……申し訳……ござ……」
「もういい。今までご苦労だった」
「――――っ」
ズッとジョナサンの胸元に剣の切っ先を振り下ろすと、彼は目を見開いて口を喘がせ、数度痙攣してから沈黙した。
「……骸の上に立つ王か」
誰にともなく呟き、レックスは剣を振って血を払う。
「遺体を片付けろ。裏切り者とはいえ、今まで二代に渡って王家に忠誠を尽くした。墓を作る事は許す。だがドイル卿には宰相の座を引かせ、俺が新体制を作る。取り戻したバンクロフト領や、落としたグランヴェル領の支配も含め、今後忙しくなる。みな心して国のため働け」
あれだけ信頼していたジョナサンを殺したレックスを前に、貴族たちはみな怯えきっていた。
「俺は三国を束ねる王となる。だがガイのように、いたずらに他国に攻め入るような真似はしない。国内でも俺に忠誠を誓い相応に働く者は、手厚く遇しよう。無理をしておべんちゃらを使わずとも、殺したりしない」
ジョナサンを処刑した事で恐怖を煽った事を、レックスは弁明する。
言葉の通り、彼は良い王になりたいと思っていた。
だが彼はこの数年間で自分がすっかり感情を失い、人に話し掛けられづらくなった事を知らない。「仮面を被ったようだ」と囁かれているのも自覚していない。
それほどコーネリアを失った世界は、彼にとって色を欠いた無味無臭のものであった。
だがレックスは諦めていない。
三国を収める地固めをした後、グランヴェル城に腰を据えてじっくりコーネリアの手がかりを探してみせる。
彼は自分自身に固く誓っていた。
「はっ!」
この王座の間まで押し切るのに血を吸った剣を腰に戻し、レックスは虚ろな表情のまま廊下を歩いて行く。
背後から狂ったようなガイの哄笑が聞こえ、「一生あの姫を探し続けるがいい」とまた呪いが聞こえたが、それもやがて遠くなった。
城内のあちこちで連合軍がグランヴェルの騎士たちに降伏を勧め、また部屋に隠れていた貴族やガイの身内などを引っ立ててくる。
それらに気を取られる事なく、レックスは気がつけば城の端にある塔に登っていた。
窓ガラスのないそこは風がビュウビュウと通っており、グランヴェルの兵の代わりに連合軍の兵士が立っていた。
「……少しここで一人にさせてくれないか」
「は」
覇気を失ったレックスを気遣いつつも、兵士は階段を下りてゆく。
強風に黒髪をなぶらせ、レックスは肥沃なグランヴェルの国土を見下ろした。
城を中心に円形に城下街が広がり、赤レンガでできた四角い家の街並みは故郷にないものだ。川が街を通って緩やかに蛇行し、遠くへいくにつれ細くなってゆく。街が終わり兵やや遠い場所に森の黒っぽい影が見える。
こんな空虚な気持ちだというのに、空は晴れ渡り雲が日差しを浴びて金色に輝いていた。
「コーネリア」
婚約者の名前を口に出せば、吹き荒ぶ風に攫われてあっという間に消えてなくなる。
「……お前が、遠い。どこにいるのかすらも分からない。……だが、生きてるだろう? お前は綺麗で儚い外見をしているが、意外と図太くてしっかり者だ。どこかでちゃんと生きていると……信じて……。……なぁ、コーネリア。お前は俺の飼い主なんだから……」
頼りない声で婚約者に話しかけ、レックスは窓辺に腕を置きそこに顔を埋めた。
「……ネイサン。……俺を裏切ったのか?」
ビュオオオ……と風が吹くなか、レックスは友に語りかける。
いまジョナサンはラドフォードを父ダスティンと共に支えている。レックスがコーネリアを救い出し戻って来るのを待つと言っていたが……。どうして共にグランヴェルへ来なかったのかという疑問もあった。
ジョナサンが一番、誘拐されたシンシアを心配していただろうに。
「……二人が生きていると分かったら、お前が命惜しさに二人を引き渡したと露見するからか? それで俺が『お前は魂の兄弟だ』と言って渡した指輪を、外したのか?」
澄んだ空気を肺一杯に吸い込みながら、レックスは暗い目でこの場にいない友に語りかける。
「……お前が、俺からコーネリアを奪った張本人だったのか……?」
地の底を這うような声で呟いてから、レックスは胸の奥で自分を殺した。
彼の胸中がどす黒くなっているように、彼の剣の柄につけられている飾り紐は、長年の戦争による摩耗、血を吸った事でとても汚れていた。
ジョナサンから渡されたコーネリア作の飾り紐を、レックスは後生大事に持ち歩いていたのだ。
バンクロフトの風習――妻から飾り紐を渡された夫は、何があっても妻の元へ辿り着くという考えを信じて、レックスはそれがどれだけ汚れちぎれてしまっても大事にし続けた。
**
「レイ殿下! よくぞ勝利されました! これで……ぎゃあっ!」
ラドフォード城に戻り、レックスを出迎えに来たジョナサンを、彼は一刀のもとに斬り捨てる。
悲鳴を上げ倒れ込んだジョナサンの胸に足を乗せ、感情をすべて失った目が友〝だった者〟を見下ろす。
「答えろ。お前は俺を裏切ったのか? 自分の命惜しさにコーネリアとシンシアを売ったのか?」
レックスと騎士たちを出迎え歓声を上げていた貴族たちは、皆静まりかえってその様子を見守っている。
城内でもレックスとその忠臣であるジョナサンは公認のもので、まさかジョナサンが不忠を犯すと誰も考えなかった。
口元に手を当て真っ青な顔になっている貴婦人や、「信じられない」という顔をする貴族。それらの注目を一身に浴びたまま、ジョナサンは苦痛で顔を歪め唇を震わせる。
「……も……しわけ、……ございま……」
「気がつけば指輪をしていなかったのも、そのせいか」
レックスの青い目は絶望し、かつての生き生きとした光はどこかへ消えていた。
ジョナサンはそんな主を見て悲しげに目を細め――、もう一度呟く。
「……言い訳は、……致しません。……申し訳……ござ……」
「もういい。今までご苦労だった」
「――――っ」
ズッとジョナサンの胸元に剣の切っ先を振り下ろすと、彼は目を見開いて口を喘がせ、数度痙攣してから沈黙した。
「……骸の上に立つ王か」
誰にともなく呟き、レックスは剣を振って血を払う。
「遺体を片付けろ。裏切り者とはいえ、今まで二代に渡って王家に忠誠を尽くした。墓を作る事は許す。だがドイル卿には宰相の座を引かせ、俺が新体制を作る。取り戻したバンクロフト領や、落としたグランヴェル領の支配も含め、今後忙しくなる。みな心して国のため働け」
あれだけ信頼していたジョナサンを殺したレックスを前に、貴族たちはみな怯えきっていた。
「俺は三国を束ねる王となる。だがガイのように、いたずらに他国に攻め入るような真似はしない。国内でも俺に忠誠を誓い相応に働く者は、手厚く遇しよう。無理をしておべんちゃらを使わずとも、殺したりしない」
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だが彼はこの数年間で自分がすっかり感情を失い、人に話し掛けられづらくなった事を知らない。「仮面を被ったようだ」と囁かれているのも自覚していない。
それほどコーネリアを失った世界は、彼にとって色を欠いた無味無臭のものであった。
だがレックスは諦めていない。
三国を収める地固めをした後、グランヴェル城に腰を据えてじっくりコーネリアの手がかりを探してみせる。
彼は自分自身に固く誓っていた。
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